第27話 お忍び【1】

「エマお姉様お久しぶりです、会いたかったですわ! もちろんベティーもよ!」

 馬車から下りて来たレイチェルが、迎えに出て来た私に抱きついて来た。

 友人というのはこのように全力で好意アピールをするものなのかと少し驚いたが、決して不快な気持ちではない。もちろん私がレイチェルを好きだからではあるのだけど。

「私も会いたかったわレイチェル。でもお久しぶりというほど時間は経ってなくてよ」

 そっと抱き締め返して笑うと、それもそうですわね、とレイチェルが笑った。

「劇場に向かうのはお茶を飲んでひと休みしてからで大丈夫よね? 荷物は客室に運んでおくわ」

 私は使用人に指示をすると、レイチェルを連れて庭へ向かった。

「ごめんなさいね。ルーク様は急にお忙しくなったらしくて、ここ数日執務室にこもりきりなの。ご挨拶はまた夕食の時にでも改めて、と伝えて欲しいと」

「いえ、こちらこそ忙しい時に失礼しました。もしかして、エマお姉様も忙しいのではありませんか? 私ったらお芝居をいい機会と思って浮かれてしまって……」

 庭のテーブル席に座り、メイドが紅茶を運んで下がると、すまなさそうな顔でレイチェルが謝った。私は笑って手を振る。

「いいのよ。パーティーや諸外国からのお客様が来なければ私は暇だもの。ルーク様は慣れるまでゆっくりしていればいいと言うのだけれど、少々気が引けてしまうわね」

 まあ今やっていることといえば、王宮の使用人とマメに話すようにすることと、王宮内の段差や部屋の造りなどを調べるためベティーと色々歩いているぐらいだろうか。

 ただの散歩だと思われているかも知れないが、近眼であることや巻き爪という問題を隠すには、自分のメインの生活エリアや動線を体で把握しないと偽装一つもままならないのだ。

「それなら良かったわ。……ところでベティー、今日はあなた一人が付き添いになるの? 実は、我が家から連れて来たメイドが、長い移動で酔ってしまったみたいで休ませたいのよ。御者もこんな大きな町は普段来ないじゃない? 道に迷いそうだと気おくれしてしまってるのよ」

 レイチェルが近くに控えていたベティーに話し掛けた。

「いえ。わたくしだけでは万が一の際にお二人同時にお守りするのは難しゅうございますので、本日は第一騎士団長のトッドと、直属の部下二名が付く予定ですわ。ですからお連れになったエルキントン家の方は王宮でゆっくり休んで頂ければ」

「それは助かるけれど、お忍びよ? 騎士団の人間が一緒なのはまずいんじゃ……」

「ご安心下さいませ。ちゃんと変装すると聞いております。そして申し訳ないのですが、レイチェル様は今のままでは服装が高級過ぎますので、もう少々格を落とした格好をして頂きたいのです。お手数ですがこちらへ」

「え? え? これ結構お気に入りなのだけど」

「ええ、大変お似合いなのですが、生地からデザインまで一級品なのが一目で分かってしまいます。エマ様も普段使いのそこそこのドレスに着替えて頂きました。ご存じないかも知れませんが、多くの人が集まる城下町では、たちの悪い者も多くいるのです。裕福なのが明らかだと揉め事に巻き込まれる可能性が高まりますわ。護衛する人間が最小限なのですから、回避できる危険は出来るだけ回避させて頂きたいのです」

 頭を下げるベティーに頷き、そのまま歩いて行くレイチェルを私は黙って見送った。


 私の国ウェブスターはさほど大きくない。ルークの国ラングフォードとは国土の広さそのものが段違いだ。

 酪農や農業がメイン産業であることから、何かあれば両親も部下を引き連れ飛び出して行くし、あまりに気軽に接しているので、国王とか王妃などと気づいていない国民も多々いると思う。たまに野菜とか果物をもらったとか言って笑顔で持ち帰って来ているぐらいだし。

 全般的にのどかな国なので、危険を感じるのは災害処理をする時ぐらいで、王族であることの危機感は皆無に等しい。

 だがルークの国は大国である。

 しかも鉱山をいくつも抱え、武器や農具などの金属加工製品も質がいいことで評判で人気がある。騎士団も腕のいい精鋭が多く揃っているらしい。

 ストレートに言ってしまえば、

「財力も人材も武力もふんだんな、とーっても強い国」

 であり、よその国から見れば疎ましい、目障りな国でもある。

 王子妃になった私もだが、王族の親族であるレイチェルも、誘拐されたりして政治的に利用される危険もあるのだ、とベティーには先日こんこんと説教された。

「わたくしもエマ様もウェブスターの空気に慣れ過ぎていますが、本来王族というのは常に危険を考え動かなくてはいけないものです。外出一つとっても細心の注意をせねばなりません」

「こちらに来てからエルキントン公爵の屋敷に訪問した以外は外出なんてしてないから、今一つ危機感が薄かったわね」

「そうですよ。レイチェル様もですが、エマ様はエマ様であるだけで利用価値があるのです。例え中身が変態であろうが巻き爪だろうがド近眼だろうが何の関係もないのです」

「……別に後半は言わなくてもいいじゃないの」

「いいえ。欠点があるから自分の価値なんて大したことない、と内心思っているエマ様だから申し上げるのです。自信を持ちすぎる人間も厄介ですが、自信を持たなすぎる人間もまた厄介なのです。ご自身に何かあれば、ルーク様にもご迷惑が掛かるのだとご自覚下さい」

「それは絶対に嫌。ルーク様の負担になるのだけは耐えられないわ」

 私は拳を握る。

「分かってますわ。ですからお忍びでの外出の際には、わたくしども護衛に関わる人間の意見を最優先して下さいね」

 ベティーの真剣な眼差しに私も強く頷くしかなかった。


「まあレイチェル、可愛いわ!」

 戻って来たレイチェルは、小さな花が散っている足首が見えるタイプのピンクのワンピースで、白い襟も可愛らしく、彼女にとても似合っていた。髪もポニーテールになっている。

 ベティーに言わせると、平民でもちょっと頑張れば買えるぐらいのお洒落着だそうだ。

 あまり服装にこだわりがないので良く分からないけれど、見る人が見れば分かるのだろう。

「私、あまり可愛らしい柄のものは持ってないから、少し恥ずかしいわ」

「とても似合うわよ。騎士団の方で馬車もどこにでもある目立たないものを用意してくれたらしいし、そろそろ行きましょうか」

「ええ、そうですね。あ、エマお姉様も髪をゆるく三つ編みにされたのね。素敵! 何だか本当に別人になってるみたいでワクワクします」

「私もよ」

 ベティーを連れ、私たちは王宮の裏門の方へ回ると、トッドが部下を連れ馬車の前に立っていた。

「エマ様、レイチェル様、部下のマークとロバートです。私は御者で彼らは荷物持ちといった見た目ですが、腕は確かなのでご安心下さい。少し離れた位置からお守りしますので、名前と服装だけ覚えておいて下さい」

 ……と言われても二メートルは離れているし、はっきり見えないのよねえ。

 まさかもっと近づけとも言えないので何とか目をこらす。

 マークは癖のある金髪で大柄の男性。挨拶された声は小声でくぐもっていたが若そうだ。

 ほっぺたもお腹もかなりお肉がついているようで太めな印象だが、騎士団なのだからお腹は筋肉なのよねきっと。白いシャツにサスペンダーのついたダボっとしたベージュ色のズボンと。

 ロバートは細身で黒っぽい短髪の男性。声からするとトッドよりも年上のような気がする。

 黒っぽいジャケットと茶系のパンツ、と。……よし、何とか覚えたわ。

「本日はよろしくお願いしますね」

 私は頭を下げると、レイチェルたちと馬車に乗り込んだ。




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