第17話 エマお姉様もしや可愛すぎるのでは?(下)

 ──そこからのエマお姉様の独白は色んな意味で濃厚だった。

 しばらくの間は、いかにルークお兄様が素晴らしく素敵かと言うことを延々と語られた。

 ただ愛するあまりに王族として正しい振る舞いが出来る自信がないため、気持ち悪いと思われないよう理性で表情を常に一定の状態に保つようにしているのだと。

 もうここで既にエマお姉様のルークお兄様への思いを疑う気持ちはなくなったのだが、彼女はそこでため息を吐いた。

「……私は小さい頃はかなり太っててね。それでも彼はいつも優しかったわ。ただ私は三つも年上だったし、こちらからアプローチなんてとても出来ないじゃない? だけど諦められなかったわ。可能性だけでも残したくて、彼が誰かと結婚するまでは独り身でいなくては、と焦ったの。それで両親に勝手に他の相手を探される前に仮病で病弱になろうと思って。でも無駄なお肉のついた体じゃそれも信憑性ないでしょう? だからまず必死にダイエットしたの。肉が落ちたら母譲りで案外顔が綺麗だったって気づいたわ。……見た目以外は欠陥品だから、せめて一番の売りである美貌とスタイルだけは何とかキープしようと頑張って……そうしたら神様が見て下さっていたのか、奇跡的にルーク様と結婚出来たのよ」

「欠陥品? エマお姉様がですか?」

 ちょっとルークお兄様への愛が重た過ぎるとは思うが、血筋に美貌、突き出た胸にくびれた腰、そして細く長い手足。性格も見た目と真逆でツンケンしたところが全くない。

 従妹という厳しい身内目線で見ても、文句のつけようがない完璧な淑女である。

「ええ……レイチェルは味方だと信じて思い切って打ち明けるけれど……これ、見て下さる?」

 エマお姉様がまたバッグに手を入れると、何かのケースを取り出した。

「こちらは?」

「開けてみて」

 受け取って蓋を開くと、中にはメガネが一つ。

 ただ、何というか今まで見たことがあるメガネより、ガラスの部分にとても厚みがある。

「一人でいる時やベティーといる時しか使わないのだけれど、どうぞ」

「え、ええ」

 彼女からメガネを受け取ると、つるを開き自分でそれを掛けてみた。

 いきなり視界がぐわん、と歪む。このままずっとつけていたら頭痛がしそうだったので慌てて外してケースに戻した。

「ふふ、すごいでしょう? 五、六年ぐらい前に高熱で暫くベッドから出れないことがあったのだけど、その頃から急に視力が落ちてしまって。今ではそれを掛けてないと一メートル先の人の顔すらはっきりしないのよ。でも私が年上で嫁き遅れ寸前でも何とかルーク様と結婚出来たのは、見た目の要素が大きいでしょう? こんなメガネを人前で掛けていたら、台無しじゃない?」

 ほらほら、とメガネを掛けて見せてくれたのだが、まあ確かにこれでクールビューティーと言われても納得は出来ないだろう。ジョークグッズと思われるかも知れない。

「で、でもそれぐらいで欠陥品なんて……」

「──これだけだと思って?」

 苦笑したエマお姉様がすっと少しスカートの裾を持ち上げた。

 足元の靴の先にちょっと違和感がある。

「ええと……エマお姉様?」

「これは私の国にいる時に作ってもらった特注品なの。私、手足の爪が薄くて、かかとの高い靴ばかり履いていたら足の親指が巻き爪になったまま戻らなくなってしまってね」

 すっと靴を脱いで私に見せてくれたが、先日も強く打って出血してしまったとのことで片方はテープでぐるぐる巻かれていたが、もう片方は肉を巻き込んだようなU字型になっていて、見ているだけで痛々しいほど形の爪が変形してしまっていた。

「まあ……とっても痛そう」

「先端の革をカットして同系色の布で覆う形にしているから、長時間歩くのでなければ問題ないし、ずっと痛みがある訳ではないの。でも通常店に置いてあるような靴は痛くて履けないし、普段の格好もロングドレスで足元を隠さなければならないわ。今の流行りは足首まで出るタイプのスカートだと言うのによ? 裾が引っ掛からないように細心の注意も払わなくてはならないし、そりゃお淑やかにしか歩けないわよ。……それで上品とか優雅だとか言われるようになったのはまあ、結果オーライな部分もあるのだけれど」

「それは全てルークお兄様のために?」

「当たり前じゃないの。ただでさえ年上という負い目もあるのに、不格好な靴しか履けないわコメディー芝居の登場人物みたいなメガネ掛けなければ絵を描いたり本を読んだりするのも難しい女よ? せっかくダイエットして見た目の良い容姿だけは手に入ったのだから、他のダメな部分は隠し切りたいじゃない。……まあまだ淑女にあるまじき部分もあるのだけど……」

「え? まだ何かあるんですか?」

 後の呟きが気になり思わず問い返した。

「──あらそんなこと言ったかしら? ……本当にどうしたのかしら、何だか今日は変に気持ちが大きくなってしまって。きっとパウンドケーキのラム酒のせいよね……」

 そこでエマお姉様がハッとした顔になり、私の手をギュッと握った。

「お願い、ルーク様には絶対に言わないでちょうだい。私、彼に嫌われたら生きて行けないの」

 うるうると目を潤ませ懇願する姿は惚れ惚れするほどの完璧な美女なのに、エマお姉様も色々と苦労しておられるんだなあと思うと、むしろ冷たく見える態度や仕草も可愛く思えて来た。

 年上なのに妹のような頼りなげな部分を持つエマお姉様。

 ──うん、可愛い。

 ルークお兄様が彼女の問題を知ったところで、別に態度が激変する性格とは思えないけれど。

 それでも一生懸命嫌われないよう努力を惜しまないエマお姉様は、始めの胡散臭いと感じていた部分やとっつきにくいイメージが一変して、不器用な恋する乙女だったと気づけたのは収穫だ。

 私もベティー同様良き理解者となって、出来る限りエマお姉様の手助けをしよう。

「……何だか少し眠くなって来たわ」

 心に誓いを立てていると、ぽそっと呟いたエマお姉様が目をこしこしとこすっていた。

「お疲れですのね。馬車を呼んで早く屋敷に戻りましょう」

「そうね……」

 私はベルを鳴らし、やって来た店員に清算を頼み、隣の部屋で休んでいる使用人たちを呼んでくれるようお願いした。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る