共生

マフィン

第1話(完結)

 俺の家はいわゆる村の旧家と呼ばれる家で、当主の権利の奪い合い、本家と分家の入れ変わりなど物騒なことがしょっちゅうあった。前の主人の痕跡を消したかったのか、屋敷はその度に建て増しや改築をしていて、無駄に広くて入り組んでいる。そして一番奥の納戸の地下には俺以外存在を知らない座敷牢があって、中には何かがいる。


 それは長い黒髪の綺麗な人間の男の姿をしているが人間ではない。人間ならば飲まず食わずで何年も生きている訳がないからだ。生きていたとしても体は弱り痩せ衰えさらに老い、動くことすらままならないだろう。

 けど彼は生きている。生きているだけではなくぴんしゃんとしている。子供の頃に初めて会った時から、腰まである黒い長髪に抜けるような白い肌の、どこか夜を思わせるその容貌は変わっていない。彼は薄暗い部屋の中で、いつも優しく笑いかけてくれた。 

 小学生の時に母が死に、近所の後家になりたての女性が新しい母親になった。その日会いに行くと、彼は手足が固まってしまうからと狭い牢の中で体を動かしていた。

 中学生の時、叔父が祖父の財産を着服していたと疑われて失踪した。そのことを軽い冗談混じりに話した時は、彼は口元を押さえてくすくすとよく笑ってくれた。

 高校生になり、父親が近隣の住民とトラブルを起こして村八分にされかけていると相談した。彼はきらきら光る黒曜石の瞳を俺に向けて、君はあまり気に病む必要はないと思う、きっと大人同士でいろいろ考えてるだろうから。と優しい声で励ましてくれた。実際に父親の根回しでその住民が村を去ることになり、この騒動は俺に影響を与えずに終わった。

 長い年月の間にたまに体を拭う水と布が欲しいと言われたことはあったが、食べ物の要求はされたことはなかった。


 俺には他に相談できるような相手がいなかったのと、また彼のことを慕っていたこともあり、ずっとその異常さについて見て見ぬふりをしていた。そういうものだと思い込んで生きるようにしてきた。

 だが俺の外見が彼を上回った頃。病に伏せっていた兄が死んだ夜に、ついに耐えきれなくなって聞いてみた。どうしてあなたはここから出ないのか、ものを食べなくても生きていられるのか、年を取らないのかと。彼は睫毛に彩られた目を瞬かせた後、静かに口を開く。

 

「ここにいるだけで、いいものがいつでもたくさん食べられるからだよ。ヒトの食べ物よりずっとおいしくて、滋養にもいい。だから長生きできてるんだ」


 この間からずっと君がくれたものもとても美味しかったよ、ありがとう。彼はふわりと微笑んで俺の懐を指差した。

 ああ、バレていたのか。流石だなあ。俺は苦笑いして兄に盛った毒の瓶を床に放り捨てた。俺は明日、この家の当主になる。

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