堕獄罪科

南雲紫苑

序章

 ───何故、こうなったのだろう。


 ただ、普通に暮らしていただけなのに。


「俺は、何もしていない……!!してないんだ……!!信じてくれよ……頼む……誰か……」


 薄暗く、ジメジメとした部屋の中で男は叫んだ。しかし、絞り出すような悲痛な叫びは誰にも届かない。


 あぁ、もう駄目なのだろうか。


 叫ぶのを辞め、男はぼんやりと鉄格子のはまった窓から見える月を眺めた。


 何度訴え、叫んだだろう。自分は無実なのだと、犯人は他にいるのだと。だが、その度、返ってきたのは心無い罵声と、暴力だった。


 それでも、訴え続けたのは唯一信じてくれていた家族が居たから。


 ───だが、無理なのだ。どうしようもない現実が、そこにはあるのだ。


 男は疲れ果てた男はゆっくりと目を閉じ、床にある硬いマットレスに身を投げた。


 どうせ、自分にはもう時間などないのだから。


「ごめん、ごめんな───」


 辛い、苦しい、哀しい。様々な感情が男の中で湧き上がる。


 涙が溢れ出て止まらなかった。唇を噛み締め、必死に嗚咽を堪えた。


 静かな夜に微かに響くのは、ひたすらに謝罪の声で。それは、空が白んでくるまで続いた。


 やがて、男のいる独房に複数の看守がやってきた。


 手錠を掛けられ、外に連れ出される時その男は無表情だった。全てを諦め、希望も何も持たない死んだような目をしていた。


「何か、言い残すことは」


 看守が男に問う。


「───」


 男は一言、看守を見ずに呟いた。消え入りそうな掠れた声で。


 あまりに小さくて聴き取れ無かった看守が、再度問い直したが、男は首を横に振った。何でもないと。


 その後、看守に深々と頭を下げ、誘導された場所へと進む。ゆっくりと、死へと繋がる道を。



 ───そして一瞬の苦しみに支配された後、男の意識は完全なる闇へと沈んだ。



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