第16話 エマお姉様もしや可愛すぎるのでは?(上)

 別に、エマお姉様に意地悪をするつもりもないし、彼女を貶めるつもりもなかった。

 ただ、少しだけ口を滑らかにしてもらい、私の疑問を晴らしたいだけだった。

 表情こそあまり変化はなかったが目元に嬉しそうな気配だけ漂わせ、少しずつパウンドケーキを口に運ぶエマお姉様は、結構甘いものが好きなのかも知れない。

「思ったよりラムの香りがするけれど、とても美味しいわ。人気があるのも分かるわね」

 昨夜の冷たい感じの態度も勘違いだったのではと思うほど、口調に温かみを感じる。でもまだ完全に信頼する訳には行かない。何かを隠しているという印象は未だに消えないのだ。

 ──そして私がパウンドケーキのラム酒について事前に確認したのは、ケーキにしかお酒は含まれていないと思わせるためだ。

 このお店のダージリンは香りが強いのが特徴で人気があるのだが、オーナーの持つ農場で作っているリンゴを主原料にしたフルーツブランデーもまた人気で、お土産として買って行く人も多い。

 そしてそれを少し紅茶に垂らした「ブランデーティー」もお店の看板メニューだ。

 もちろんメインは紅茶なのだから、泥酔するほどの量など入ってない。

 ただパーティーなどに参加する人たちを見ていると、普段は物静かな人もワインを飲んだりすると陽気になって饒舌になったりよく話をする。

 私はまだ飲めないので実感は出来ないが、緊張を緩和したり気分が上がるなどの効果があるのだと思っている。

 お酒が弱いと聞いたのでこれ幸いと思い、こっそり店員には彼女だけ少しブランデーを多めでとは伝えたが、別に毒を盛っている訳ではないし、固そうなエマお姉様のガードを少し緩めるだけのつもりだったのだ。

 当然ながら私のは普通のダージリンティーである。


「──エマお姉様、あの、ご気分は?」

 だが私の想像以上にお酒が弱かったのか、パウンドケーキでも少し紅潮していた頬は、ブランデーティーを少し飲んだ辺りで目のふちまで赤くなり、私を見る眼差しもとろんとしていた。

「え? とっても良いわ、大丈夫よぅ……でもこのケーキ、やっぱりお酒が強いのかしらねえ……少し体が熱いみたい。でも美味しいし何だか楽しい気分、ふふふ」

 これは少々効き過ぎたかも知れないと思いつつも、これもチャンスだと思うことにした。

 笑みを浮かべるエマお姉様にさり気なく尋ねる。

「ねえ、エマお姉様はルークお兄様とずっと文通をしていらしたと伺いましたけど、お兄様のどんなところに好感を持ってらっしゃるの? 私はまだ婚約者もおりませんけど、色々興味がある年頃なのでとっても気になりますわ。お兄様には秘密で教えて頂けません?」

 無邪気さを装って内緒話をするように小声で囁いた。

 ぽうっと私を見たエマお姉様が、少し笑って、

「……ぶ」

 と小さく呟いた。

「え?」

「……ぜんぶー」

(は?)

 全く予想外の発言に私は戸惑った。

 彼女の陶器のような整った顔立ちは表情の変化に乏しく、親しみよりも冷たい印象を受ける。

 話しかければ丁寧な返事は返って来るけれど、感情表現は薄い。

 てっきりルークお兄様とも単なる幼馴染みなだけで、仲が悪くもないし、年齢とかお互いの身分的にも釣り合いが取れるので政略で結婚しただけよ、と言われても不思議には思えないほど、ルークお兄様と一緒の時の表情も固かった。

 せいぜい優しいところ、だとか穏やかなところが好ましくて、みたいな無難な言葉で流すのではと考えていたのに、それが「ぜんぶー」ですって?

 私はルークお兄様が大好きだし、ルークお兄様はエマお姉様を愛していると聞いた。

 だからよほどの隠し事でもない限りは心から応援するつもりだったし、もしエマお姉様がルークお兄様に対して良い感情を持っていなかった場合、私が何とか彼女の気持ちを変えねばと考えていた。

 色々と考えていたルークお兄様に対する褒め言葉が使えなくなり、私は言葉に詰まる。

 頭が働かず、ようやく口にした言葉は本当に何のひねりもなかった。ただ聞き返しただけである。

「……まあ、全部ですの?」

 エマお姉様はこくりと頷き、パッと顔を輝かせると、バッグをごそごそしながら、先ほど購入したクマの小さなぬいぐるみを取り出した。

「これもね、ほら、ルーク様に似ているでしょう? 目元とか大らかな感じが。だからね、思わず買ってしまったの」

「そう、ですか? ま、まあほんのり似てるような気がしなくもない、ような」

 でも本人がいつでも傍にいて事足りるだろうに、何故似ていると言うだけのぬいぐるみなどをわざわざ買うのだろうか。

 エマお姉様の心情が分からず、無意識にフォークでカットしたパウンドケーキを食べつつ紅茶を口に運んでいると、ふにゃりとした笑みを浮かべた彼女はぬいぐるみをそっと撫でた。

「──実はね、私、変態なのよ」

 飲んでいた紅茶が変なところに入り、私はむせた。

「あらレイチェル、大丈夫?」

「ゲホッゴホッ、だ、大丈夫ですわ、いきなり変なこと仰るから驚いてしまって」

 エマお姉様は私の背中をさすりながら、静かに続ける。

「誤解を招く言い方だったわね。いえ、私はしっかりした教育も受けているし、礼儀作法も王族として恥ずかしくないものは持っていると思うの。……でもね、ルークに対してだけは好きだって気持ちが膨らみすぎたのか、自制をしていないとそれが駄々洩れしてしまうのよ。長い間会えてなかったから、妄想力だって人一倍発達してしまったし、毎晩交わした会話を牛のように脳内で反芻しながらベッドの上で身悶えしたりするの。気味が悪いわよね私みたいな女」

「いえそんなことありませんわ! 恋する女性と言うのはそういうものですし」

「……まあ、レイチェルは分かってくれるの? 抑えきれない恋心を」

「私だっていつも友人から恋愛話を聞かされますもの」

 まあ私個人としては、小さな頃ルークお兄様にほんのりとした恋心を抱いた以外は、好きな相手がいる訳でもなく、敷地内を馬で散歩したり、森で野生動物を観察していたりと一人で好きに遊んでいる方が楽しい。正直いつになったら恋心が生まれるのかも分からない。

 だけどここは恋が分かるアピールしてエマお姉様の味方のポジションに立てば、知りたい隠し事もポロっとこぼしてくれるに違いない。

「嬉しいわ……ずっとそういう話が出来る友人がいなくて、話し相手はベティーだけだったから」

「王族ですもの、友人付き合い一つ取っても色々と厳しいのでしょうね」

 ブランデーティーを一口、またあ一口と飲んだエマお姉様は、真剣な顔で私に問い掛けた。

「……ルーク様には内緒で聞いて頂ける? 私が変態になったのは大きな理由があるの」

 変態になるならないはあくまでも本人の意思と資質ではないかと思うので、別に理由はどうでもいい。ただエマお姉様の隠れた一面が露わになるのが今日の目的なのである。

「私で良ければ伺わせて下さいな」

 そっとエマお姉様の手を取りにっこりと笑顔を向けた。




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