第28話 お忍び【2】

「今回は何だかイマイチで、エマお姉様に申し訳ないわ……ごめんなさい」

 舞台が終わって劇場の外に出ると、レイチェルが私に謝った。

「あら、でもレイチェルが好きな主演の男優さんは素敵だったじゃないの」

「まあ、そうなんですけど……でも話がちょっと……」

 確かに、舞台の出来から言うと今一つ盛り上がりに欠けるものではあった。

 恋愛ものなのに主演女優の性格がキツすぎて感情移入出来ないのと、主演男優以外にもいい顔をし過ぎるシーンが多く、ハッピーエンドとはいえ純愛と思えなかったのが問題ではないかと思う。

 脚本が元からそういう作りなのだろうが、むしろヒロインとくっつかない方がヒーローが幸せだったのでは、と思わせるラブストーリーは後味が良くないものだった。

「……でも、主演男優も気持ちをハッキリ伝えなかったり、お目当ての女性の友人に恋愛相談を持ち掛けるみたいなだらしないシーンもございましたから、お似合いと言えばお似合いかも知れません」

 ベティーが合流すると、小声で感想を呟いた。

 劇場には座席の端に付き添いの使用人が待機出来るエリアがあり、立ち見ではあるが舞台も観られるようになっていた。トッドやマーク、ロバートは演目に興味がないようで馬車で待っていた。

 三人で馬車の近くまで戻ると、トッドが近寄って来た。

「お帰りなさいませ。──買い物などは男性がいてもお邪魔でしょうから、私とマークは少し後ろからついていきます。ロバートは馬車の番で残しますが。購入された物は後で受け取ってすぐ馬車に移しますので、かさばるものも安心してお買い求め下さい。じゃあベティー、頼むぞ」

「はい、承知致しました」

 トッドがそれだけ言うと離れて行く。

 私たちは近くの大通りに向かって歩き出した。

「……何だかトッドって出来る男、って感じですよね。流石に騎士団長を務める人は違うわ」

 レイチェルが感心したように私を見た。

「そうね。ルーク様の昔からのご友人でもあるそうだし、お人柄も良いと思うわ」

「トッドを見ていたら、ますます今日の舞台のヒーローが情けない男に見えて来ましたわ。次回もダメ男役だったら、ガッカリしてファンを辞めてしまいそう」

「脚本は大事よね。まあ次に期待すれば良いわ。……それでねレイチェル、買い物なのだけど、実はちょっと欲しいものがあって……」

 私がそう切り出すと、レイチェルは目をキラキラさせた。

「もしかしてルークお兄様に、とか?」

「……そうなのよ。彼の好みはまだ把握し切れていないから、レイチェルが頼りなの」

「ふふふっ、ルークお兄様も愛されてるわね。任せてエマお姉様! いくらでも力になりますわ」

「助かるわ」

 私はホッとした。正直自分のセンスに自信がないのよね。


 最初に向かったのは寝具を扱う店である。

「ちょ、エマお姉様ったら、私まだ結婚相手すら決まってない乙女なのよ? いくらなんでもそんな協力出来ませんわ!」

 少し頬を赤らめたレイチェルが入口で足を踏ん張って首を振る。

 私がえ? え? と戸惑っていると、ベティーがレイチェルに微笑んだ。

「──レイチェル様、エマ様がセクシー系のナイトウェアを買うだの、そんな力技が出来るとお思いでございますか? お仕えしている立場で申し上げるのもはばかられますが、エマ様はこの見た目ですが、超恋愛下手で夢見がちのアイタタな御方です。十二歳前後の少女の感覚だと思って頂ければ間違いございません」

「え? アイタタ……? そうなの? 嫌だ、私ったら恥ずかしい! てっきりそういうアレなのかと勝手に早とちりして……もうエマお姉様ったら紛らわしいんだもの!」

 パシパシと背中を叩かれ、私はようやくレイチェルの勘違いに気づいて顔が熱くなる。

「そっ、そんなものを買うとしてもレイチェルに聞く訳ないでしょう!」

 小声で反論しながらレイチェルの腕を引っ張り店に入る。

「私が欲しいのは小ぶりな枕と毛布なのよ」

「枕と毛布、ですか?」

「ええ。ルーク様がお忙しいのは話したでしょう? この頃は執務室で仮眠を取ってからまたお仕事なんてこともあるのよ。数人掛けのソファーがあるからちゃんと横になれるよ、とは仰るんだけど、温かくなって来たけれどまだ朝晩とか冷える時もあるでしょう? 風邪でも引いたら大変だもの。それにソファーの手すりを枕代わりなんて、首だって痛くなるし疲れも取れないわ。だからね」

「……なるほど、執務室に常備出来るものを、ということですわね」

 頷いたレイチェルに私はホッとして頷いた。

 スケスケの夜着でルークに迫ろうとしていたなどと誤解されては、中身も変態なのに外側も破廉恥な女という不本意なレッテルが貼られてしまう。

 せめて中身の変態が解消する見通しが立ってからの外的アピールではないか。だからそんなものは当分必要ないのだ。自分で言ってて少し情けないけど。

「それならあちらのコーナーですわね。ルークお兄様はごちゃごちゃした派手なデザインは前からお好きではないので、無地で単色、寒色系の方が良いかも知れませんわ」

「そういうアドバイスが本当に助かるのよ! それじゃ早速選びに行きましょう!」

 私はベティーとレイチェルの腕を取ると、足元に注意しながら店の中をずんずん進んで行くのだった。




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