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奈那美
第1話
デキソコナイ
ワガヤノハジサラシ
ミノホドシラズ
生まれてから今まで。
何度も何度も聞かされてきた言葉。
時には陰でこそこそと。
時には面と向かって。
デキソコナイなのは、自分が一番よくわかっている。
王族に仕える魔法師の家に生まれて、簡単な魔法……ランプに火をつけることすらできないなんて、自分でも情けないと思ってる。
だから、ワガヤノハジサラシと罵られても、受け入れてる。
たとえそれをメイドたち使用人が口にしていても……だ。
でも、ミノホドシラズにだけは、納得がいかない。
だって、私が望んだわけでもないし、変えたくても変えようがないから。
「あいつ、腹たつと思わない?」
「思う思う。デキソコナイのくせに、名前ばっかり立派だなんて。あいつがあんな名前だなんて、ミノホドシラズにもほどがあるわ」
……聞きあきたわ。
私の名前は≪ユーリ≫
生まれた時に、神託で与えられた名前。
この国では生まれた子どもの名前をつけるのは親や家族ではなくて、神官と決まっている。
神官が神にお伺いを立てて名前をいただいてくるわけだから、神様がくださった名前。
だから名前に文句をつけるなんてもってのほかだし、改名なんてできるはずがない。
だけど……。
クラスの女子たちが、ううん、男子までもが私の名前を『ミノホドシラズ』だと悪口を言うのは理由がある。
私だって、彼女らの立場にいたらきっとそう言うと思うから。
≪ユウリ≫
私の名前とそっくりな発音の名前を持つ人。
その人は、私が通う
容姿端麗・成績優秀・スポーツ万能、おまけに性格はすこぶるつきでよく、家柄は呪術師の家系で貴族ときているんだから。
そんな人と、私みたいなデキソコナイの落ちこぼれの名前の響きが似ているなんて。
もちろん、何度も言い返したわ。
「私が決めた名前じゃない!」って。
いくらデキソコナイと自覚していても、すみっこに引っこんでいるようないじけた性分はしてない。
……魔法が使えないことに関しては、大人しく引き下がるけど。
「私がつけたんじゃなく、神様が下さった名前よ。それを悪しざまに言うってことは、神様を悪く言ってることになるのよ」
反論しても誰も聞いてない……それも知ってる。
名前に関して、悪口を言われる理由はもうひとつあって。
たぶん、そっちの方が根深いんだわ。
忘れもしない、基礎学校に入学した六年前。
最初の授業は自己紹介だった。
入学試験の成績上位の人から順番に名前と得意な事を言っていったの。
もちろんユウリが最初ね。
「ユウリ・サントネージュです。得意な事は……わかんないけど、勉強も運動も大好きです。みんな仲良くしてください」
簡単なあいさつ。
だけど、一瞬でみんなユウリのファンになった。
私も一瞬で惹かれた。
そして私の順番が回ってきた。
クラスで一番最後。
立ち上がって自己紹介をしたわ。
「ユーリ・クラウディウスです。得意な事は、とくにありません。よろしくお願いします」
そのときまでは、よかった。
同じ響きの名前でもみんな(ふーん)っていう反応だったから。
でも、次の瞬間ユウリが椅子から立って、私の席まで来てこう言ったの。
「ユーリって言うんだね。ぼくのユウリと似ていてうれしいよ。同じ名前同士仲良くしようね」
そしてニコニコと笑いながら右手を差し出してきたから、私もつられて握り返した。
周りの空気が一瞬にして凍りついたのを感じたわ。
あわてて手を離してみんなの顔を見てぞっとした。
刺すような視線。
そのときはまだ六歳だったから、みんなが怖い眼で私を見ているとしか感じなかったけれど、今なら判る。
あれは憎悪、そして嫉妬。
あれから六年。
私はずっとひとりで過ごしている。
休み時間はもちろん、授業中に誰かとペアを組む必要がある時も。
クラスの人数がたまたま奇数だったから、仕方がないといえば仕方がないんだけど。
誰かが病気で休んで偶数になっている時でも、私とペアになりそうな子は先生が呼び寄せてペアを組んでいた。
私がひとりのときは、しらんぷりを決めこむのにね。
たまにユウリが気がかりそうな視線を向けてきたこともあったけれど、それは私が無視した。
彼を頼ったら、頼ろうとしたら、絶対あとで意地悪をされるから。
家でも、もちろんひとり。
食事も、私だけひとりで自分の部屋で食べる。
……魔法の才能がおそらく開花しないとわかった十歳からだけどね。
ただ、それまでの食事と変わらない料理を運んでもらえているから、その点は感謝しているわ。
明日は、歴史のテストがある。
私が唯一好きな教科。
ずぅっとむかし、魔法が日常ではなく、魔物もいない時代。
そんな時代に生まれていたらよかったのに。
念のため、テスト範囲のおさらいをして、私は眠りについた。
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