お昼ご飯

「そろそろ中間試験なんだよね~、まあ私勉強は出来るからそんなに困らないけど」



・《モブ》へえ、頭いいんだ。意外。



「意外ってなに?私は一人だから勉強も捗るの、最近は配信してるから時間取れてないけど、それでも上位十人くらいには余裕で入れるよ」


 そうなんだ、すごいな。


 来栖くるすさん頭よさそうだと思ったけど、本当に頭いいんだ。


 意外でもなんでもないけど、最近は軽口を叩けるような関係になってきた。


 視聴者は基本的には1、たまに増えるけど、それでも四、五人程度だ。


 俺だけのルーイ、俺だけの来栖さん、ふふふ、モブらしくないぜ。


 俺が世界の中心にいるようだ!


 なんて馬鹿なことを考えている余裕はない。


 俺は必死に中間試験に向けて勉強中だ。


 幸いルーイの配信は健康的で、晩御飯を食べ終えてしばらくしてから1~2時間程度なので、勉強に差し支えるほどのことではない。


 でも俺がいないと本当に一人になってしまうので、中々配信を見ないという判断が出来ないのが辛いところだ。


 俺は今のところルーイの配信は皆勤賞だ。


 初配信から始めて、ルーイは毎日配信してるわけじゃないけど、俺は毎回家で待機して配信が付くのを勉強をしながら待っている。


 フォローしてくれている人も三十人くらいに増えたので、見るだけの人も少しはいるようだ。


 相変わらずコメントは俺のコメントしかつかないのだが。


 そんな俺達の中間試験が一週間前に迫ってきた。


 授業の休み時間に俺がぼーっとしていると友人の鈴木が声を掛けてくる。


「モブ、勉強進んでる? 俺はだめだ。配信見すぎで集中できない」


 鈴木が追っている配信者は長時間配信が売りらしく、それを全部見続けている彼が睡眠不足と勉強不足に陥っているようだ。


「バランス取れよ、せめて切り抜き動画とかで我慢しとけ」


 切り抜き動画。


 配信のいいところを切り取った、時間のない人向け、ハイライトを見たい人用に構成された動画だ。


 普段は配信を見ていてもいいが、せめて試験前くらいはやめておくべきだろう。


 ルーイにはない。


 そもそも切り取るような山場すらない。


 俺はよくわかっていないが、ゲームの腕は上昇しているようだ。


 ああ見えて勤勉なので、知識を蓄え徐々にだが上手くなっているらしい、とは本人談。


 俺はゲームはさっぱりなので、今度機会があれば触れてみたいと思う。


 俺はふとtwotchを紹介していた鈴木がルーイに辿り着くんじゃないか? と不安に思った。


 それとなく聞きたかったが、ルーイの名を出して下手に知られるよりはいいかと思い、聞くのはやめた。


 そもそもいきなり「おまえルーイって知ってる?」って逆に調べられちゃうだろ。


 鈴木は大手の配信者、いわゆる視聴者数が多い配信を見る傾向が強そうだから、底辺Vtuberであるルーイに辿り着く可能性は限りなく低いだろう。


 一人で考え、一人で納得してその場は満足した。



 そんな中間試験を控えた日、いつも通り昼ご飯を食べようと弁当を出していたところで、周りが少しざわついた。


 なんだろう、と顔を上げると目の前には来栖さん。


 どうしたのかな? 学級委員の仕事でもあったっけ?


 その手にはお弁当、そうか、断らなさそうな人見つけて誘いに来たんだな。


 誰だ誰だ!?


「……田臥たぶせ君、ご飯一緒に食べませんか?」


「来栖さんが誰かをお昼に誘うなんて」

「学級委員同じだしそれ関係じゃない?」

「田臥ってとこが意外」


 騒めくクラスメイト。


 え?


 聞き間違いかな?


 そんなばかなあ、俺の助言聞いちゃった?


 それで実行したのが俺なの?


 別の人でも多分断らないよ。


 とりあえず誰かに行って見れば成功するよっていう意味だったんだけど。


 どうやら彼女の中では俺が一番断らなさそうな人間だと思われていたみたい。


「はい……」


 俺にはそう答えるしかなかった。




 周りの視線が痛い。


 鈴木達は「俺達はお邪魔かな~」とか言ってどっかいきやがった。


 俺の正面には来栖さん。


 ま、眩しい!!


 近いとこんなに神々しいとは。


 周りの騒めきが耳に入ってこない。


 今まで孤高の存在だった来栖さんが自ら動いたのだ。


 そりゃ話題にもなる。


 俺は気まずさに耐えながら弁当箱を開けてご飯を食べ始めた。


 会話は、ない。


 俺から話しかける内容も、ない。


「……今日はいい天気ですね」


「っ!そ、そうだね」


 語彙いいいいいいいい!


 お互いに仕事しろ!


 そのセリフ前に俺がやったやつ。


 お見合いじゃないんだからさ、昨今のマッチングアプリでももう少しマシなやり取りするだろ、知らんけど。


 俺達は健全な高校生なのに、なに初心な友達関係作ってるんだよ。


 あ、周りがニヤニヤしてる。


 違うんです、これは違うんです。


 ルーイとモブが悪いんです、俺は悪くないんです。


 騒めいていた教室も、何も変化のない俺達の様子を見て、飽きたのか他の方を向いてくれた。


 はあ、これで少しは落ち着いて食べれる。


「モブってなんですか?」


 んぐう!! ご飯吐き出しそうになった。


 そのセリフ、前も聞いた。ルーイがだけど。


 多分これはあだ名のこと聞いてるんだな、そうだろう?


田臥茂枝たぶせもえ、後ろから読んでえもせぶた、略してモブ、どうしてモブかはまあ知らないけど、気付いたらそうなってた」


 早口で説明する俺。


 あだ名って結構適当じゃん。


 俺の場合モブの本来の意味も込められてるから半分正解ってところなんだけど。


 馬鹿正直に配信で語ったようなモブの説明をしてしまえば、もしかすると、万が一、ゼロだろうけど、鈍感なルーイですら気付いてしまうかもしれない。


 それだけは避けなければ。


 今更ルーイとモブが知り合ってましたなんて、どんな顔してこれから会えばいいのだ。


 不登校になるぞ! 俺は!


「そうなんですね、面白いですね、ふふ」


 そう笑った来栖さんの顔は全然笑ってなくて怖かった。

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