第14話 エマお姉様は何かを隠している
──確かにエマお姉様は少し冷たく見える表情を差し引いてもものすごい美人だった。
ツヤツヤの長いロングヘアーも滑らかで、ダークブルーの瞳も大きなサファイアのように煌めいていた。声も高くもなく低くもなく、とても耳に心地良い。気品もあり、どこからどう見ても文句のつけようもない淑女だ。
しかも隣国ウェブスター王国の王女である。
ルークお兄様の隣に並ぶと、美男美女で素晴らしくお似合いでもあった。
だからこんなことを考えてしまう私はおかしいのかも知れないとも思う。
ただ私は感じた。何か違和感がある。果たしてこんなに完璧な女性はいるものだろうか。
どんなに完璧に見えても、人はどこかしらダメな部分もあるように思う。
私の父だってとても紳士だし、話題も豊富で面白く、人間的にも尊敬できる父親だけれど、お洒落など微塵も興味がなくて、センスという概念が欠落している。母がチェックしていないと驚くほどの色の組み合わせやデザインの服を平気で着て出掛けようとする無頓着なところがある。
母も母で常にポジティブな考え方をするし、分け隔てなく誰にでも優しく出来た女性とは言われるが、実生活では結構せっかちでおっちょこちょいだったりする。
「髪飾りが見当たらないのよ」
などと大騒ぎをしているその頭に探している髪飾りがあったり、外出時間が迫って慌てて出掛けようとして、扉にドレスの裾を引っ掛けて大きな破れ目を作って顔面蒼白に、なんてこともあった。
もちろん限りなく完璧に近い人と言うのは私が知らないだけで案外いるのかも知れない。
単に理想的だと思っていた私の両親がそれとは違っていただけなのかも知れない。
でも、エマお姉様はあまりにも完璧過ぎた。
ここまで欠点が見当たらないと、逆に疑ってしまう私はきっと性格が悪いのだろう。
従兄であるルークお兄様は小さな頃から憧れの男性だった。初恋の人でもある。
穏やかで優しくて、私のワガママに付き合ってずっと一緒に遊んでくれたりもした。
今はかなり鍛えて逞しくなってしまったので、子供の頃みたいに女性と見間違うほど綺麗で可愛らしい、中性的な美しさみたいなものは失われたが、逆に精悍で包容力に溢れた美丈夫になった。
ただ穏やかで優しい性格は昔も今も変わらない。
もう昔の淡い恋心みたいなものはないけれど、それでも大好きな従兄なのである。
だからこそ幸せでいて欲しいし、悲しい思いはして欲しくない。
夫婦というのは何でも隠し事をせず、お互いのことは何でも知っているようなオープンな関係が望ましいのではないかと両親を見ていて感じるが、エマお姉様にはそれを感じない。
とても……何というか一枚壁があるような、今の完璧な彼女は偽りなのではないか、と思わせる何かを感じてしまうのだ。
勘違いなら勘違いでいい。むしろそちらの方が安心できる。
何かとんでもなく恐ろしい趣味嗜好を持っているとか、国に愛人がいてルークお兄様はあくまでも政略結婚で愛情はないに等しいとか、大切な優しいルークお兄様を苦しめる要因がなければそれだけでいいのだ。
(……ルークお兄様がいない時であれば、どこかでほころびが見えるのではないか)
私がエマお姉様との外出の許可をルークお兄様から取ったのは、そんな理由からだった。
◇ ◇ ◇
「──まあ、レイチェル様と町へ?」
「ええ。もちろんお疲れでなければですが。ルークお兄様が戻るまでお時間あるでしょうし、アクセサリーなんて女同士で見た方が楽しいですもの。男性には退屈でしょうし。それに可愛い小物を扱うお店も最近オープンしたんですの。是非エマお姉様と行けたらと思って!」
ルークお兄様が炭鉱への視察に出掛けた後、私はエマお姉様をさり気なく外出に誘った。
「喜んでお付き合いさせて頂きたいわ。……あ、でもベティーだけは連れて行っても良いかしら? 彼女も初めての町には興味があったみたいだし、それにか弱く見えて彼女、私の護衛でかなり腕も立つのよ。ふふふっ」
「あ、ええ、もちろん!」
すっかり失念していたわ。ルークお兄様だって護衛がいるぐらいだもの。お忍びとはいえ王族なんだし、もしもを考えて護衛の一人や二人つくのは当然よね。
我が家も一応公爵位ではあるので、町に出る時も一人では外出出来ないが、それでもせいぜい荷物持ちを兼ねた男性の雇用人や付き添いのメイド程度である。
親族なのでそこまで真剣に考えたことがなかったが、考えてみれば国を治める王族は事が起これば国の勢力図が一変してしまう可能性だってある。護衛は絶対に必要なのだ。
……まあいくら護衛が出来るメイドの一人や二人ついていたところで、私の計画に変更はない。
「では私も支度して参ります。エマお姉様と出掛けられるなんて、本当に楽しみですわ!」
邪な考えなど微塵も感じさせないように笑みを浮かべ、私は自室に戻った。
エマお姉様に対して意地悪をしたいとか陥れたいとか、そういう気持ちは一切ない。
ルークお兄様が不幸にならないことを確かめたいだけなのだ。
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