心霊番組

闇之一夜

心霊番組

 一、白井ののによる序


 私の師匠である霊能者の星野小百合先生は、テレビに出たがりません。人前で話すのが苦手だから、と本人は言いますが、テレビ番組は時として興味本位の俗悪ものだったりしますので、そのせいもあるのでしょう。


 ある日、先生の千早寺に呼び出され、頼まれました。どうしてもしがらみで出演しなければならない番組があり、でもその日にちょうど仕事が入って行けなくなってしまったので、自分の代わりに行ってくれないか、と言うのです。



「お願い、のの。あなたしか頼める人がいないの。あとで埋め合わせするから、ね、この通り」

 などと、普段は生真面目な先生らしくもなく、必死の媚びた苦笑いで、手をあわせて頭を下げるのです。私は何か気持ちがいいので、なかなか返事をしないで、何度も繰り返させました。まじめな先生は、腰まである長い髪が乱れるのもいとわず、何度もへこへこしました。うーん楽しい。


「うーん、べつにぃ、いいですけどぉー」と生返事ぶる私。

「な、なによ、いやなの? 大丈夫、局のほうには代わりが来るって言ってあるから」

「私なんかでいいんですか?」


 言いつつ机の台本を取って目を通すと、それは心霊スポットの取材でした。場所は○○廃病院、と書いてあります。聞いたことのないところでした。

「もし私で手に負えないようなヤバいところだったら、どうするんですか」

「どうせいい加減な番組だから、たいしたところじゃないわよ。そんな有名でもないスポット、ガセに決まってんだから」

 くどいようですが、小百合先生は生真面目です、普段は。その反動か、なんらかのスイッチが入ると、このようにとたんにアバウトになりますが。


「ねえ、のの、頼むわ。あとでアイスもおごるし、ステーキだって食わすから」

「食わすって、動物ですか。うーん、どうしようかなー」

「ののぉー」

 泣きそうな顔の先生、ほんと可愛い。

 でもステーキなんかいらないから、たんにどこかで一緒にお茶するとか、遊園地にでも行って二人ではしゃげたら、それでいいんですけど。


 まぁそんなこんなで、最後には承諾し、遊園地デートの約束を取り付けました。そんなわくわくの付録が付いてるなら、霊といわず、怪獣が出ても平気です。




 なんて、気楽に考えていたんですが。

 まさか、あんな恐ろしいことになろうなんて。

 そのときは、思いもしませんでした……。




 二、白井ののによる現場での話(1)


 その木戸霞(きど・かすみ)というタレントさんのことは、たまにテレビに出ているらしい、ぐらいしか知らなかったのですが、会ってみると、これは小百合さんに会わせなくて良かった、と心からほっとするような、特殊な人でした。太い枝みたいなツインテを下げた無骨な私とはまるで正反対の、白のワンピースにベージュのカーディガンをはおった見た目はいっけん清純そうで、垂れ気味の目をした綺麗なうりざね顔も穏やかな、大人の女という感じでしたが……。

 その首から下がる白いネックレスが、ピンポン球のようにでかい真珠をずらりつなげたワイルドなもので、今思えば、それが彼女の本性を表していたといえます。



 出発前、彼女はスタジオで私に会うなり、バカにしたようなほっそい流し目をおくり、鼻にかかったような声で、「あらぁ、星野先生の助手ぅ? まぁいいけどぉ、迷惑かけないでよねぇ」と実際バカにしてくるので、居合わせたスタッフさんが「ごめん、気にしないでね」と気を使ってくれるほどでした。

 もちろん私も嫌は嫌でしたが、今日一日のことだと思い、作り笑いで我慢しました。ここでケンカしたんじゃ、星野先生のご迷惑になりますから。


 しかし、悪いことは重なりました。スタッフ用のワゴンで現地の廃病院に着くや、私は隣にこんなのがいて気が重い、などというストレスなんて比べ物にならないほどの壮絶な不快感に襲われ、まるで悪性のウィルスにでも感染したように冷や汗が出てぐるぐるめまいがし、そのまま倒れそうになりました。霊気を感じて気持ち悪くなったことは何度かありますが、ここまで酷いのは初めてです。

 まずい。これは、とてつもなくまずい……!


「どうしたの、ののちゃん、大丈夫?! 真っ蒼だよ?!」

 車内で一歩も動けない私を見て、右にいたスタッフの眼鏡の人が心配してくれたので、私は息も絶え絶えに言いました。

「……ダメです」

「えっ」

「ここはダメです。物凄くヤバいです、ここ……! すぐ帰らないと、大変なことになります……!」


「あんたねぇ、まだカメラ回ってないわよぉ」

 木戸霞が左でイライラと言いました。

「取り憑かれたふりなんか、本番ですりゃあいいの。今ここでやって、どうすんのよ」

「いやこれ、ふりじゃないと思うよ……?」

 スタッフさんが言っても、木戸は気にもせず、バッグをあけて化粧を直したりしています。

「女子高生だからって、アイドルぶるんじゃないわよぉ。今さら出たくねえだとか、そんなわがまま通ると思ってんのぉ?」と横目。


 女子高生だからアイドルぶるとか、いま思うと意味が分かりませんが、そのときは心で突っ込む気力もありませんでした。

「ち、ちがいます」

 私はもう弱りはて、泣きながら必死に訴えました。

「ほ、ほんとにここは、まずいんです。こんなの初めてです。感じます。みんな死ぬかもしれない……!」

 こっちを見た運転手さんの、ぎょっとする視線を感じました。

「お、お願いです、戻ってください。どうか……!」




 スタッフさんたちは困って相談を始めました。

「どうする? 今さら撮影中止ってわけにもいかんし……」

「でも、あの星野さんの助手だぜ。ほんとにヤバいかもしんないぞ?」

「バァカねえ、あたしら平気じゃん」

 口をはさむ木戸。そのうち、急に上機嫌になって言いました。

「気分悪いってんなら、いいじゃない、この子だけ帰せば。ねえほら、かわいそうにねぇ」と手を伸ばして、震える私の頭を撫でます。「この体調じゃ、無理よぉ。入院なんてなったら、大変でしょ。大丈夫、あたし一人でなんとかなるから。ほら、誰か送ったってよ」



 結局、私だけ家に帰されることになってしまいました。木戸は邪魔者がいなくなるのが嬉しくてしょうがないのか、「我慢してないで、横になりなさい」などと私を優しく気遣い、ハンカチで額の汗を拭いてくれたり、風邪薬があったかなぁと、自分のバッグをあさったりしました。

 私はなすがままにされ、もう疲れて半分眠ってしまい、すべてがどうでもよくなりました。このまま自分が帰って、スタッフさんや、こんないけすかない奴でも、ある程度のファンはあろう木戸が命を落とすことになったら、取り返しがつきませんし、実際にそうなる可能性が恐ろしく高いのです。断言は出来なくても、そう感じたのです。


 しかし、それでも彼らの気を変えることは出来ませんでした。というか、そもそも私にそんな気力はまるでなく、彼らが企画を進めるのを聞くうちに、どうでもよくなってきました。

(そうだ、私がこれだけダメージを受けているのに何も感じないということは、彼らには霊感が本当にまるでないわけだから、あんがい大丈夫なんじゃねえの?)

(いいや、もう。私の役目、終わりっ)

 そう思うと、本当に、完全にめんどくさくなりました。

(星野さんには悪いけど、力が及びませんでした、とでも言えば許してもらえるだろう……)

 そこまで投げやりになって、私は一人、タクシーで家に帰されました。どうやって家に入ったか覚えていません。




 目覚めると、あれだけ酷かった体調不良が、けろっと治っていました。ベッドの中で、たちまち物凄い不安と後悔に襲われ、時計を見ると、現地にいたときから五時間は経っていて、もう真夜中でした。


 スタッフにもらった台本を慌てて探しましたが、電話番号も何も書いてありません。そうだ、名刺をもらったんだ。担当の梅図さんという方で、一緒に現地に行っていたはず。

 スマホでかけましたが、全く出ません。仕方なくテレビ局にかけて事情を話すと、今回の企画の責任者の人に代わってくれました。向こうからまだ連絡は来ていないとのことだったので、お願いすると、気さくな感じで、直接、電話で聞いてくれると言ってくれました。


 ところが折り返しの電話では、彼は打って変わった暗い声でした。

「おかしいな。誰も出ないんですよ。担当の梅図も、向こうに行ってるスタッフの誰も出ないんだよね。もしかしたら、なにかあったかもしれない。こっちから何人か向かわせて確認します」

「わ、私も行きます!」

「でも白井さん、現地で倒れたんでしょう? あとは我々に任せてください。いや、教えてくれて、本当にありがとう。もしあっちでまずいことがあって、何かご協力いただきたいときには、また連絡します」


 そう言って切れて、私がどうしようか、星野さんに伝えて指示を仰ごうか、いやでも、まだ忙しかったら……などと頭がぐるぐるしているところへ、また電話がかかってきました。今こっちへ向かっている、一緒に来て欲しい、大変なことになった、という内容でした。もちろん承諾です。


 切ると、また電話が鳴りました。小百合先生でした。向こうは仕事が終わり、心配してかけてくれたのです。

 天の助けと今までの経過をぶちまけると、今すぐ来てくれると言ってくれました。




 こうして局の人たちと小百合さんが合流し、私たちは車で現場を目指しました。やはり近づくにつれ、前と同じく気分が悪くなってきましたが、小百合さんが魔よけの札を握らせてくれたので、そう酷くはなりませんでした。病院の門に着くと、辺りに漂うあまりの邪気に小百合さんも顔をしかめました。


 同行した責任者の方のお話では、さっきここへ入ったところ、彼も含めて部下の人たちが一様に酷い頭痛に襲われたとのことでしたが、今も彼らは顔がまっさおで、つらそうでした。

 私たちは、それでもなんとか中に入りました。庭に設置してある撮影所はありましたが、スタッフは誰もおらず、タレントの木戸さんもいません。頭痛はますます酷く、頭が割れるかと思うほどで、吐く人もいました。


 みんな這うようにしてその場を離れ、車に戻りました。

 あとで聞いた話ですが、戻る途中、その場の数人が、背後からおびただしい数の何かが、自分たちを追ってくるような気配を感じて、ぞっとしたそうです。


 小百合さんは、車には何も憑いていないから心配ないと言い、私と局の人たちに車の中で待っているように言うと、またひとり門の中に入っていきました。戻ると、やはり中には誰もおらず、奥にあったデッキにブルーレイが二枚入っていたので、取り出して持ってきた、と見せてくれました。凄まじく青ざめた顔で、能面のように無表情でした。こんなに恐ろしい先生の顔を見たのは初めてかもしれない……。そう思いました。




 翌日、小百合さんも所属する霊能者の団体である霊能協会の調査が入り、この病院は完全に封鎖されました。いまだ対策を検討中で、それが決まるまでは、周りを有刺鉄線で囲んで誰も入れなくなっています。


 二枚のブルーレイは小百合先生同伴のもと、局の人たちがチェックしました。そこには信じられないほど恐ろしい映像が残っていました。


 一枚は、実際に木戸さんが廃墟の中で取材しているところを撮影した映像です。




  三、ブルーレイの映像(一枚目)


 画像のまんなかに、マイクを持った木戸霞が立っている。まっ白なワンピースに、薄いベージュのカーディガンをはおり、いちおう清楚な大人の感じをかもし出しているが、首のぶっとい数珠のような真珠のネックレスが、それをぶち壊しにしている。周りは薄暗く、彼女を照らすライトの漏れで、かろうじて脇にある白い壁が分かるだけだ。


 木戸の顔はにこやかで、とても心霊スポットのレポーターという感じではない。普通こういう怪談ものの企画では、視聴者を怖がらすために、出演者も暗く辛気くさい雰囲気で、時おり自分も怖がりながらレポートするのだが、彼女にはそういう協力の姿勢が全くなかった。まるで怖がらないばかりか、時おり冗談まで飛ばして場を茶化している。明らかに霊の存在を信じておらず、この企画自体をなめきっていた。



「さあ、ここが今日、探索する廃病院でーす」

 入り口でバスガイドのように体をやや傾け、マイクを握って明るくノリノリに解説する。

「ここは、多くの医療事故やずさんな管理、法外な治療費などでたくさんの患者さんを殺したり自殺させて、数年で潰れた悪徳病院でしたー。今は廃墟になっていますが、ここに夜な夜な死んだ患者さんたちの霊が現れる、という噂なんですよおー。きゃーこわーい」


 ぶりっこポーズの笑顔で決める木戸に、スタッフもあきらめているのか、時おり自分らの笑い声を被せている。白井ののが帰るまでは、もっとまじめな怪談レポートになる予定だったのが、彼女一人になると、いつの間にか下世話なお笑い番組に変貌していた。


「ここが待合室でーす」

 右手をあげて紹介する。

「心霊スポットなのに、幽霊なんか全然いませんねー。困ったなー。霞、どうしよー」

 スタッフの笑いを背に、手術室や病室などを周るが、どこへ行ってもふざけた調子は変わらない。トイレでは、「あらー、幽霊さんもおしっこするんですねー。と思ったら、猫でしたー」と、足元をすり抜ける迷い猫をニヤニヤと見送る。スタッフの笑いが絶えないということは、この企画は完全にお笑い路線にシフトしたようである。



「いやー、完全に期待はずれなスポットでした。まあー、噂なんてこんなもんでしょー」

 裏口で、まるで残念そうでもなく言い、レポートは終わった。彼女が何も見なかったのと同じく、撮影された院内の映像にも、なんら怪しいものは映っていなかった。

 これだけでは番組にならないので、おそらくこれは前半のおちゃらけ部分に使い、後半には他のタレントによる別のスポットのまじめなレポートを持ってくるつもりなのだろう。


 



 四、白井ののによる現場での話(2)


 もう一枚は、おそらくメイキング映像として撮影されたもので、廃墟の取材の映像をスタッフがチェックしている様子が収録されていました。今の映像をチェックするスタッフの姿を、後ろから撮影しているものです。

 それは、あまりにもショッキングな映像でした……。




 五、ブルーレイの映像(二枚目)



 切り替わった画面の両端には、二人のスタッフが座る椅子の背と、その上から覗く二つの黒い頭がある。その間、中央にあるモニターに、さきほどの中継の映像が映っていて、カメラがそのままズームし、全体がモニター画面のみになった。

 と、カメラはいったん部屋の中をぐるりと回り、後ろで腕組みなどして見ている他のスタッフたちを映してから、奥で丸椅子に座る木戸霞が出て、ピースした。メイキング映像らしく、いったん撮影所内の様子を紹介したのだ。


 再びモニターに戻ると、画面にはさっきの木戸が映り、病院の入り口で、さっきと同じくノリノリでマイクに喋っている。

「さあ、ここが今日、探索する廃病院でーす」

「ここは、多くの医療事故やずさんな管理、法外な治療費などでたくさんの患者さんを殺したり自殺させて……」



 そこでカメラが引き、画面をチェック中の眼鏡のスタッフが映った。すると彼はけげんな顔で「おい」とモニターを指した。隣のヒゲの同僚はそれを見てあっと驚き、二人は顔を見合わせた。そして、カメラはモニターの画面に戻る。

 さっき撮った映像だから、とうぜん内容は同じはずなのだが――


 喋っている木戸の右脇には、なんと、さっきはいなかった、一人の子供の顔が映っていた。十歳くらいの少年の顔は蒼白く無表情で、人形に黒い目玉を筆でべたっと塗ったような、とても生きているものとは思えない、無機質な気味の悪い瞳で、こちらをじっと見すえている。

 眼鏡のスタッフがあわてて映像を停めようと、手を伸ばしてボタンを押したが、どういうわけか、何度やっても停まらない。


「ここが待合室でーす」

 中に入り、レポートを続ける木戸。見ているスタッフたちは、さらに騒然となった。彼女の周りに、さっきは全く存在していなかった奇怪な連中が、虫のごとくうようよひしめいていたからだ。

 幼女、若い男女、腰の曲がった老人、老婆……。


 みな一様に患者の着る白い寝巻き姿で、重病人らしく血の気のない顔で暗く沈み、憎悪に満ちた目をこちらに向ける者もいる。彼らがかもす雰囲気は刺すようにまがまがしく、思わず寒気がするほどに気味悪かった。一見して、彼らがこの世のものでないことは明らかだった。



「心霊スポットなのに、幽霊なんか全然いませんねー。困ったなー。霞、どうしよー」

 膨大な数の霊に囲まれながら、そう言ってお茶目に笑う木戸。スタッフは、かぶさる自分たちの笑い声に、ぞっとした。


 そのうち彼女の首や体に、何人もの霊たちが腕を絡めて張りついてきた。ここまで集団で密着し、息のかかるほどの間近から、飛び出そうな目でぎょろぎょろ見つめているのに、木戸はまるで気づかない様子で、笑いながらレポートしている。


 そのうちスタッフは全員、あっと凍りついた。

 絡んでいる幽霊の一人が、いきなり彼女の右目に指を突っ込んで目玉をぐるりとえぐり、目の穴から真っ赤な血が、噴水のごとくだらだらと流れ出たのだ。他の霊たちも、次々に胸や腹に指を突き刺し、白いワンピースは見る見るうちに血の海に飲まれた。それでも全く気づかず、笑顔で話し続ける木戸。ナイフで口をずばっと引き裂かれ、あごを骨ごともぎ取られても、どういうわけか喋り声は以前と同じように続き、時おりスタッフの笑いが被る。


 血まみれボロボロのまま、木戸は院内を周ったが、行く先々で幽霊にズタズタにされ続けた。手術室では、手術台に立つ子供にメスで喉元をぐさりとやられ、病室では、ベッドに寝ている老婆が緊急ブザーを何度も鳴らしながら起き上がり、その手で彼女の耳をつかむと、そのままびりびりと引きちぎった。トイレでは、霊たちに腕や足をもがれるその足元を、迷い猫がすり抜けた。

「あらー、幽霊さんもおしっこするんですねー。と思ったら、猫でしたー」


 片手片足だけになり、はみ出た腸や臓物を垂らして、滅茶苦茶に破壊された顔をかしげた完全な肉塊と化した木戸が宙に浮きながら出口に現れ、あくまで明るく陽気な声で、締めの言葉を言う。

「いやー、完全に期待はずれなスポットでした。まあー、噂なんてこんなもんでしょー」

 そして、画面はぷつっと消えた……。




 あまりのおぞましさに息を呑み、がくがく震えだすスタッフたちの背後から――ふと、気味の悪い音が聞こえてきた。


 ごぼっ……ごぼっ、ごぼぼっ……。


 それは低く鈍い、口から泡でも吐くような音で、チェック係の二人がぎょっとして椅子ごと振り向くと、カメラも、そのまま後ろにぐるりと回った。動く画面の中で、周りのスタッフたちの驚がくに飛び出そうな目が、いっせいにある一点に向かって動くさまが流れる。



 回るカメラは、暗がりで丸椅子に座っている、あまりにも凄まじい、あるものを映した。その女はうつむき、「げぼっ、げぼっ……」と奇妙な音を出しながら、喉から風が吹き込むような、「ひゅううー、ひゅううー」という、かすれたうめきをあげていた。

 そのうち、彼女はゆっくりと立ち上がり、脇の柱の影で見えなくなっている顔の辺りから、真っ赤な血が、ぼたぼたと大量に足元へしたたり落ちた。


 彼女が右腕を差し出すと、スタッフの絶叫が響いた。肩から左腕がずるりと落ちて地面に転がり、指が天へ向けて物欲しそうにぐにぐにと動いたのだ。

 彼女は、もはや木戸霞ではなかった。

 ぐちゃぐちゃに切り裂かれた、ただの血みどろの肉塊だった。


 と、まっかなその塊が、いきなりこちらへ「ずずずっ!」と音を立てて接近してきた。アップになるや、画面はひっくり返って横倒しになった。腰を抜かして逃げようとするスタッフたちを映すと、そのまま、ふっと暗転して終わった。




 六、その後


 この番組は放送中止になり、二枚のブルーレイは霊能協会によって浄霊の儀式が行われ、焼却された。後日、廃病院のほうでも浄霊が行われ、そこに縛られていた全ての悪霊が成仏し、危険はなくなったとのことである。しかし建物は全て取り壊され、その場所は現在でも更地である。




 それからこんにちまで、木戸霞の姿を見たものはない。

 総勢十一人いたスタッフたちも、全員が行方不明になったまま、今も見つかっていない。(終)

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心霊番組 闇之一夜 @yaminokaz

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