第36話 新王国図書館披露パーティー

「まあ、なんて沢山の町の方々が……エマ様、ご覧になって下さいませ!」

「ふふふベティー、我が国ウェブスターとは国土の大きさが段違いだもの。国民と牛と豚と鶏と……色んな生き物を全部ひっくるめても、こんなにはいないわよね。──とはいっても、私にはぼんやりと動いている人っぽい姿が見えているだけだけれど」

 私たちは少し興奮しつつも、カフェテリアの壁際に置いてある植木鉢に隠れるようにして会話をしている人たちを眺めながら、小声でコソコソと話をしていた。


 老朽化と書籍の保管場所の不足にともない、ラングフォード王国図書館の移築とその別館が新規に建築されることになり、なんと二年もの長い歳月をかけてこの度ようやく完成した。

 私とベティーたちはその完成披露パーティーに参加していた。

 王族としてラングフォード国王陛下や王妃、王子であるルークや第一騎士団長トッド、そのほか大臣たちや護衛も含めかなりの大人数であることに加え、オープン前に利用者である貴族や平民の中から抽選で選ばれた希望者が五百人ほど参加して、図書館や施設を見て回るというのがパーティーの趣旨である。

 別館を作ることで新たに設けられたカフェテリアでは、今回ビュッフェ形式で今後提供予定のお菓子やサンドイッチ、サラダなどの軽食やお茶が無償提供されている。いわば試食会も兼ねているというわけだ。

 本日の希望者は十五歳以上と制限を設けたため、小さな子供が大騒ぎしたり走り回っていることもなく、公共の施設では身分の上下は一切関係ない決まりなので、貴族も平民も穏やかに談笑しながら、勉強エリアや趣味を教える教室用の小部屋の申し込み方法など情報共有をしていたりする。


「私も本を沢山借りに来たいけれど、少し王宮から離れてしまっているから、そう頻繁には来られないわねえ」

 読書が大好きな人間としては、壁一面に並んだ大量の本にうっとりしてしまうのだが、王宮から馬車で最短距離で移動しても三十分はかかる。外出許可を取るのも一苦労だ。

 今後新たに別館が増やせるようにと広い土地を確保したため、少し町から離れたところに建てられているので、一番近い住民でも徒歩で二十分以上掛かる。

 だが利用者がなるべく不便にならないように、町の中心地から毎日、定期的に図書館の往復をする乗合馬車が無料で運行になるようなので、国民からの不満はほとんどないそうだ。

「まあエマ様や王族の方が他の利用者と一緒に使うのは警備上は難しいでしょうから、閉館後や開館前に利用させていただくことになりますでしょうか。事前に仰って頂ければ、私が代わりにご指定の本を借りに行くことも可能でございますし」

「やあねベティー、本好きには並んでいる本から何気なく目に留まったものを選ぶ楽しみもあるのよ。新たな本との出会いを奪わないでちょうだい」

「それは大変失礼いたしました」

 ベティーは頭を下げ、近くに立っていた護衛に話をすると、私の手をさり気なく取った。

「エマ様、ご挨拶などで少々お疲れでしょうから、個室の方でお茶でもいただいてひと休みされた方がよろしいですわ」

「そうね、ありがとう」

 興奮してあちこち歩き回ったせいで、少し爪先が痛み出して来ていた。ベティーも足を心配しているのだろう。ホッとしてベティーに促されるまま歩き出した。

 先ほどパーティーの参加者の前で、私は新たな王族の一員として初めて近くで国民に挨拶をした。

 ルークと結婚した隣国の姫という情報は知っていても、結婚式に出席した者以外に実際に顔を見せ、声を聞かせたのは初めてである。これが初の公務ということになろうか。

 自室で簡潔かつ品位を保てるような文章を考え、必死で暗記した甲斐もあって、挨拶はスムーズに済み、ルークからも小声で「エマへの国民の好感度はすごく上がったと思うよ」と褒められた。

 まあ実際は緊張しまくりだったのだが、私のデメリットである近眼はこういう時には便利だ。

 大勢の人が自分を見ていようがぼんやりして全く認識出来ないのだから、そこまで切羽詰まることはないのである。ルーク一人が五十センチほど隣に立っている方がよほど緊張する。

「まあ……なんてお綺麗なのかしら……」

「優雅で知性と気品に溢れた素晴らしい王子妃ではないか。我が国も安泰だ」

「艶やかな黒髪が何ともお美しい。ドレスも古典的で伝統を重んじておられるんだろうな」

 などなど、小声で私を賛美するような言葉も聞こえて来るが、私は外側だけ偽装しているようなものなので、中身はド近眼で巻き爪で畑仕事が好きで、昆虫含めた小さな生き物が好きなルークを愛する見てくれが良いだけのただの変態なので、どの言葉も他人事にしか聞こえない。

 いやですわご冗談を、などと軽く笑い飛ばせればいいのだが、私はルークの妻として文句のつけようのない女性でなければならない。穏やかに笑みを浮かべるのが精一杯である。

 案内された個室には誰もいなかった。大きめの丸テーブルに椅子が四つあるだけの小さな部屋だが、窓があるせいで閉塞感はなかった。

 ベティーに案内された椅子に腰かけると、彼女は手早くお茶を淹れ私の前に置いた。

「少々お待ち下さいませ」

 そういうと部屋から出ていき、数分後には軽食を皿に載せた状態で戻って来た。

「お腹も空かれたのではありませんか? 王宮に戻る馬車の中でルーク様にお腹の鳴る音なんて聞かれてはムードが台無しですもの」

「ベティー助かるわ! もうお腹が空いて倒れそうだったのよ」

 私はハムとチーズが挟んであるサンドイッチに早速手を伸ばした。

「……ああ美味しいわあ……何故人は食べたら食べただけ太ってしまうのかしらね。納得行かないわ……いくら食べても太らない食べ物があればいいのに」

「栄養があるものは体の肉となる成分が多く含まれているからですわね。いくら食べても太らないものはございますよ。色の濃い青菜などの野菜です。でも何も味をつけずに沢山は食べられませんし、そのまま食べてもさほど美味しくはありませんから、油やバターなどで炒めたり塩を振りますでしょう? 結果、栄養価が上がってしまうのです」

「美味しく食べたいわよねどうせ食べるのなら。このぐらいの量なら三皿ぐらいは食べられそうなのだけれど、追加はダメかしら?」

 サンドイッチ三切れ、小皿に盛られたサラダ、小さなカップケーキを見て私は切なくベティーを見つめた。

「ダメです。『これぐらいなら』が命取りでございますよエマ様」

「──そうよね。もう昔の体型に戻りたくないもの」

 私はゆっくりと残りを味わうのだった。

 これを食べたらそろそろ王宮に戻る時間かしらね。

 ルークが帰りは少し遠回りして、景色を見ながらのんびり帰ろうと言っていた。

 長い時間二人きりなのは緊張はするけれど、とても嬉しい。

 そこまでひどい不安に襲われなくなって来たのは、やはりぺちぺちと弱いながらも攻撃を続けて来た成果なのかしらね。

 人間、気合いで成長し、乗り切れることも結構あるわね。これからも頑張らなければ。




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