第39話:孤高の天才だった人へ

 パラパラと吹き飛ばされた瓦礫が落ちてくる音が響く中、まず砂煙の中から姿を表したのは、ルキウスだった。

 制服のあちこちが破けており、所々が赤くにじんでいる。

 爆発の威力を示すように、ルキウスの表情は険しい。


「そんな……ワンツ! ワンツ!」


「そう何度も呼ばなくたって聞こえてるよ。いつつ……なんだってんだ、あの爆発は」


 フレアの引き絞るような叫び声から、少ししてワンツの姿も現れる。

 こちらもルキウスに負けず劣らずの、ボロボロ具合だ。


「俺とお前が、偶発的に発生させた高密度の魔力が衝突し、爆発した。まさかここまでの、威力があるとはな」


 顔周りの砂埃を拭いながら、ルキウスは言った。

 対面し視線をぶつけ合うふたりの男は、どちらも満身創痍の状態だ。

 もはや、ただ立っていることでさえ、歯を食いしばっていないとできない。

 それでも、まだ決着はついていない。


「ロンド」


「ヴォルフガング」


 名前を呼ぶと、相棒は静かに出現した。

 ワンツの右手に握られている黒剣は、まだやる気だ。

 刀身に刻まれている赤い3本線が光り輝いている限り、まだワンツの心は折れていない。

 

「ちょ、まだやる気!? あんたたち、どっちもボロボロじゃない! これ以上やったら、本当にどっちかが……」


 フレアが言い淀んだ先の言葉が何かは、考えずとも分かる。

 答え合わせをするのは、簡単なことだ。

 しかし、あえて口に出すようなことは控える。

 ワンツにその気はないが、言葉にすることで最悪の未来が現実になってしまいそうだからだ。

 おそらく、フレアも同じような理由で口をつぐんだのだろう。


「フレア」


「な、なに?」


「大丈夫。誰ひとり欠けさせはしない。そうでなきゃ、意味がないからな」


「俺はお前の甘言を聞き流すぞ。お前の命を奪うことに、ためらいはしない」


「知ってるよ。今さら手加減なんて、興ざめさ。全力で取りにこい」


 胸を叩きながら笑う。

 

「言われなくとも……」 


 ワンツの笑みに、不愉快そうな顔を返してきながら、ルキウスは槍を構える。

 ルキウスも立っているだけでも精一杯だろうに、美しい構えだ。

 それほどに、ルキウスは鍛錬を続けてきたのだろう。

 彼の技は、決して天才だからという簡単な理由だけで、身につけたのではない。

 天才という才能に甘えず、己の技を必死に磨き上げてきたのだ。

 限界を訴えてくる体を無視して、剣を構える。


「なら俺も、中途半端な態度で返すわけにはいかないよな」


 何度か息を整えて力をためる。

 ためた力を一気に放出し、駆け出そうとした瞬間、予想外の声が聞こえてきた。


「ふたりとも、ちょっと待ってくれ!」


「は?」


 この声は間違いない。

 しかし、彼女がこんなところに来るはずはない。

 彼女がこの場において、どれほどイレギュラーな存在なのか。

 それは、ルキウスの驚いたような、焦っているような顔を見れば分かる。

 今の状況を忘れ、素直な疑問の気持ちで聞く。


「セレーネ。どうしてあなたがここに……」


「すまない。ここまで走ってきたものだから、少しだけ待ってくれないか」


 膝に手を付きながら肩で息をするセレーネの陰から、くせのついた銀色の毛先を揺らしながら少女が現れた。


「ここまでのいきさつは、わたくしがご説明いたしますわ」


「ゲルダ! よかった無事だったか!」


「任されたのだから、当然ですわ」


 口ではこう言っているものの、ワンツの褒め言葉を嬉しそうに受け取って、ゲルダは話し始めた。


「では結論から申しましょう。ルキウス・ランギス、あなたの陣営はあなたひとりを残して、殲滅させて頂きました。これ以上の戦いは無駄です、降参なさい」


「あれだけの数をひとりでやったのか!?」


「いえ、半分以上はセレーネさんのれーるがん? のおかげです。やはり、あれを向けられる側に立ちたくは、ないものですね」


 セレーネに視線を向けると、息を整えながら無言で親指を立ててきた。


「だってよ、ルキウス。形勢逆転だが、どうする?」


「なら俺ひとりで、魔王陣営を殲滅すればいいだけだ。話は終わりだ、そろそろ決着をつけよう」


「だから! ふたりとも! 少し待てって言っているだろう!」


「セレーネ……」


 会話に割り込んできたセレーネを、ルキウスは気まずそうに見る。


「これ以上戦ってはいけない! このまま決着を付けたって、必ずどちらかに禍根が残る。それじゃあ、この決闘の意味がない!」


「決闘の意味だって?」


「ルキウス、君はどうしてワンツ君を倒すことにこだわる? そんなに魔王を倒した英雄という名誉が欲しいのか?」


「名声になんて興味はない。それともお前は、俺がそんな目先の利益に目がくらむような男だと思っていたのか?」


「いつもの君なら、罪悪感に訴えかけて誤魔化すようなことはしない。理路整然と語ってみせたよ。物分かりの悪い子供に、言い聞かせるようにね」


 バツが悪そうにルキウスは目をそらす。


「聞かせておくれよ、ルキウス。君がワンツ君を倒すことにこだわる理由を。それとも、私には言えない理由なのかい? だとしたら少し……寂しいな」


 ルキウスは顔をしかめ、渋々といった様子で話し始めた。


「魔王がここで死んだ方が、世界はより良い方向へ向く。そんな世界の方が、お前だって嬉しいはずだ」


「私はそうは思わない」


「セレーネ!」


 どうして俺の言うことを、分かってくれないんだ。

 そんな悲痛の表情だ。


「君だって分かっているはずだ。ワンツ君は、自分が傷ついてでも他人を救うことができる善人だ。そんな善人を犠牲にしてまで手に入れた世界を、私は素晴らしいとは思わない」


「……何も分かっていないのは、お前の方だセレーネ。お前が幸せに暮らすための世界に、魔王は必要ない。だから魔王は俺が殺す。それだけだ」


「ルキウス!」


「分かった。決着を付けよう、ルキウス」


「ワンツ君!? だから君たちは……」


「分かってる。分かってるよ、セレーネ。だけど、男同士の決闘にケリを付けないと、俺たちに明るい未来はない。そうだろ、ルキウス」


「ああ。俺たちの世界に、魔王は必要ない」


「ちょっと待ってくれ! なんでそうなる!?」


 頭を抱えるセレーネに、フレアが諦めたような様子で声をかける。


「無駄よ、セレーネ」


「フレア君?」


「そうですわね。ワンツ様は、一度やると決めたことは、最後までやり通すお方です」


「ゲルダ君まで……」


 セレーネは深く肩を落とす。


「そういうことだ。でもまあ、このままやり合っても泥仕合になるだけ。だから、勝負形式を変えよう」


「なんだと? まさかまた、おかしなことでも言う気か」


「そのまさかさ。セレーネ、悪いけどそれを貸してくれないか?」


「そ、それは構わないが……これじゃルキウスには……」


「いいや、勝てるさ。こいつはセレーネの最高傑作なんだろ?」


「……あぁ、そうだね。君に託すよ、私の愛する最高傑作を」


「しかと託された」


 セレーネからレールガンを受け取るのと同時に、魔王の力を発動させる。

 頭から体を通って、一筋の電流が走ったように感じた。

 思い出したという感覚に近いか。

 さっきまでは確実に認知していなかった、レールガンに関する情報が脳内にはある。


「そうだ。簡単にレクチャーしておかないと」


「大丈夫。今分かったから」


「え?」


 不思議そうな顔をしているセレーネに、任せておいてという意味をこめた笑顔を残して、ルキウスと向き合う。


「なんのつもりだ、そんな物を持ち出して」


「認めるよ、どうやら俺ひとりの力では、お前を倒すのは難しいらしい。だから、仲間の力を借りようと思ってね」


「仲間の力……だと?」


「そうさ。どうせこのまま戦っても、両者スタミナ切れの泥仕合になるだけ。だからこうしよう。もしもこいつ、レールガンでお前のアイギスを破ることができたら、俺たちの勝ち。できなければ、お前の勝ち。ちょうど残弾も1発、シンプルでいいだろう?」


「血迷ったか? お前も見たはずだ。その武器じゃ、俺のアイギスは破れない」


「どうかな。確かにさっきは失敗したが、今回が成功しない理由にはならない。撃ち抜いてやるよ、凝り固まった天才の思考ごとな」


「……いいだろう。何度やっても無駄だということを、教えてやる」


「そうこなくっちゃな」


「アイギス、展開」


 ルキウスが左手を突き出すと、半透明の板のような物体が出現する。

 アイギスは何度か収縮を繰り返すと、その場で回転を続ける5枚の防御壁となった。


「ワンツ君、やっぱり……」


「大丈夫だよ。セレーネが戦いの火蓋を切り、ゲルダが大群を足止めして、フレアがルキウスを消耗させてくれた。こうしてここに立てるのは、俺だけの力じゃない。勝てるさ、俺たちなら」


「分かった。ルキウスを頼む。未来に希望を持てない、彼を救ってあげてくれ」


「頼まれた」


 初めてやるとは思えないほどに、手慣れた様子で鉄の矢を装填する。

 レールガンを顔元まで持ってきて、十字の照準器をのぞく。


「さぁ始めようか、俺たちの最後の決闘を」


 突破するべき障壁は5枚。

 勝負は一度切り。

 イメージするのは、最強の破壊力を持つ鋼鉄の弓矢。

 最強の盾だろうと、なんなく貫通して見せる最強の一撃だ。

 引き金を引くと、建物全体が揺れるほどの轟音が響き、閃光が世界を包んだ。



 砂煙はすぐに晴れた。

 ワンツとルキウスが生み出した高密度の魔力がぶつかったときの爆発。

 そしてレールガンをアイギスに発射したときの爆発。

 2度の大爆発により、建物の壁や天井が吹っ飛び、フロア全体が更地となったからだ。

 ワンツはゆっくりと、レールガンを持つ手を降ろす。

 込められる最大限の魔力を込めたからか、銃身は赤熱化しており、一部が溶けてしまっている。

 

「壊しちゃったな。あとで謝らないと」


 最強の矢と最強の盾。

 決闘の結果が現れた。

 ルキウスが、左手を突き出したまま立っている。

 その先には、アイギスが5枚の障壁を維持したまま浮遊している。

 

「そんな……ワンツの負け?」


「いやちょっと待ってください、フレアさん。よく見てみてくださいな、あれを!」


「あれ? ……あ!」


 光が乱反射していて発見が遅れたが、アイギスには何かが貫通したような穴が空いていた。

 銃痕から次第に亀裂が広がっていき、ついにはガラスが割れるように、無数の破片となって崩れ落ち消え去った。


「ルキウス!」


 人形の糸が切れるように、ルキウスは膝から崩れ落ちる。

 ワンツが駆け寄ると、ルキウスはゆっくりと顔を上げた。

 こめかみの辺りに切り傷ができていて、血が流れ出ているが、そんなことが目に入らないような衝撃が、ワンツにはあった。

 ルキウスが、憑き物が取れたような笑顔を向けてきていたのだ。


「どうしたんだ? 魔王。呆けた顔をして」


「い、いや。大丈夫か?」


「あぁ、かすっただけだ。問題ない」


「そ、そうか」


 さっきまで命を燃やし合うような激闘をしていたから、急に落ち着いた笑顔で話しかけられると、どう反応していいか分からない。

 優しい風に乗って、ルキウスの声が届けられる。


「俺の負けだな」


「え?」


「そう何度も言わせるな。アイギスが破られたんだ。この決闘は、お前の勝ちだ魔王」


 そう言ってルキウスは、少し悲しげながらも、どこか嬉しそうに笑った。


「ルキウス、ひとつ聞かせてもらってもいいか?」


「敗者に断る権利なんて無いさ。好きなことを聞けばいい」


「ルキウス……」


「冗談だ、そんな顔するなよ。で? なんだよ、聞きたいことって」


「いつか言ってただろ。お前に求められているのは結果だけだって」


「あぁ、そうだな。結局、俺は求められている結果を残せなかった役立たずだが」


「お前にとって、この戦いは無駄だったか?」


「……嫌なことを聞くんだな、お前は。怖いよ、これから生きていくのが」


「なら手を繋げばいい。なぁルキウス、これからは一緒に歩いていかないか?」


 ワンツは手を伸ばす。

 ルキウスは、ワンツの性格をよく知っている。

 いくら決闘の条件にしたとはいえ、それを盾に強引に仲間に加えようとはしない。

 ルキウスは悩むようにワンツを見上げると、やれやれと困ったように笑う。


「ふっ、やなこった」


 ルキウスはワンツの手を取らず、自らの力で立ち上がった。

 

「じゃあまたな」


 ルキウスも、生命を維持できるギリギリまで魔力を消費しているはずだ。

 しかし、そんな極限に限界の状態だとは感じられないほどに、まっすぐとした姿勢で歩いていく。


「ちょっといいの!? せっかく勝ったのに、見逃しちゃって」


「いいんだよ。今はこれで」


「はぁ? どういう意味よ」


「さぁどうだろう……な」


 ルキウスの姿が見えなくなって、気が緩んだのか、急に意識が遠のいていく。

 浮遊感の中、最後に聞こえたのは仲間たちの悲鳴だった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

次回は2月6日、18時頃公開予定!

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