第39話
霊核を受け入れる為の調整の結果、成長したヴィールは身長が百二十cm程の男の子になった。
人の子で言えば、六、七、八歳位の大きさだろうか?
外観的にはもう少し大人に近い印象も受けるが、とても可愛らしい。
背中の羽は消えた訳ではないが、身体程には大きな成長をしなかった。
もしかすると、培養槽から出た後も少しずつ成長を重ねて行けば、或いは羽が完全に消えてしまう事もあるのかも知れない。
……何故ヴィールが男の子になったのかと言えば、多分僕を見ていた期間が長いからだろうと予測される。
ヴィールにとって指針となる人間は僕とディーチェの二人だけで、その中でも僕を見ている時間の方が長かったと言う訳だ。
だから今のヴィールは僕の外見に少し似てるし、ディーチェにもちょっと似てる。
身体に比べて羽が成長しなかったのも、外で活動するには既にそうしてる個体、僕やディーチェを観察して歩行を選択したと言う事か。
要するにヴィールが意識しているかしていないかは兎も角として、彼は自身が望む様に自らを成長、進化させていた。
これは少し、……否、とても面白い事である。
但し今後もこの様に大きく成長する場合があるのなら、霊核の性能には余裕を持たせておく必要があるし、日々細かなデータを取って変化に気を配らねばならないだろう。
まぁ何れにしても、そろそろ頃合いだ。
霊核も漸く完成した。
妃銀と王金を組み合わせる事で大きな魔力を生める様になった霊核は、ヴィールの体内を通す人工の管に霊薬を循環させ、またその劣化を防ぐ浄化を行う術式を刻んである。
だけど妃銀はその性質上、どうしても光を浴びられる場所、つまり体表に露出しなければならない為、霊核が傷付けられてしまう可能性も皆無とは言えない。
故に霊核を小型化し、体内に複数個の霊核を埋め込む事で、一つや二つの破損では機能不全に陥らぬ様に対処すると決めた。
霊核を埋め込む位置は、額に一つと、胸の中央である胸骨に一つ。
背中の肩甲骨に一つずつ、両手の甲にも一つずつ、足の脛にも一つずつで、合計が八つ。
尤もこの全てを常に光に晒しておく必要は特になく、普段は一つでも十分に役割を果たす筈だ。
夜も月明かり、星明りで問題なく機能は維持される。
もしも仮に、一週間以上の長きに亘って全く光を浴びられない場所に閉じ込められれば流石にどうしようもないけれど、そんな状況になったらホムンクルスでなくても助かりはしない。
妃銀と王金が生み出す余剰の魔力はヴィールの体内を巡り、彼自身の魔力として扱う事が出来るし、そうでなければ発散される。
なのでヴィールは、魔力の扱いに習熟したなら、恐ろしい実力を持つ魔術師にもなれるだろう。
……けれどもそれは、全て僕の計算も設計も何もかもが正しければの話だった。
身体の外で機能に問題がない事は確認してあっても、実際にヴィールの体内に埋め込めば、何か思わぬ不具合が発生するかも知れない。
それが予測される不具合ならば、僕だって対処が出来る。
例えばヴィールの成長に合わせて人工の管、霊薬管も長さを増さないと、破損してしまうだろう事とか。
でも予測外の不具合が生じた時、果たして僕は正しい対処を出来るだろうか。
本当に、怖い。
可能ならばヴィールに埋め込む前に、他で一度試したかった。
しかし動物実験にも全く意味はないし、実験の為だけに他のホムンクルスを作る事だって、出来やしない。
だから僕は、祈る様な気持ちで今日を迎えた。
「ヴィール、心の準備は良い?」
そう、今日はヴィールに、僕の作成した霊核を埋め込み、維持の為の霊薬を体内に流し込む日。
心のうちの恐怖を押し殺して、僕はヴィールに向かって笑みを見せる。
待ち切れないとばかりに頷くヴィールに、僕も一つ頷く。
もしも僕が恐れの表情を見せれば、ヴィールもきっと怯えてしまうだろうから、自信ありげに鷹揚に。
助手として傍らに控えるディーチェも、僕を信じてジッと指示を待っている。
怖くても、取り止めにする事は考えなかった。
もし霊核の埋め込みを中止にしてしまえば、僕の限界はここで決まる。
自分が決めてしまった限界を、破れないままに僕は一生を終えるだろう。
もう二度と、それ以上先に踏み出そうとはせずに。
僕はまだ、錬金術師として未知に挑む事を止めたくはない。
ヴィールへの情は勿論ある。
失いたくないって気持ちと、外の世界を見せたいって気持ちの両方が。
だけどそう言った感情よりも強く、立ち止まれないと言う衝動が僕の中には存在してた。
例え歩みは遅くとも、一歩ずつでも錬金術師として前に歩き続けたい衝動が。
錬金術以外の事なら譲れるだろうし、立ち止まれただろうけれども。
だから、そう、
「なら、霊核、及び霊薬管の埋め込みを開始するよ」
僕はその言葉を口にする。
声に震えはなく、動作にも躊躇いは、もうなかった。
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