第40話 私の決意

「エマ様、お目覚めですか?」

「……ベティー……?」

 私が目を開いたままぼうっとしていると、近くで控えていたのかベティーが嬉しそうに声を上げた。

 天井を見ると、見慣れたいつもの寝室のようである。外は明るい。昼間だろうか。

「丸一日眠ったままだったのですよ。お医者様には疲労からだろうから起きるまで寝かせておけ、心配は要らないと言われましたが、わたくし心配で心配で……」

 丸一日? 私は慌てて身を起こした。何てこと。私は一日中惰眠をむさぼっていたというの? なんてだらしない……あら……でも私はなんでそんなに眠ってたのかしら?

 そこでハッと記憶が蘇り、私は声を上げた。

「──ルーク、ルーク様はっ?」

 上げた声がガラガラだったため、ベティーが水の入ったグラスを手渡してくれた。

「大丈夫でございますよ。腕の傷は少々縫いましたので痕は残るかも知れないそうですが、頭の傷も投げられた石が当たっただけのようで、お医者様のお見立てでは縫うほどでもなく、大したことはないと思うと。ただ頭の内部も出血してしまっているか分からないから、少し様子見は必要だそうですが。意識もはっきりしておられるし、記憶やご自身のことも覚えておられるようです」

「そう、良かった……」

 私は胸をなで下ろし、渡された水を飲む。美味しい。こんなに体に染み渡るような水を飲んだ経験は久しぶりだ。昔ピクニックに出て暑さでぐったりした時に飲んだ水以来だろうか。

 と、そこで自分の腕に包帯が巻かれているのに気づいた。しかも全身が筋肉痛になったように、少し動かすだけで悲鳴が出そうなほど痛みを感じる。

「ど、どうしたのかしらベティー、何だか私、体が痛くて」

「当たり前ですわ。森の中をルーク様引きずりながら足元の悪い中歩いておられたんですから、元気な方がおかしいじゃありませんか。あちこちすりむいてましたし、泥や葉っぱが髪や服についてましたもの。メイド四人がかりで風呂に入れ、傷が痛まないように気をつけながら洗うのは骨が折れましたわ。エマ様のように細身の女性でも、気を失っていると重たいものだと実感致しました」

「ご、ごめんなさいね。そのメイドたちにもお礼を言わないと」

 ラングフォード家のメイドともそれなりに会話を交わして、着実に友好な関係を築きつつあったのに、嫁いで早々に大きな迷惑を掛けてしまった。

 しかもこちらに来てからベティーにしか見せたことがない裸まで見られてしまったのか。いや、仕方がないことではあるのだけど、それにしたって恥ずかしい。

「逆にメイドたちは感謝しておられましたわ。ご自身の身の安全を犠牲にしてまで王子を助けて下さるなんて、なんて素晴らしい奥様だと。むしろエマ様の評価が上がったようです」

「そんな……夫を助けるなんて当然のことなのに」

 助けられたのは結果論であって、私の方が正直お荷物な存在だった。

 今回のことで実感してしまった。

 容姿だけでこの国の次期国王の妻として認めてもらっていたが、本当にそれしかないダメな女なのだと。愛情だけでは国を治める王の妻としてどうにもならない。

「しかも……下着をまとわせて夫を引きずるなんて」

 思い出して顔が熱くなった。トッドたちにも見られていたはずだ。恥ずかしくていたたまれない。

「男女では筋力含めて体の作りがまったく違いますもの。万全の状態のわたくしだってルーク様を担いで移動するなんて難しいですわ。意識のないエマ様ですら洗って移動するのに四人がかりだったのですよ? しかもエマ様は足を捻挫しておられましたし。あの方法はとても効率的で、逆に感心してしまいました」

「それでも王族としては褒められた話ではないわね」

 あちこち痛む体にうめきながら、私はベッドから下りようとした。

 見たら左の足首にも包帯が巻かれているし、夜着をめくったら右膝も左膝も包帯だ。包帯のないところも青あざが出来ていたりする。思ったよりひどい状態に苦笑してしまった。痛いはずね。

「ねえお願いベティー、手鏡を持って来て」

「かしこまりました」

 素早く鏡台に置いてあった手鏡をベティーから受け取ると、顔をチェックする。

(……二カ所ほど少し赤くなっているところはあるけれど、痕になりそうな傷はないわね)

 ホッとしてベティーに鏡を渡すと、立ち上がろうとしてよろめいた。

「エマ様何をしているのですか! まだ安静にしていなくてはなりません」

 私を支えてくれたベティーが私をたしなめる。

「ルーク様の無事をこの目で確かめないと、落ち着いて眠ってなどいられないわ」

 左足に力を入れないように進むと、鏡台の前の椅子に腰かける。ブラシを掴み髪をとかしつつ、

「ベティー、普段使いの落ち着いた色合いのドレスを用意してくれる? あとメイクで赤みを目立たせないようにしてもらえるかしら」

 と声をかけた。

 鏡の中で呆れたような顔をして私を見ていたベティーは、それでも私がルークが絡むと頑固なのを知っているので、黙って支度を始めた。

 私は今回のことをとても重く見ていた。

 そもそも隠し事の多い私がいけないのだ。

 夫婦なのだから死ぬまで隠し通すのはやはり無理があるし、今回だって私が目が悪いことや巻き爪の足のことを知っていれば、ルークもトッドたちもそれなりに配慮したり出来たかも知れないのに、私が体裁が悪いから、みっともないからと思ってひた隠しにしていたことで、下手をすればルークすら救えない状態に陥ったのだ。

 正直にルークに打ち明けて詫びよう。

 そして護身術の鍛錬もするし、出来る限り対外的にはバレないよう細心の注意を払うから、これからも婚姻関係は継続出来ないかお願いしてみよう。私の見栄のために彼を危険な目に遭わせるなんて本末転倒だ。

 こんな大国なのだから、反体制派だって少なからずいるだろうし、他国の妨害だってあるだろう。今回のようなことが二度とないとは言い切れないのだから。

 ……それでももしダメだったら素直に国に戻ろう。

 その際は両親に不出来を詫びて、政略で他に嫁いでも相手に迷惑をかける可能性があるから、とどこか田舎の別荘に引きこもって一生を送ろう。そうしよう。

 私にはルーク以外に嫁ぐなんてどう考えても無理だもの。

 打ち明けると決心してしまうと、ずっとモヤモヤしていた気持ちは晴れた。

 ある程度の親密さは築けた状況ではあるので、許してくれる場合もあるが、半々だ。

 ただ隠し事をしたままの生活は、知らず知らずのうちに自分に負荷がかかっていたし、いつバレるか分からない不安が心の奥底に常に沈んでいて神経がいつもどこかピリピリしていた。

 それもこれも彼のためにと考えていたからだが、私が隠し事をしているせいで彼が危険に陥る方がよほど問題だ。

 私はベティーと手早く支度を済ませた。

 それぞれ治療もあるので別々のベッドでという医師の進言で、ルークは近くの客間に寝ていると聞いた。私は彼に会うため、ベティーの手を借りながらゆっくりと部屋を出るのだった。




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