目のない絵
左藤 謙吾
第1話
暗闇の覆う街のはずれに、屋敷があった。その屋敷には、芸術家が住んでおり、時たま自分の絵を描いて欲しいと言う客が訪れるのであった。
「すいませーん」
今日も一人、客がやって来た。
「どうぞ」
重いドアを開け、芸術家は中へ招き入れた。
「失礼します」
客は頭を下げた。
「こちらにお座りください」
そう言って、芸術家は椅子を差し出した。
「本日はどういったご用件で?」
「私の絵を描いていただきたくて、、」
「なるほど。その前に、私が今まで描いてきた絵をご覧になられますか?」
「はい」
芸術家は、自分の部屋へ行くと数枚の絵を持って来た。
「こちらが、最初に描いた絵です」
「えっ、、」
客は、表情がこわばった。
「この方、目がない、、」
「はい。実際には、目はあったのですが、私には目がないように見えました」
「どうしてですか?」
「その方は、非常に美しい嫁さんを連れておられました。だがしかし、もっと綺麗な女と付き合いたいなどと申しておりましたので、私の目には、目がないように映ったのです」
「なるほど」
芸術家は、次の絵を取り出した。
「こちらの絵なんかは、いかがですか?」
その絵は、耳のない絵だった。
「この方は、、」
「そうです。人の話に聞く耳を持たない方でした。そのおかげで、寂しい人生を送ってましたよ」
「そうなんですね」
芸術家は、また次の絵を見せた。
「この絵はどうでしょう」
「口がない、、」
「そうです。この方は、無口な方でした。自分の気持ちを全く言葉にしません。なので、口がないように見えたのです」
「なるほど」
「これらの絵を見て、まだ私に描いて欲しいと思いますか?」
「えっと、、普通の絵は描けないんですか?」
「描けますよ。ただし、この館に来る人達は、皆どこかが欠けている」
「私は、、?」
すると、神妙な面持ちでこう言った。
「顔がない」
客は、なぜかと尋ねた。
「あなたは、知り合いもいない人でしょう?見ればわかる。服もボロボロだし、身だしなみに全く気を使っていない」
「当たってます、、」
「つまり、あなたの顔を覚えてる人なんていないってことですよ」
「そうなんですね、、」
「それでもいいかい?」
客は少し考えてこう言った。
「はい。お願いします」
しかし、芸術家は絵を描こうとはしなかった。コーヒーを淹れ、そして、言った。
「一ヶ月ほど待っていただけるかな?」
「どうしてですか?」
「私にもないものがあってね」
「ないもの?それって、、」
芸術家は、コーヒーを置いて言った。
「絵を描く腕がない」
目のない絵 左藤 謙吾 @sken555
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