第13話 王子は幸せを噛みしめる

 エリック伯父の屋敷の居間のソファーでのんびりとお茶を飲みながら、自分でも気づかずに鼻歌が出てしまうぐらいに私はご機嫌だった。

 夕食も美味しかったし、久しぶりのエリック伯父との会話は楽しく、エマも表情こそ固い感じではあったが、伯母やレイチェルの話に耳を傾け質問に答えるなど会話も弾んでいたようだった。

 到着した際に色々と話し合いをしていた関係で風呂に入る時間がなかったので、先ほど私が先に入り、現在はエマがベティーと共に入っている。


 ──現実感は未だにないが、今夜も明日もエマと一緒のベッドで眠るのだ。

 これが嬉しくなくてどうする。結婚前から明らかに前進しているじゃないか。

 「近づくための歩み寄り」とエマは言ってくれた。

 この数日、会話こそ少し増えたものの未だに緊張も解けず、笑顔もなかなか見せてくれないエマとの関係も今回の旅行でようやく改善するのでは、と私の期待は高まるばかりである。

 トッドとこの喜びを分かち合いたかったが、彼は明日の鉱山視察の準備と武器の手入れがあるとかで、私を放置して連れて来た数名の部下たちと自室に戻ってしまった。冷たい男である。

 ……しかし、私がもう少し女性の扱いに慣れていたら、エマも早く私に心を開いてくれていたのだろうか。だがエマ以外の女性と親しく会話するなど考えたこともなかったし、そんなことをして逆に女にだらしない印象をエマに与えたら絶対に嫌われてしまうではないか。本末転倒だ。

(それに私はこんなにゴツゴツした無骨な大男になってしまったし、エマが小さな頃の印象のままだったら怖がるのも無理はない気がするな……)

 自分の大きな手を握りながら昔を思う。

 不思議なことに、子供の頃の私は年齢より幼く見られるほど小柄で華奢だった。

 母からは頭も良くて可愛らしくてまるで絵画の天使のようね、などと褒められたが、父は丈夫な武器や防具などで名高い我が国で、大人しくて泣き虫で細身の頼りなげな跡継ぎで大丈夫だろうか、とかなり心配されていた。

 エマに会ってから、こんなに細い腕では何かあった際に彼女を助けられないではないか、と慣れぬ武器の鍛錬や筋力、体力を付けるための運動に明け暮れていたら、みるみる体も身長も成長してしまったのである。

 かと言って、彼女が怯えないよう鍛錬を控えたところで、一度育ってしまった体は戻らないだろうし、対外的にも今の屈強な見た目の方が他国との様々な交渉事で舐められない。

 私が舐められるということは国が舐められ、妻であるエマもまた舐められるということである。

 あちらを立てればこちらが立たず。世の中は難しいものである。

 私がぼんやり外の景色を眺めながら思いにふけっていると、背後から声が掛かった。

「──ルークお兄様ったら!」

「ん? ああレイチェルか」

 子供の頃、狩りや釣りを楽しむため良くエリック伯父の屋敷に来ていたが、一人っ子のレイチェルは私を本当の兄のように慕って後をついて回っていた。そのせいか同年代の女性より本当にかなり活発な子に育ってしまって……、と伯母が夕食時に嘆いていた。

 エマよりも小柄だが、もう結婚適齢期の立派なレディーに私には見えるのだが。

 確かに口数が少なく物静かなエマに比べたら少々子供っぽいようにも思えるが、個人差ではないかと思う。まあ私にはエマ以上の女性は存在しないので、比べることは出来ないが。

「ルークお兄様……ちょっと聞いてもいい?」

「何だい?」

 レイチェルは私のはす向かいのソファーに腰掛けると、真面目な顔で私を見た。

「あのう……エマお姉様とは仲良くしていらっしゃる?」

「え? 嫌だなあ、いきなり何を言い出すのかと思ったら」

 私は誤魔化すように笑った。仲良くしたくて現在全力で奮闘中だなどと言える訳もない。

「いえ……エマお姉様は確かにとても美人だし、ルークお兄様とお似合いだと思うけれど……表情が冷たいと言うか、何かちょっと変わった雰囲気を感じるのよ。私の勘、みたいなものかしら? 何かを隠しているような、本来のエマお姉様ではないような……」

「隠しているって……誰だって初対面の人間にいきなり自分を晒したりはしないだろう? レイチェルやエリック伯父さんたちとは初めて会うんだから、そりゃあ緊張もするよ」

「いえ、そういうことじゃなくて……説明が難しいわ」

 少しうつむいて沈黙した後、レイチェルが顔を上げた。

「……ルークお兄様はエマお姉様を愛しておられるのよね?」

「ああもちろんだ」

「それなら長い付き合いになるでしょうし、私もエマお姉様と仲良くしたいと思っているの。だから、明日お仕事と伺っているけれど、その間エマお姉様と一緒に少しお出掛けしても良いかしら?」

 レイチェルが私より先にエマと出掛けるのは複雑な気持ちだが、彼女は女性だ。

 変に嫉妬するのも大人げない。ここは心が広いところを見せねば。

「そうだね。もしエマが疲れてないようならこの辺を案内してくれると嬉しいな。あ、勿論無理強いはしないでくれよ? 彼女は屋内で静かに過ごす方が好きみたいだし、レイチェルみたいに気軽に馬で遠乗りなんて無理だからね。危険だし」

「やあね、いきなりそんな無茶なことはしないわよ、心配しないで」

 ニッコリと笑みを浮かべるレイチェルに私はホッとしていた。

 なるべく早く戻って、午後にはエマと近くの町をお忍びでデートする予定だったが、仕事で不在の間エマを放置してしまうことになる。屋敷で居心地の悪い思いをするのではと不安だったのだ。

 レイチェルが話し相手になってくれるのならば安心だ。彼女も良い気分転換になるだろう。

 私はますます明日が楽しみになってウキウキしてくるのだった。




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