第77話


 まぁそれは、やむを得ない話ではあった。

 もし仮に、ルフがアウロタレアを襲いに来たら、僕も否応なしに戦わねばならない。

 僕は他国の出身だが、それでもイルミーラの前線の町に住む以上、戦いはある程度覚悟している。

 ただ他の町にまで出向いて戦えと言われたら、碌に連携も取れないだろうし、その移動中に自分が暮らす町が襲われる可能性もあるし、流石に断らせて貰うけれども。


 しかしここで問題になるのは、僕が巨大な鳥の魔物、ルフに勝てるかどうかだろう。

 森の巨人に関しては、僕との相性が良かったというか、倒せるだろうと思えるだけの道具の準備があった。

 そして今、僕のポシェット、マジックバックの中には、ルフを倒せそうなアイテムはない。

 というか、そもそも空を飛ぶ巨大な怪鳥相手に、人間が相性良く戦うのは物凄く難しい事だと思う。

 ルフが竜のように火を吐いたりするって話は聞かないから、襲ってくる瞬間だけは地上に近付いて来る筈なので、その時を逃さずに攻撃を加えて落とすくらいしか手はないんじゃないだろうか。


 でも幸いにも、今、この瞬間、アウロタレアがルフに襲われてる訳じゃない。

 そう、今すぐに戦えって事じゃないのだ。

 相手がわかって、準備の時間が与えられてた。

 だったら、錬金術師である僕ならば、ルフに有効であろう対策の一つや二つは用意できる。


 問題は、大樹海の深層の魔物を再び倒すって事そのものか。

 一度目の森の巨人は、相性が良かっただけって言い張れた。

 だけどそれを二度繰り返せば、もうその言い訳も通用しない。

 いや、言い訳っていうか、準備時間があるから相性が良い戦いに持ち込めるってのは、紛れもない事実なのだけれど……。

 そんな事は関係なしに、僕は深層の魔物を倒せるって認識されてしまうだろう。

 

 ……だが、繰り返しになるが、やむを得ない。

 ここでアウロタレアを、イルミーラを放置して他の国に一時的に避難って手は、使えなかった。

 僕は既に、ウィルグルフを呼び寄せて巻き込んだし、ディーチェはこの国に錬金術師協会の支部を作る為、今、この瞬間も動いてくれている。

 不都合があるからって、僕が逃げる訳にはいかないのだ。


 実際にルフがアウロタレアを襲いに来るかどうかは、まだわからないし。

 良い風に考えるなら、もしもルフがやって来たらやって来たで、再び深層の魔物の素材を入手できるチャンスである。

 もしかすると、僕が今、新しいアイテムの開発で行き詰ってる幾つかの悩みが、それで解消できる可能性は大いにあった。


 だったら前向きに考えて、その時に備えてアイテムを用意するだけだ。

 僕は錬金術師なのだから、備えておかなきゃ、何とも戦えない。



 どんなアイテムを作るかは、すぐに決まった。

 怪鳥、ルフの強みは、巨体が空を飛ぶ事である。

 だがルフの弱みもまた、巨体が空を飛ぶ事だ。

 より正確に言えば、巨体であるにも拘らず、空を飛ぶ機能を備えている身体の構造に、付け入る隙があった。


 空を飛ぶというのは、当たり前だけれど並大抵の事じゃない。

 鳥が何故飛べるのかは、様々な理由があるだろう。

 翼には推力と揚力を生み出す役割を備えた羽が生え、骨は軽く、羽ばたく力を生み出す筋肉が発達し、気嚢を備え、吸った酸素を筋肉に送り込む機能に優れると共に、高所での活動を可能にしていた。

 つまり体が軽く、軽い割には力が強く、生えてる羽根にはそれぞれの役割があって、それらのどれかが失われるだけで飛ぶ機能は極端に低下するのだ。

 もっと簡単に言えば、鳥は脆い生き物である。


 本来、空を飛ぶ生き物はあまり大型にはなれないそうだ。

 大型になって重くなればなるほど、飛ぶのは極端に難しくなる。

 だけどこれは普通の生き物だったらの話で、魔物の類は大きくとも、魔法を使って空を飛ぶ。

 ルフもその例に漏れず、空を飛ぶ時には魔法の力を使っているのだろう。

 しかしそうであっても、鳥という生き物の枠から大きく逸れた身体をしている訳じゃない。

 魔物であっても、翼を失えば空を飛べず、心臓を止めれば死ぬ生き物だった。


 ならば後は、どれだけ殺す為の準備を積み重ねられるかにかかってる。

 僕はアトリエに籠って、店舗スペースも開けず、足りぬ素材は他の錬金術師の店や、バーナース伯爵の伝手で取り寄せて、アイテムを作り続けた。

 幸い、ヴィールの助手としての手際も随分と良くなっていて、作業は思ったよりも良いペースで進む。

 時間がどれだけあるのかはわからないから、手が増えるのは本当にありがたい。


 実際のところ、サウシュマテの陥落はもう何週間も前の話だ。

 この世界は、イ・サルーテ以外の国々では、伝達の手段が早馬等になるから、どうしても情報が届くのが遅くなる。

 もしもルフがその気だったら、早馬が情報を報せて回るよりもずっと早く、各町を襲撃する事だって可能だろう。


 なら、一体どうしてそうしないのか。

 四英傑の一人、ハイシンクとの戦いで負った傷を癒しているのか、思わぬ反撃に意気が挫かれたり、警戒しているのか、それとも全く別の理由があるのか。

 魔物の考えはわからない。

 もしかすると、ルフにはもう町を襲う気はないのかもしれない。

 僕の準備も、無駄になる可能性の方がずっと高い。

 でも万に一つを考えると、手を止める訳にはいかなかった。


「来るよ。マスター、その鳥さんは、絶対にここにやってくる」

 ふと、作業の最中、ヴィールは僕に向かってそう口にする。

 あぁ、ヴィールが言うなら、そうなんだろう。


 そしてその日のうちに、このアウロタレアより南にある、ペーロステーの町がルフに襲われたとの報せが入った。

 ペーロステーは、前回の氾濫を退けた町である。

 ルフはそのペーロステーで散々に破壊を撒き散らし、またどこかへ飛び去ったという。

 最も幾ら大型で、強力な大樹海の深層の魔物でも、単体では建物の破壊が精々で、人死にはあまり多くなかったらしい。

 被った痛手は大きいが、ペーロステーがそのまま森に飲み込まれてしまうような事は、ないそうだ。


 ただ、ルフの狙いが氾濫を退けた町であるのなら、次はやはりヴィールが言った通り、アウロタレアが狙われる可能性は高いだろう。

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