ポンコツクールビューティーは王子の溺愛に気づかない

来栖もよもよ

第1話 王子はとても悩んでいる

「──ルーク殿下、少々お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「……ん? ああなんだトッドか。どうかしたかい?」

 午後、庭でぼんやりと景色を眺めていた私は、背後から掛かる第一騎士団長トッドの声に気のない返事を返した。

 第一から第四まである騎士団の中でもトップクラスの剣の腕を持つトッドは、幼馴染みでもあり心を許せる唯一の親友だと思っているのだが、クソがつくほど真面目で、仕事の間は公私のけじめを重んじる男だ。二人でこっそり酒をたしなむ時ぐらいにしか気安い会話が交わせないのが今の私には残念だ。

「失礼ながら、結婚式を目前に控えた花婿の高揚感が微塵も感じられないように思いまして……昨日ウェブスター王国からエマ様がおいでになられる前までは、とても楽しみにしておられましたのに」

「ああ……うん、そうだね」

 そう。三日後には私はエマと結婚式を挙げて、幸せな結婚生活を送るつもりだった。

 彼女が十二歳の頃にパーティーで会ったのが最後だったが、文通だけはずっと続けていた。

 初対面からエマにかなり好意を覚えていた私は、妻にするなら絶対に彼女が良いと思った。

 当時はかなりの人見知りだった自分にも屈託なくニコニコ話し掛けて来たのもあるが、一目惚れと言うか、とにかく笑顔と話す時の声、持っている雰囲気が好きだったのだ。

 元々両親同士の仲も良く友好国であった隣国の王女、と言うことも自分には都合が良かった。


 しかし、一番の問題は私が三つも年下であることだった。

 ウェブスター王国もラングフォード王国も十八歳が成人である。

 当然ながら王族として跡継ぎを残す責務も含め、十八歳になると婚姻相手を早急に探すことになる訳で、特に王女の場合は王子よりはその傾向が顕著である。

 通常十八歳から十九歳で婚約、結婚しているのが貴族では平均的な状態であり、貴族でなくとも二十歳を過ぎても女性が独身で相手も決まっていないということになると、何か性格的な原因が、とか少々外聞が悪いことになる。

 エマの場合はあれだけ愛らしいし性格も温和で頭の回転も良いのは手紙のやり取りで分かっているが、自分が十八歳になる頃には彼女は二十一歳である。

 自分が結婚適齢期になるまで待たせることは、嫁き遅れなどと言う不名誉なイメージを彼女に与えかねない、と半ば諦めていた。

 ……が、どうも彼女は気管支や内臓などが弱かったらしく、薬で治療しつつ静養したりすることになったとの話を手紙で聞き、彼女には申し訳ないが私はそこに一筋の光を見た。

(ナイジェル国王陛下は大変にエマを可愛がっておられたし、彼女が健康になるまで結婚などという話は持ち上がらないのではないか。──これは自分にもチャンスがあるのでは?)


 その時私は十五歳であったので、もうすぐ十八歳になるというエマに焦りを覚えていた時期でもあった。希望を見出した私は地道に根回しをし、両親の了承も得てナイジェル国王陛下にも婚姻相手としての自分をアピールすることにした。

 ナイジェル国王陛下もエマについては心配していたこともあり、文通で気安い友人として付き合いが続いている幼馴染みが相手であるのは望ましかったのだろう。

「ただ無理強いはしたくないので、健康になってなおかつ本人に異論がなければ、ということでよろしいかな?」

 という念押しはあったものの、何とか彼女が二十歳になった時に無事仮の婚約まではこぎ着けた。

 そしてエマは今年二十一歳となり、無事に結婚式が迎えられることとなったのである。

 健康になったタイミングが私が十八歳になった後であったのも幸運であった。

 上に兄(二十四歳・既婚。二歳の息子一人)と姉(二十二歳・既婚。侯爵家に嫁いでいる)がいるエマとは違い、私は一人っ子である。要は跡継ぎは私しかいない。

 父上はまだ四十歳を越えたばかりでまだ当分先の話ではあるものの、私も未来の国王として父や重臣から今後の治政のために学ばねばならないことは多いし、健康でいるために貧弱ではならぬという観点から肉体も鍛えていたりと、かなり忙しかったのは事実である。そして今も忙しい。

 未だに口下手で上手いこと一つ言えない私だが、忙しくて会えなくてもエマにだけは嫌われたくなかったので、手紙だけは短くてもマメにやり取りしていた。

 彼女からも体を気遣う返事などもきちんと来ていた。

 執務に追われ、気がつけば再度顔を合わせるまでに六年の歳月が経っていたが、特に婚約を破棄したいという話もなく、結婚の話も双方で粛々と進んでいたので、私は『相思相愛』の関係だと信じて、結婚式を心待ちにしており、彼女がやって来る日を指折り数えて待っていた。

 彼女の笑顔や声に癒やされることで重責の辛さを和らげ、これからは快適に執務に勤しめる、などと呑気に浮かれていたのだ。




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