第37話
イルミーラではどこの町でも、夏と冬の年に二回、武闘祭は行われている。
勿論氾濫の最中だったり、或いは氾濫で町に大きな被害が出ていたら延期されたり、残念ながら中止になる事もあるそうだけれど、多少の被害なら寧ろ意気高揚を狙って決行されるらしい。
要するにイルミーラでは、それ位に重視されてる催しだ。
武闘祭は他の町での試合も見られる様にと、近隣の町はスケジュールをずらして開催されていた。
二週間前は北の町で、今日はこの町、二週間後は南の町で、と言った風に。
また町で行われる武闘祭の優勝者は、年に一度、王都で行われる大武闘祭に選手として招待される。
大武闘祭はまさにイルミーラ最強を競う大会であり、優勝者には栄誉と共に莫大な賞金も支払われるそうだ。
あぁ、と言っても町の大会に賞金がない訳じゃなくて、アウロタレアの町の武闘祭でも、ベスト8以内に残ればそれなりの額の賞金が出る。
だから武闘祭の参加者の中には、複数の町を巡って大武闘祭への参加権利を得ようとしたり、賞金を稼いで生計を立ててる者もいるんだとか。
とまぁこう説明すれば、僕が何で武闘祭への参加を厭うたかは分かって貰えると思う。
だってそんな風に大武闘祭への参加権や賞金を狙う彼等は、素手部門で言うならプロの格闘家だ。
時に流派の看板を背負っていたりもする彼等と殴り合うなんて、とてもじゃないが割に合わない。
そんな訳でアウロタレアの武闘祭の当日、僕はディーチェと並んで広場に露店を出してぼんやりとしていた。
普段の市や他の祭りの時は、広場に露店を出したがる人は多いから、場所を借りるのはとても難しいのだけれども、武闘祭の時だけは話は別である。
何故なら武闘祭の中心は試合が行われる闘技場で、賑わいが出るのもその周辺だろう。
他所の町から来た見物客で、大通りも広場も普段よりは人が多いけれど、少しでも多くの稼ぎを求める商人は、闘技場の周りに店を出す。
故にこの武闘祭の期間だけは、比較的容易に広場の敷地を借りられるのだ。
「こんな風に露店に座ってると、この町に初めて来た時の事を思い出しますね」
人通りを楽しそうに眺めていたディーチェが、こちらを振り返って口を開く。
確かに出会いの切っ掛けは、露店にポツンと座る彼女とその商品に僕が興味を惹かれた事だ。
まさか好奇心から覗いた露店で、恩師からの手紙を携えた人間と出会うとは夢にも思わなかった。
「短剣が売れなくてディーチェが涙目だった時だねー。何だかもうちょっと懐かしいや」
今日、露店に並べる商品は、先日の卓上コンロの改良版と、ポーションを何種類か。
改良版卓上コンロのお値段は、なんと驚きの金貨五枚だ。
折角なので先日の手紙で提示られた領主からの報酬と同じ値段にしてみたが、炎銅を使った魔道具として考えれば少し安目である。
でも幾ら安目でも、或いは安目だからこそ、露店でこんな高い魔道具を買う人は多分いない。
掘り出し物を狙う目利きの出来る商人も、今日は別の仕事に追われるだろうし。
まぁそれでも構わない。
この卓上コンロは単なる見世物で、しっかりとした魔道具を扱える露店なのだから、ポーションの類もちゃんとした品だと安心して貰う為に置いている。
露店で売られてるポーションの中には、水で半分に薄めた物どころか、魔力を用いて変質させてない単なる薬草の煮汁が混じってる事さえあった。
駆け出しの冒険者なんかは、露店での買い物の方が得だと勘違いしてる者も多いので、良く引っ掛かって騙されるのだ。
当然、それとわかって文句を言おうとしても、既に露店はたたまれていて、相手を見つける術はない。
駆け出し冒険者にとってポーションは高価な代物だから、少しでも安く抑えたいと言う心理は仕方がない物だろう。
だけど安物買いの銭失いで済めば良いが、時にはそのまま命まで失ってしまうのだから、本当は一番ケチってはいけない所なのだ。
「な、泣いてはなかった筈ですよ! 確かに売れる様子もないのに一人でずっと待ってるのは、心細かった事は否定しませんけど……」
ふくれっ面をして抗議してくるディーチェが面白くて、僕は思わず笑ってしまった。
彼女が打ち解けてくれるのは共通の話題、恩師や錬金術のお陰で随分と早かったが、一緒に色々と研究を進めるうちにより気安くなった気がする。
だからもう暫く後に訪れるであろうディーチェとの別れを、僕はとても寂しく思う。
先日、ディーチェが作成した新しい魔法合金、妃銀のサンプルを錬金術師協会に、より正確にはローエル師に送った。
恐らく錬金術師協会は大騒ぎになって、詳しい話を聞きたがる。
すると当然、妃銀の開発者であるディーチェを錬金術師協会に呼び戻さざるを得ない。
共同開発者として僕の名前も登録されているけれど、今の僕を呼び出す権限は、錬金術師協会にはないから。
彼女がイ・サルーテを出る事となった問題も、妃銀のインパクトの前では問題足りえない。
ズェロキアの貴族であるフェグラー家に恩を売りたい七家の一つ、クローネン家の思惑なんて、他の六家から、或いはイ・サルーテ中の錬金術師からボコボコに叩き潰されてしまうだろう。
故にその後は、ディーチェはもう隠れ潜む必要もなくて好きな道を選べる。
恩師であるローエル師の下でもう一度学んだり、もしくは彼女の才と実力ならば導師を目指す事だって可能な筈だ。
ディーチェは妃銀に関しての話をイ・サルーテでする傍ら、錬金術師協会がホムンクルスを受け入れてくれる下地作りを、僕の実家であるキューチェ家や、ローエル師と行ってくれる心算らしい。
培養槽の外で活動可能なホムンクルスが生まれて、けれどもその技術が秘匿されるべきだと錬金術師協会に封じられたり、またはホムンクルスが非道な目的の為に生み出されて利用される事を防ぎたいからと。
そんな風に彼女は言った。
今はとても楽しいけれど、永遠に今は続かない。
変わらぬ事など何もない。
良くも、悪くも。
ホムンクルスの為の霊核は間もなく完成する。
ヴィールがそれを受け入れられる様に進めてる調整も、同じくだ。
きっとディーチェがこの町を出る前には、ヴィールは外に出られるだろう。
前祝はもうしてしまったから、そうなると後祝いもしなきゃいけない。
少しでも楽しく、有意義に、何かを得て、新たな一歩も、別れの日も迎えたいと、僕はそんな風に思ってる。
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