第27話 仲直り


 「ミシュリーヌ嬢!!」


 家族みんなでお家に帰ろうと王宮の廊下を歩いていると、突然後ろから声を掛けられた。

 驚いた私が振り向くと、そこにはこの国の第一王子、リュシアンがいた。


「バ……っ、王子……!」


 思わずバカ王子と言いかけたのを慌てて堪える。せっかく暴行罪から免れたのに、不敬罪で捕まったら元も子もない。


 王子は立ち止まった私に近づくと、恭しく頭を下げた。


「ミシュリーヌ嬢、今までの非礼、申し訳なかった。どうか許してほしい」


「ふぇっ?! お、王子っ?! あわわっ、ゆ、許しますからっ!! 早く頭をお上げくださいっ!!」


 こんな王宮のど真ん中で、しかも扉の向こうには王様もいるのに、王子が貴族令嬢に頭を下げるなんてマジ勘弁してほしい。

 社交界でどんな噂が流されてしまうのか……想像するだに恐ろしい。


 とにかく王子に頭をあげてほしい私は、迷う間もなく速攻王子を許した。


「……自分が言うのも何だけど、そんなにすぐ許すのもどうかと思う」


 せっかく許したのに、まさか本人から文句を言われるとは思わなかった。

 何だか頭に来たので、少し嫌味を言ってやる。


「王子こそ、こんなところで突然頭を下げるのはどうかと思います!」


「……っ! そ、それはミシュリーヌ嬢に会ったらすぐ謝ろうと思って……っ!」


 どうやら王子は私への謝罪で頭がいっぱいだったらしい。だから私の姿を見た途端、場所も考えずに行動してしまったようだ。


 私は王子の様子を見て、本当に彼は洗脳魔法に掛かっていたのだ、と実感した。

 以前見た王子の横暴で傲慢な姿は、今はもう見る影もない。


 ここにいるのは、洗脳魔法のせいにせず、自分の間違った行動を反省し、素直に謝ろうと頑張っている男の子だ。

 ならば、私もあと一回で意地悪をやめようと思う。


「リュシアン王子、あの時は手をあげてしまい大変申し訳ありませんでした。改めて、謝罪いたします」


 今度は私が王子に向かって頭を下げた。王様からは許されてとはいえ、まだ本人に謝っていなかったのだ。


「ミ、ミシュリーヌ嬢っ!! わかったっ! 許す! 許すから、もうやめてくれっ!」


 私の意地悪に王子が慌てふためいている。本当はさっき王子が言ったセリフと同じことを言おうと思ったけれど、これ以上の意地悪は流石に可哀想だと思いとどまった。


「じゃあ、お互い謝罪を受け入れたので、私との話は終わりですね。……あ、謝罪ならベアトリス様にもお願いします。大事なバラだったそうなので」


「ああ、もちろんだよ」


 王子はしっかりとした口調で、はっきりと約束してくれた。


 そんな王子の真剣な表情に、本当の王子はとても素直で真面目な性格なのだと理解すると同時に、洗脳魔法が解けて本当に良かったと思う。

 きっと魔法にかかったままだったら、ずっと王子を誤解していただろうから。


「では王子様、私はこれで失礼します」


 私は王子に向かってにっこりと微笑みカーテシーすると、待っていてくれた家族の元へ戻ろうと踵を返す。


 父さまたちは私が王子と話している間、少し離れたところで待っていてくれたのだ。


 これでようやく家に戻り、心穏やかにのんびりと過ごせる──! と喜んでいたけれど。


「ミシュリーヌ嬢! また君に会いに行っても良いかな……っ?!」


 またもや背後から、王子が私に向かって声をかけて来た。


「うぇっ?! え、なんで……っ?!」


 もうこれっきり王子と会うことはないだろうと思っていた私だったけれど、王子の方はそう思っていなかったらしい。


「せっかく仲直り出来たのに……っ、俺はもっと君と仲良くなりたいんだ……!!」


 頬を紅潮させた王子が私に向かって叫ぶ。

 まるで勇気を振り絞るかのような必死な姿に、王子が本気でそう思っているのが伝わってくる。


「……っ、で、でも……っ!!」


 原作に描かれていた断罪返しのザマァを回避したければ、王子の申し出は拒否するべきだと思う。

 だけど一生懸命自分の思いを伝えようとする王子を、私は悲しませたくない、と思ってしまう。それに人の好意を無碍にするのは大変心苦しい。


 私がどうしようと躊躇っている間も、王子はじっと返事を待っている。表情が強張っているから、かなり緊張しているようだ。


「いっ……一回だけ、なら……?」


 あれだけ王子とは関わらないと思っていた私の決意は、あっけなく決壊してしまう。

 だけど、美少年を悲しませることなんて、私には出来ない……っ!!


「本当?! 有難う!!」


 一回だけと言う私の言葉にも関わらず、王子はそれはもう嬉しそうに、ぱぁあっと満面の笑みを浮かべた。

 さすがハーレム要員というべきか、その笑顔はとても輝いていて直視できない。


「……え、あ、はい! では私はこれで!」


 私は慌ててそういうと、王子から逃げ出すようにその場を離れた。

 あれ以上王子の笑顔を見ていたら絶対絆されてしまう、と危機を感じとったのだ。


「ミミっ?! どうしたんだい? まさか王子がミミに何か暴言を……っ?」


 青い顔をしながら慌てて戻った私を見た父さまが、何か勘違いをしている。


「ある意味奴も被害者だからと、仕方なく会話を許してやったというのに……っ!!」


 父さまだけでなく、今度はおじいちゃままで怒り出してしまう。


「ち、違います! 酷いことなんて言われてません……! それより、早くお家に帰りたいです!!」


 王子から言われたことを説明するのも何だし、何より自分が混乱しているというのもあり、私は無理やり話を強制終了した。


 とにかく今は、家に帰って休みたい……!!


「そうだね。早く帰って美味しいものを食べようね」


「そうじゃそうじゃ! ミシュリーヌの好きなものをたくさん用意しような!」


「もう、お二人とも! ミミが太ってしまいますよ!」


「ミミは痩せすぎだから、もっと太っても大丈夫だよ!」


「うむ。それに太ったミシュリーヌもそれはそれで可愛いじゃろうなぁ……!」


 どこまでも私を溺愛する家族に、本当に私は彼らに愛されているのだと、身に沁みて思う。


「私は太りたくないです! 太り過ぎは体に良くないです!」


 だけど肥満は万病の元だし、何よりベアたんの隣にいても遜色ないビジュアルを持って成長したいから、絶対に太りたくない。


「うんうん、そうだね。太り過ぎは良くないよね!」


「好きなものばかりでは栄養が偏ってしまうからのう。料理長にはバランスが良い食事を用意してもらおうな!」


 私が「体に良くない」と言った途端、父さまとおじいちゃまが手のひらを返す。見事な変わり身の速さだ。


 そんなこんなで、お家に戻って野菜をふんだんに使った料理を堪能した私は、早々に眠ることにした。


 今日一日で得た情報量があまりにも多いこともあり、これ以上頭を使うとパンクしそうだったからだ。


 私は「どうか幸せな未来が訪れますように」と祈りながら、睡眠という名の現実逃避をしたのだった。







 ──王子殴打事件が解決してから、いつも通り平和な日々を過ごすことが出来た。


 そんな中、私は見識を広めるためという名目で、この世界のありとあらゆる分野について勉強していた。


 魔法がある時点で、元の世界と物理法則が違うのはわかっていたけれど、生態系はどうなのか気になったのだ。


 この世界は魔物がいるし、未知の植物も存在する。元の世界に似ているものももちろんあるけれど、全く同じものだと断言はできない。


 この作品はカテゴリが恋愛ファンタジーだったから、便利なものは魔法や魔道具で事足りている。ある意味ご都合主義だといえよう。


 確かに魔法は便利だ。環境破壊はないしエネルギー問題なんて皆無だと思う。

 だけど私が今必要としているのは科学知識なのだ。科学が発展した世界に住んでいた私にとって、この魔法世界には足りないものが多すぎるのだ。


「うーん、どうやって再現しよう……。どっかの砂漠にでも行って、石油を掘り当てるしかないのかな……」


 元の世界で石油といえば砂漠のイメージだった。もしくは広い土地とか。


「確か石油って微生物の死骸から出来るんだっけ? じゃあそれを土に埋めると石油が出来る……訳ないか」


 何となく石油が出来るまでを覚えてはいたけれど、細かい条件は全く覚えていない。

 もしかしたら魔法で石油が再現できるかも……なんて思っていたけれど、うろ覚えの知識では不可能だと結論付ける。


「ああ〜〜。ちゃんと勉強しとくんだった……! でも私文系だったしなー。科学知識なんて無用の長物だって思ってたのに……」


 まさか異世界転生してまで科学知識が必要だと思わなかった。

 学生の頃に学ぶ知識はどれも大切なことだったのだ──と、転生してから気づくなんて。


 ちなみに私が何を再現したいかというと、推しのグッズに必要不可欠なアクリルだ。


 軽くて丈夫なアクリルが再現できれば、思う存分推しグッズが生産可能……!!


 だから私はアクリルの代替品となるような素材を作るため、この世界のことを勉強しているのである。




 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!

久しぶりの更新となりすみませんでした!


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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