シナリオライターはリアリティを求める -The True End-

西野ゆう

第1話 インタラクティブ・ミステリー

「ぜひ劇場に足を運んで観て下さい」

 テレビ画面の中で、普段バラエティ番組にばかり出ている女優が、久しぶりの主演映画を告知している。ルームシェアをしている男女五人の大学生が、鍋を囲んでその様子を眺めていた。

 その五人全員が、アメリカのホームコメディのような生活になるのだろうと、一種の憧れを持っていた。だが、既にルームシェアを始めて二年。ここには、そんな笑いやラブロマンスは存在していなかった。

「映画イコール劇場って時代じゃないよな。大きなスクリーンと迫力満点のサウンドって言われてもさ」

 何に対してでも否定から入らないと気がすまない。そういう男である最年長二十二歳の真壁まかべ真一しんいちが、尻の後ろの床に付けた両腕に体重を乗せて言った。

 屁理屈を含む理屈から入るのは、理系の学生の特徴ではある。更に彼の場合、二浪した上に、第一志望からランクを落とした大学に入り、年下に囲まれて捻くれた性格に磨きをかけたようだ。

 彼のこの部屋でのあだ名はシンシン。

 パンダの名前のような愛らしいあだ名だが、一重で切れ長の目は、横に細長いフチなし眼鏡の奥にあって、獲物を狙う肉食獣のようだ。

「良いじゃない、映画館。やっぱりテレビとは違うと思うな」

 そんなシンシンの発言に対して、少しわざとらしさを感じる甘ったるい声で言ったのは、三城みき実里みのり、二十一歳。とりあえず目に付いた物に「カワイイ」と言えば良いと思っているのではないかと言う程に、何にでも「カワイイ」と言う。初等教育を学んでいるが、その理由はやはり、子供がカワイイからという理由らしい。あだ名はミノさん。五人の中での母親のような存在を目指しているらしいが、周りから見れば最も幼く見える。母親らしさは、残念ながらその体型だけにしか表れていない。

「俺は何で観ようが映画は好きじゃないね。二時間? とか、マジ無駄じゃね? デートで映画とか意味分かんねぇし。ぜってーホテル行った方がマシだって」

 軽口を叩いたのは眞木まき健司けんじ、二十一歳。本人は「マッケンジー」と呼んでもらいたいようだが、皆からは普通に健司と呼ばれている。大学は休学中。バリカンで短く刈上げた髪を金髪に染め、左耳には四つのピアスが連なっている。メジャーデビューなんて目指していないバンドマンでギタリスト。口程女にはモテない。細身の身体で頼りなさげに見える外見が足を引っ張っているのかもしれない。

「ワシも好かんな。あ、でも、ホラーは別。C級とか特におもろいんよね。あれは笑うわぁ」

 自分を「ワシ」と言っているが、五人の中では一番若い女子大生の速見はやみ麗奈れな、二十歳。「黙っていれば美人」の見本とまで言われる女だ。地元では半数の女子が自分を指す言葉に「ワシ」を使っていたと言い張っている。赤い物と「C」で始まる単語をこよなく愛する、生まれた瞬間からのカープファン。あだ名は麗奈吉。

「モッさんは? 映画」

 シンシンが僕に質問を投げかけて、缶ビールの残りを飲み干した。

「人並み、かな。たまには映画館にも行くし、話題のヤツがテレビでやってたら観るし。あ、そう言えば、ネット配信のインタラクティブ・ミステリーってシリーズは結構好きかな」

 モッさんというのが僕のあだ名だ。いかにもトロそうなあだ名を付けられたが、そのことに関しては仕方がないと思う。僕の本名は本山もとやま陽介ようすけ、二十一歳。皆にはまだ話していないが、大学を退学しようかと考えている。来年度からバイト先の正社員にならないかと誘われているのだ。恋愛ごとにはあまり興味がない。たまに「良い人止まり」と耳に入ってくるが、それも気にならない。

「え? 何、そのインタラクティブ・ミステリーって。面白そう」

 ミノさんが目を輝かせている。ミノさんの感動の沸点はやけに低いから、彼女を喜ばせるのは、アルファベットを覚えられる程度の頭があれば誰でもできそうだ。麗奈吉と健司も僕の方を見ているから、この二人も初めて聞いた言葉なのかもしれない。

「そのまんまだよ。視聴者側が映画に参加するんだ。手掛かりになりそうな物を指定したり、容疑者を特定したり。そうやって、正解に近づく選択をしないと、物語の正しいラストまで辿り着けない。良くあるアドベンチャーゲームの実写版みたいな。ゲーム程自由度はないけど、ただ観るだけの映画程退屈もしない」

 アイディア自体は真新しい物でもない。同じくインタラクティブ性のある物として、小説では「ゲームブック」という名で八〇年代から発表されているし、九〇年代になると、DVDでもインタラクティブ・アドベンチャー作品が発売されている。

 シンシンは、僕のその説明を聞いて鼻で笑っている。

「それはそれで面倒くさいよな。家で観る映画は、何かをしながら観れるってのが最大の利点だろ? それに、その変なシステムに労力が必要な分、物語の質も落ちそうだし」

 シンシンは相変わらずの否定人間っぷりを発揮している。僕は発言したシンシンに向けてではなく、他の三人に話した。

「面倒なら、放置して観るだけってのも一応できるよ。選択肢の入力がなかったら、自動的に一番多く選ばれた選択肢の動画にジャンプするようにできてるんだ。質については、そうだね。普通の映画と比べたら落ちるのは否定できないけど」

「それじゃ、麗奈吉と同じ映画観てても、結末がそれぞれ違っちゃったりするんだ?」

 ミノさんがかなり食いついている。名前を出された麗奈吉も、興味がある様子だ。それを見ているシンシンと健司は面白くなさそうにして、やがて席を立った。鍋に入れたシメのうどんも残り僅かだ。

「途中の選択肢が違えば、当然結末も変わるね。ほとんどの作品で八パターンの結末があるんだけど、終わる時間はどの結末でも同時になるように作られているんだ。だから、最後までどの結末が正解か分からないようになっててね。作品によっては、制作者がトゥルーエンドとしている結末よりも、他の結末の方がその作品に相応しいって意見がネットに溢れたり。とにかく、映画の新しい形ではあると思う」

「ワシもそれ観てみたいわぁ。モッさん、今度はいつあるん?」

 観たいという麗奈吉に、ミノさんもうんうんと何度も頷いている。

「今晩あるよ。九時から」

 二人は同時に壁に掛かっている時計を見た。もうすぐ八時になろうとしている。

「わっ、お風呂どうしたろうか。後にしよっか。ミノさん、先入る?」

「うーん、どうしよっかな。モッさん、それってやっぱり二時間ぐらい?」

「いや、二時間はないね。せいぜい一時間ちょい。一時間半もないと思う。終わりの時間は発表されないからハッキリとは言えないけど、今まではそんな感じ」

「ほいじゃあ、後でもええかぁ。ミノさん入ってもええよ」

 麗奈吉がミノさんにそう言ったが、いつの間にか健司がパンツ一枚になっていて、その姿で紙パックのグレープフルーツジュースを飲みながら僕たちの前を横切った。

「わりぃけど、俺が先に行かせてもらうよー」

「ヤダ、もう!」

 ミノさんがそう叫んで健司に背中を向けた。いい加減、健司の貧弱な身体なんて見慣れても良さそうだが。実際、麗奈吉は平然としている。

 健司が空になった紙パックをゴミ箱に放り投げてリビングから出ると、麗奈吉は何もなかったような顔に戻って、僕の方に身を乗り出してきた。

「それ観るのって、何かユーザー登録的なヤツが要るの?」

「えーっと、一般的なSNSアカウントの連携でいけたと思う。僕が登録したの随分前だから、覚えてないや。えっと、うん、大丈夫。それでいける」

 僕は、専用アプリを立ち上げて確認した。この部屋に住んでいる五人は全員SNSのアカウントを持っているし、それぞれ全員をフォローしている。もっとも、今時の学生でSNSのアカウントをひとつも持っていない奴の方が稀だ。

「アプリのリンクは、そうだね、送るよりもストアで検索した方が早いか。『タラミス』で検索したらトップに出てくるよ」

 いつ以来だろうか。僕を中心にして会話が回っている。

「ねぇねぇ、モッさん。私が選ばなかった選択肢の先は、どうやっても観れないのかな?」

 誰もが行き着く欲求だ。

 ――もし、AではなくBを選んでいたらどうなっていただろうか。

 そんな思いは当然出てくる。制作者サイドとしても、せっかく作ったシーンが観られないのはもったいない。

「一か月後には過去作品として、いつでも好きな時に見られるようになるから、その時に全部の選択肢を選んで観るってこともできる。途中の広告とかがうざったいけどね」

「あー、コレか。この『アーカイブ』ってヤツ?」

 早速アプリのインストールとユーザー登録を済ませた麗奈吉が、これまで配信された動画のサムネイルが並んだページを観ている。

「そう、それそれ」

「うわぁ、もう結構あるんだね。えっと、七作かぁ。でも、知ってる役者さんが全然いないね」

 ミノさんもアーカイブのページに辿り着いたようだ。確かに彼女の言う通り、有名な役者は出演していない。

「そうだね。でも、有名な俳優が出てないから、先が読みにくいってのもあるかな。どうしてもさ、普通の映画だと、嫌でも重要な役はそれなりの人が演じるじゃん? 例えば『ダイ・ハード』シリーズだったら、ブルース・ウィルスは絶対死なないって分かっちゃうから」

「確かにそうやけど、なんなん、その極端な例は?」

 麗奈吉はそう言いながらも笑っていた。

「ワシはそういう予定調和的なのも好きやけどね。夜明さんのタクシーからいつものおばちゃんが降りた後に、最初に乗ってきた女が犯人、とか」

 麗奈吉の話に、ミノさんは「夜明さんって誰だろう」と言う顔をしていたが、ミノさんに質問させる間を与えず、麗奈吉が先に質問を寄越した。

「トゥルーエンドかどうかってどうやったら分かるん? 最後に『トゥルーエンド』とか出るん?」

「いや。正式なエンドロールが流れるだけ。映画と同じく、少しでも関わった人間の名前が下から上に流れるヤツね。他のエンディングだと、スタッフロールは流れるけど、ほら、ドラマとかで良くある画面の下に流れるパターン。主要キャストと、制作会社、協力会社ぐらいしか出てこない」

「なるほどね」

 納得した麗奈吉に、ミノさんが「夜明さんって?」と質問をしていたが、僕はそれを放置して鍋の片づけを始めた。別に気が利く男ってわけじゃなくて、ただ当番だからってだけだ。

 僕が動き出したのをきっかけに、ミノさんと麗奈吉も自分の部屋に戻る準備を始めた。

 キッチンで食器を洗う音だけが響いている。

 静かだ。

 静かな夜は、闇へと手招かれている気がする。


 午後十時五十分。僕らが住む部屋に、三人の救急隊員がやって来た。

 ミノさんは顔を両手で覆い、嗚咽を漏らしている。麗奈吉がその背中に手を置き、僕とシンシンは、救命士からの質問に答えている。そして、健司はストレッチャーに乗せられ、部屋を出る所だ。

「それでは、どなたか一緒に来て頂けますか?」

「じゃあ、俺が行ってくる。いいよな?」

 救急隊員からの要請に、シンシンが応えた。もちろん僕らに異存はない。ミノさんは相変わらず顔を下に向けて泣いているが、僕と麗奈吉は頷いた。するとシンシンは、一旦健司の部屋に入り、健司の携帯と財布を持って出てきた。

「行きましょう」

 シンシンの言葉で、救急隊員とシンシン、それに動かない健司は部屋を出て行った。

 僕たちは、しばらく無言で立ち尽くしていた。

 健司が風呂に向かったのが八時。いつまでも風呂から出てこない健司を不審に思い、ミノさんがシンシンに頼んで風呂の様子を見てもらったのが十時半。その時、もう健司は浴槽の中に沈んでいたらしい。

 一体何分健司は沈んでいたのか。僕たちがインタラクティブ・ミステリーについて話している時からか。それとも、今日のストーリーを楽しんでいる間からか。いずれにしても、もう助からないだろうという予測が簡単につく程、救急隊員の間で交わされていた言葉は絶望的だった。

「今日の映画と一緒やん」

 少し落ち着いたミノさんをソファーに座らせた麗奈吉が、僕の前に立って囁いた。

「そう、だね」

 今日「タラミス」で配信された物語は、ロックスターが自宅の風呂で死んでいる現場を、マネージャーが発見するシーンから始まっていた。

「ワシは結局事件の謎の半分も分からんかったけど、あの犯人って」

「駄目だよ。ネタバレなんてミステリーでは厳禁だから」

 僕の言葉に、麗奈吉は涙の溜まった目で睨みつけてきた。

「ワレはアホか! 健司があんなことになったっちゅうんに、ネタバレとか、アホか!」

「ご、ごめん。そんなつもりじゃ」

 沈んだ空気は嫌いだ。少しでも早く、今まで通りの環境に戻したいと思って口にした言葉だったが、確かに今言うべきことではなかった。だが、僕らがどれだけ心配したとしても、健司の生死に影響するわけでもない。

 麗奈吉の叫びで、落ち着いていたミノさんも再び声を上げて泣いている。僕はその場の雰囲気に耐え切れず、自分の部屋に戻った。

 僕は、今日配信された物語の犯人に辿り着いていた。僕にとっては造作もないことだ。麗奈吉やミノさんが何と言おうが、その犯人を二人に教えるつもりはない。ルールはルールだ。

 ベッドに潜り込み、タラミスを立ち上げる。今回のトゥルーエンド到達率が発表されている頃だ。

「四パーセントか。まぁまぁかな」

 前回の配信では、十九パーセントの視聴者がトゥルーエンドに辿り着いていた。タラミスの利用者はミステリー好きの人間が多い。解決への道が簡単すぎると、面白くないという烙印を押される。理不尽ではない難しさが好まれるのだ。その中でトゥルーエンドに辿り着けば、達成感も得られる。

 次に今回のレビューをいくつか読んだ。レビューは同じエンディングに辿り着いた人が書いたものしか閲覧できない。ネタバレ防止のためだ。「リアリティ」という言葉が目に付く。毎回のようにこの手のレビューはある。

「リアリティとか言い出したら、麗奈吉が好きなタクシードライバーが事件を解決するなんて二時間ドラマは、あんなに何年も続いてねぇよ」

 ネットのお陰で、素人でもちょっと調べれば色んな業界のリアルな内情や、人間がどうやったら死ぬのかが分かる。特に刑事ドラマや、医療ドラマなんかは、こういう粗探しをする輩の格好の餌食だ。そういう奴らはドキュメンタリー映画だけ観ていろ、と思う。

 今日の結果を見終わり、アーカイブを覗こうかと操作していると、LINEのグループメッセージが届いた。シンシンからだ。

「健司はダメだった。ヒートショックで意識を失って溺れたんだろうって話だ。俺は納得できないけどな」

 シンシンは医者の判断も否定するんだな、と思いながら僕はそのメッセージを読んだ。さすがに泣き疲れたのか、同時にメッセージを見ているはずのミノさんの泣き声は聞こえてこなかった。


 翌日の日曜日。僕がバイトで留守にしている間、健司の両親が彼の荷物を引き取りに来たようだ。僕が帰った時には既に両親の姿はなく、開け放たれた健司の部屋も空になっていた。

「明日が通夜で、葬式は明後日だってさ」

 シンシンが少し疲れた様子で、溜息と共にそう吐き出した。荷物の運び出しを手伝ったらしい。その荷物ひとつひとつに、両親、特に母親は涙を流していたそうだ。その現場に居なくて良かったと、僕は心から思った。

「ヒートショックなんて、あり得ないよな」

 シンシンが誰にともなく呟いているが、今リビングには僕とシンシンの二人しかいない。

「あり得ないって、どうして? 最近テレビでもよく聞くけど?」

 僕からの返事を期待していたのか分からないが、とりあえずそう答えてみた。

「年寄りとか、高血圧症とか、肥満とか。そんな奴らだよ、ヒートショックで倒れるのは。健司は誰がどう見てもガリガリだし、高血圧ってのもないだろう」

 確かにそうかもしれない。しかし、それも可能性の話だろう。そういう人たちに多いと言うだけで、それ以外の健康体の人たちが倒れないという保証はない。だが、僕は敢えてその意見を口にしなかった。結果が見えているからだ。

「そう、だね。シンシンは、どうするの? 引っ越す?」

 僕は現実的な問題へと話題を変えた。ミノさんと麗奈吉は近くのスーパー銭湯に行っている。健司が死んでしまった風呂に入りたくない、いや、入りづらいという気持ちは理解できる。その二人が新居を探そうとしているのも、僕とシンシンは気付いている。

「負担が増えるからな。そうなると思う」

 5LDKのマンションは、家賃と管理費で二十八万。それを大家さんが三万円まけてくれて二十五万。その部屋に五人で住んでいたから、一人五万円の負担だった。健司一人分の負担増ならやっていけないこともない。あの大家さんのことだから、卒業までは一人五万円のままで良いと言ってくれるかもしれない。だが、ミノさんと麗奈吉が出て行くなると話は別だ。

「やっぱりそうなるよね」

 次のマンションでまた四人でルームシェアを、という気持ちはシンシンにはないようだ。ミノさんと麗奈吉にしてもそうだ。健司を含めた僕たち五人の共同生活は、それぞれの期待したものとは違っていたし。

「モッさん。悪いけど、今日の晩飯は適当に済ませてくれ。ミノさんたちは外で食って帰るらしいから」

 今日の飯当番はシンシンだ。前回もなんだかんだで作っていなかった気がする。

「分かった。じゃあコンビニにでも行ってくるよ。ついでに何か要るものはない?」

「別にないよ。すまんな」

 僕は首を横に振って部屋を出た。せめて帰る前に伝えてくれたら帰りに寄れたのに。

 そんな愚痴を口に出して言うわけもなく、僕はコートハンガーに乗っけられたニット帽を掴んで外に出た。

 帰る時には降っていなかった雪が、無風の中、空気抵抗に揺れながら落ちている。

「痩せてたらヒートショックになりにくいのか」

 ひとつ新しく覚えた情報を呟きながら、指先に息を吹きかけた。

 マンションからコンビニまでは徒歩五分も掛からない。だが、部屋に帰った直後に出るとなると、これ程億劫なものもない。

 コンビニの袋を下げて出てくる人たちは、皆雪のちらつく空を見上げている。その中に、ミノさんの姿があった。

「あれ? 麗奈吉と一緒じゃなかったの?」

 声を掛けられて初めて僕の存在に気付いたのか、ミノさんは一瞬肩を上げて驚いた様子だった。

「あ、うん。お風呂は一緒に行ったんだけどね。何か用事があるからって」

「お風呂に入った後に? 麗奈吉らしいな」

 普通の女の子だったら、風呂上りに別の場所になんて行かないだろう。せいぜい、ミノさんみたいにコンビニに寄る程度だ。そのミノさんも、ニット帽をかぶり、マスクをして顔のほとんどの部分を隠している。

「あのさ、モッさん」

「ん? なに?」

 小声で話すミノさんに、普段と違うものを僕は感じた。

「私のせいで健司君は死んじゃったのかも」

 そう言って僕のセーターの袖口を掴んだミノさんの手は、多分寒さとは違う理由で震えていた。

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