第26話 褒賞

 ベアたんパパがわかりやすく説明してくれたので、私はここ最近王宮が大騒ぎだった理由を知ることが出来た。


 どこの家門かは知らないけれど、王子を使って国家転覆を起こそうとしていたとは……全く良い迷惑である。


 私には色々やってみたいことがあるのだ。それは平和な王国でしか成し得ないのだ。

 そんな私の野望を邪魔するような奴は、何人たりとも許すわけにはいかない。


「そして今回、ランベール家の皆様を招聘したのは、このラヴァンディエ王国の危機を救ってくれたミシュリーヌ嬢に、陛下より褒章を与えるためです」


「…………へ?」


「……まあ!」


 ぼんやりとベアたんパパの話を聞いていた私は、再び自分の名前が聞こえて来て我に返る。そしてその言葉の意味を理解するのに数秒も要してしまった。

 隣にいた母さまも予想外の出来事に驚いている。

 ちなみに父さまとおじいちゃまは当然、といった顔で頷いていた。何だかんだ言っても親子そっくりである。


 だけど周りの大人達は納得していても、私はそう素直に受け取ることが出来ない。


「で、でも……っ! 私は王子様を……! その……っ」


 あの時、私は王子をどついた後、更に首根っこを掴んで謝罪させたのに、そのことについての言及が全くない。

 それどころか褒賞を与えると言われても、正直何かの罠なのではないかと思ってしまう。


「今回の一件でミシュリーヌ嬢が殿下を殴打した件は不問となりました。ミシュリーヌ嬢が殴打したことよりも、洗脳魔法の方が重要案件でしたので」


 困惑していた私だけれど、ベアたんパパの言葉になるほど、と思う。


 この世界で<厄災の魔女>が危険視されているのは、<魅了>が恐ろしい事態を引き起こす可能性があるからだ。

 惚れ薬的に使うぐらいならまだ可愛いと思う。だけど<厄災の魔女>は貪欲で強欲だ。

 その時代に覚醒した魔女の欲望次第で、世界が滅亡するかもしれないとなると、世界中で魅了が禁止されるのも仕方がない。


 だからそんな魅了とよく似た効果をもたらす洗脳魔法も、同じように使用禁止とされているはずなのに、王族に関わる者たちが引き起こした今回の事件と比べれば、王子を殴ったことはまだ可愛い子供の喧嘩の範疇かもしれない。


「……私から言わせて貰えば、元々は殿下が我が家門の大事な大事な薔薇を……っ! 我が家紋を象徴する大事な薔薇を! 折ったことが! 発端なのです!」


 さっきまで冷静だったベアたんパパが段々ヒートアップして来た。


 そういえば、ベルジュロン家の家紋は薔薇がモチーフだったけ、と思い出す。


 バカ王子がしたことは、ベルジュロン家を侮辱したことになるのだと、私は今初めて気がついた。


「そんな大切な薔薇を手折られた時、ミシュリーヌ嬢が我が娘のために怒って下さったと聞いています。ベアトリスは私の大事な娘! 娘の代わりに殿下に立ち向かわれたミシュリーヌ嬢を、どうして罰することが出来ましょう!! もし私がその場にいたら殴るだけでは済みませんでした!! そういう意味では殴るだけで済ませたミシュリーヌ嬢は慈悲深き天使!! 殿下の命の恩人であります!!」


「…………」


 私はポカーンとしながらベアたんパパの口上を聞くしかなかった。


 だけど今回の件でわかったことがある。それは、ベアたんパパもベアトリス様を心の底から大事に想い、愛しているということだ。

 原作では冷徹で権力を得るために、ベアトリス様を政略結婚させる鬼畜だと思っていたけれど、それは大きな誤解だったらしい。


 私はつくづく、原作だけを鵜呑みにしてはいけないな、と反省した。


「……というわけで、殿下の命の恩人でもあるミシュリーヌ嬢に褒賞を与えるのは当然の結果でしょう」


 ベアたんパパは言いたいことを言い切ったのか、晴々とした表情を浮かべている。


 チラリと横を見ると、とても誇らしげな父さまがいた。


 ……どうやら、私が心配していたような一家断絶や財産没収は回避出来たらしい。


 父さま達に迷惑をかけることが一番怖かった私は、ここに来てようやく心の底から安堵することが出来た。


「……して、ミシュリーヌ嬢への褒賞であるが、ミシュリーヌ嬢は何がお望みかな?」


 聞き慣れない声が聞こえて来て、私は一瞬「誰?」と思ってしまった。


 思わず部屋の中を見渡すと、王様と目が合った。


 今までずっと黙っていたから、王様の存在をすっかり忘れてた。……っていうか、この人喋るんだ、なんて失礼なことを考える。


「えっと……望み、ですか……?」


 これって改めて聞かれると、とても困る質問だと思う。


 私の望み……それは、何不自由なくのんびり快適に一生を終えることだ。

 出来れば可愛い孫に囲まれ、介護で迷惑をかけることなく大往生したい。

 そのために必要なものといえば、お金一択──できれば私の個人資産を増やすことだろう。


 お屋敷も領地も高価な魔道具だって、お金があれば買えてしまうけれど、ただお金を貰うだけでは何だか勿体ない気がする。

 出来れば株のようなものがあればいいけれど、残念ながらこの世界にはない。だから何か他に、持っているだけでお金になるような、価値があるものが欲しい。


 私は思考を巡らせ、何が一番欲しいか考える。だけど突然のこともあり、頭が上手く回らない。


「すみません、今は思いつきません……家でゆっくり考えてもいいですか?」


「そうであるな。ゆっくり考えて、決まればランベール卿に伝言して貰おうかの」


 王様はそう言うとにっこりと人の良さそうな笑みを浮かべた。

 実際人が良いんだろうな、と思う。だって王様は私が望むものに条件を付けていないのだ。もし私の望みが王様の首だったらどうするんだろうと、とこっちが心配になる。


「……では、褒賞の件は一旦保留とさせていただきます。何か質問などありましたらお伺いしますが、何かありますか?」


 ベアたんパパが質問に答えてくれると言うことなので、この機会に王子の現状を聞いておくことにする。


「あの、王子様のお怪我は大丈夫でしょうか……?」


 最後に見た王子は私に殴られたショックなのか、放心状態だった。

 護衛の騎士たちに連れて行かれた時も、まるで人形のように微動だにしなかったから、少しだけ気になっていたのだ。


 パッと見たところ外傷はなかったけれど、もしかしたら強く殴り過ぎて脳震盪とか起こしていたのかもしれない。


「王子の怪我は大きいタンコブだけで、脳や身体に異常はありませんでした。タンコブの方は一週間もすれば完治すると診断されていますから、ご安心ください」


「あ、ありがとうございます。でもタンコブは治癒魔法を使わなかったのですか?」


 とりあえず王子の方は大丈夫そうなので安心したけれど、私はどうして王子のタンコブを治癒しなかったのかと不思議に思う。


 王宮に常駐している治療師なら、一瞬で治しそうなのに。


「それは王子たっての希望でそうなりました。王子は『これは自分への罰だ』と仰り、治癒魔法を自ら断られたそうです」


(えぇ?! あんなに俺様だった王子がそんなことを?!)


 洗脳魔法が解けたからだろうけど、王子の性格がずいぶん違うように感じる。


 もしかして彼は俺様で我儘で傲慢なバカ王子ではなく、本当はとても素直で正義感がある男の子なのかもしれない。


 ちなみに王子がしばらく放心状態だったのは、結界が破壊された時に放出された魔力の余波をまともに浴びたからだそうだ。


 とにかく王子にはタンコブがあるだけで、他は異常がないことがわかって一安心だ。


 色々と衝撃な事実があったけれど、その後王様との謁見は恙無く終了した。

 王宮に来るまではブルブルと恐怖に震えていた私だけれど、謁見の間から出た後は憑き物が落ちたように気分爽快になっていた。


 父さまと母さまが存命なだけでも原作と違う展開なのに、まさか王子の洗脳を解くことになるなんて……。

 これからどんな未来になってしまうのか、全く予想できないけれど、最悪の結末は免れたんじゃないだろうか。


「さあ、一緒に帰ろうか、ミミ」


「はい!」


「ワシも一緒に帰るぞ! 久しぶりにミミと夕食をとれるわい」


「私もご一緒できて嬉しいです! おじいちゃまと父さまがいなくて淋しかったです!」


「ミミ……っ!! なんて可愛いんだ……!!」


「おお、ワシもミミに会えなくて淋しかったぞ!!」


 私は久しぶりに父さまとおじいちゃまと手を繋いで歩いた。相変わらず捕まった宇宙人のような体勢だけれど、それすらも愛しく感じる。


 そんな私たちを母さまが微笑ましそうに見守ってくれていて、ああ、本当にいつもの生活に戻れるのだと実感することができた。


 家族仲良く王宮の廊下を歩いていると、突然後ろから声を掛けられてビクッとなる。


「ミシュリーヌ嬢!!」


 驚いた私が振り向くと、そこにはこの国の第一王子、リュシアンがいた。

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