第31話:天才との決闘
「……とまぁ、こんな所かな。すまないね、昔話とはいえ話し始めると止まらないのは、どうやら私の性分らしい」
カップを傾け喉を潤すと、セレーネは少し自虐的に笑った。
セレーネから見たルキウスという男は、大切な人との何気ない日常を大切にしている普通の人間のように思える。
だからこそ余計に、時折彼が見せる奥底に隠している暗い部分が引き立つ。
「彼は確かに天才だよ。聞いた所によると、彼が立てた予測は的中率が高すぎて、未来予知に近いとまで言われているらしいからね。だからこそ彼は持てないんだろう、夢や希望を」
「そうか、だからあの時あいつは……」
「他人からしたらバラ色の人生でも、本人からしたら筋書き通り進んでいく灰色の人生だ。なんせ彼自身が予知してしまった未来なのだからね。夢なんて持てるはずもない」
我ながらよくもまぁ、ルキウスの癇に障ることばかり口走ったものだ。
ルキウスは己が天才であることを、よく理解している。
そんな彼が立てた未来予想図を、ぽっと出の人間に否定され、それも夢や希望など何度も望み、そして諦めた不確定要素を再び信じろと説教された。
彼が苛立ちを隠さず、ワンツが語る夢や希望を、世迷い言と吐き捨てたことにもよく理解できる。
ルキウスが持つ天才という絶望を理解しようともせず、薄っぺらい説教をしてしまった自分の無神経さに腹が立って仕方ない。
「そんな顔をしないでおくれよ、ワンツ君」
「え?」
「君、今とても怖い顔をしていたよ」
「あ、いやこれは別に」
「分かっているよ、まだまだ短すぎる付き合いではあるけどね。君は誰かのために怒ることができる人だ」
「そんなんじゃ……」
口に出そうになった自虐は、セレーネの悲しそうな微笑により押し止められた。
誰かが可哀想だから、己の原罪を否定したいから、クランを結成したのも置かれている状況を安定させるため。
すべては己のため、その過程で誰かを助けたのだって、偽善に過ぎない。
そんな自分は決して、セレーネが言うような善人ではない。
ワンツはただの偽善者だ。
悪い方へ落ちていく思考を、セレーネの声が呼び戻す。
「ワンツ君。これは完全に私のわがままなんだが、聞いてくれるかい?」
こんな自分が、セレーネの頼み事など聞いてしまっても良いのだろうか。
そんな躊躇を挟み、一泊置いて返事をした。
「……俺にできることなら」
「ルキウスも、君のクランへ加えてほしい。無理は承知なのは分かってる。このお願いの先には、過酷な運命が待っていることも」
「セレーネ……」
セレーネは顔をうつむかせながら言った。
視線を追ってみると、スカートの上で拳を強く握りしめている。
「我ながら情けない。私はルキウスを傷つけることはできても、彼を幸せにすることはできないだろう。だけど君なら、ルキウスが本気で笑えるような場所を作ってくれそうな気がするんだ」
少し悲しげに笑うセレーネに、ワンツは気の抜けたような返事をした。
わがままと言うのだから、もっと大変なことを頼まれると思ったからだ。
「なんだ、わがままってそんなことか」
「え?」
「ルキウスには、元から俺たちのクランに入ってもらおうと思ってたんだ。そこのふたりには反対されたけどさ」
「当然です、ルキウス・ランギスはテンスラウンズ末席。わたくしたちの敵なのですから」
「そうよ。だってあいつは、勇者側の人間なんでしょ? でもなんて言ったらいいか分かんないけど、ただの悪人だとは言えない感じがするのよね」
「……そうだね。彼は純粋なんだ。もっと私のようにひねくれていたら、気楽な人生を送っていけただろうに」
「純粋って? 私からしたら、かなりひねくれているように見えるんだけど」
フレアが聞くと、セレーネはゆっくりと首を横に振った。
「言葉の通りだよ。天才は苦労しない、天才は失敗しない、天才は誰よりも優秀でなければならない。ルキウスは、天才という期待を裏切らないように生きてきた。どこかで、そんなこと知ったことか! と、逃げれたら、どれほど楽だったろうに」
『俺に求められているのは結果だけ。ならせめて結末に至るまでの過程くらいは、俺が好きに演出しても文句を言われる筋合いはない』
『10数年生きていれば分かる。己が生涯で成し遂げられる物事の限界が』
いつかルキウスが一瞬だけ見せた本音が、脳内をよぎる。
キラキラとした虹色の人生に見えて、実際はルキウスを表す色はない。
色鮮やかで輝かしい張りぼてばかりが大きくなっていく中、ルキウス自身を表す色は無色透明のまま。
そんな彼が抱えている苦しみ。
セレーネの話を聞いて、それが少し分かった気がした。
「あいつが望む本当の幸せがなんなのかは分からないけど、仲間にしようって男なんだ。一度くらいは、本気で話してみる必要があるんじゃないかな」
「ワンツ君……、まったく君は人が良すぎるな」
「そうかな、自分ではよく分からないけど」
「そうです。ワンツ様は、もう少しご自分の幸せを考えた方がいいです。まぁそんな、誰かに優しいワンツ様も、素敵なんですけど」
「自分の幸せか……」
ゲルダに言われて、少し考えてみるが、あまり思い浮かぶ景色がない。
豪華な屋敷に、毎晩踊り狂うパーティに、手に余るほどの美女。
そんな生活を送れたら幸せなんだろうが、どうもワンツにはピンとこない。
「まだそんな話をしていたのか」
和やかになってきていた雰囲気を切り裂くように扉が開いた。
「ルキウス……」
名前を呼ぶ声が詰まる。
ルキウスのイメージといえば、人当たりの良い笑顔を常に浮かべていて、親しみやすい青年という感じだった。
しかし後ろ手に扉を閉め、ワンツを切れ長の目で睨みつけてくる男はどうだ。
空気が重たくなったことを肌で感じるくらいに、冷たい殺気を放っている。
「全員揃ってるな」
「お、おいルキウスどうしたんだよ。昨日からなんか変だぞ、お前」
ワンツの言葉を無視して、ルキウスは一方的に話し始める。
「テンスラウンズ末席ルキウス・ランギスが、その権限において魔王に要求する。今すぐクランを解散しろ」
「ちょっと待ちなさいよ! クランを作れって言ったのは、あんたの方でしょ!? それがどうして、いきなり解散しろなんてことになるのよ!」
「まぁまぁフレア、落ち着けって」
「これのどこが落ち着けるってのよ!」
「いいから」
「むぅ……」
ルキウスに飛びかかっていきそうなフレアを言葉で制して、扉の前に立つルキウスを見る。
「だがフレアの言ってることには、俺も同感だ。要求とはいっても、せめて理由くらいは聞かせてくれるよな?」
「魔王は早急に潰すべき、テンスラウンズがそう判断した。状況が変わったんだ」
「お前が変えた、じゃなくてか?」
「どうだろうな」
「クランの解散を要求か……、もし断れば?」
「実力を行使してでも、目標を達成する。それがテンスラウンズのやり方だ」
「そうか」
顔をうつむかせて息を吐く。
迷う素振りを見せはしたものの、すでに答えは決まっていた。
「なら俺と決闘しよう、ルキウス」
「なに? 決闘だと」
敵意で固められた表情に、困惑が加わった。
やはり昨日から、ルキウスの様子がおかしい。
内心はどうにせよ、少なくとも他人に自分の感情を悟らせるような軽率な行動はしない。
「悪いが、俺にはまだやるべきことが残ってる。それにはクランが必要なんだ。だから素直に諦めることはできない」
「愚かだな。無駄な悪あがきで、自らの首を締めるつもりか?」
「どうだろうな。やってみれば、意外とそうでもないかもしれないぜ? 俺には頼もしい仲間が3人もいる。勝てるさ、テンスランズにだってな」
ワンツの言葉の真意に気がついたのか、ルキウスは不愉快そうに顔をしかめる。
「……まさかお前、俺との一対一ではなくクラン同士の集団戦をやるつもりか?」
「だから言ったろ、俺ひとりの力ではお前には勝てない。だけど仲間となら、天才ルキウス・ランギスにだって勝てる。それを証明してやるよ、天才」
「冗談じゃない。ぽっと出のクランで、俺に敵うはずがないだろう。やる前から結果が分かり切っている決闘なんて無意味だ」
「自分よりも学年順位の低い相手からの決闘は、拒否することができない。お前と初めて会った時、俺はこの学則のせいで要らぬ決闘をさせられたっけな」
「クッ、考え直せ。お前は言ってただろう、望んで決闘をしたがるような奴はいないと」
「今だってその気持ちは変わってない。だが仲間を守るための戦いなら、重い腰だって軽々と上がるということさ」
「はぁ……、分かった」
ルキウスは舌打ち混じりに了承した。
「勝負方式はシンプルに、俺かお前を討ち取った陣営の勝利とする。参加人数は自由、開始は明日の始業の鐘に合わせる。これでいいか?」
異論を認めないといった調子で言い切ったルキウスに、ゲルダは即座に声を上げる。
「こんなふざけた条件、飲めるわけないでしょう。大体、参加人数が自由とはどういうことです。こんなの、物量で押しつぶすと宣言しているようなものじゃないですか」
「それはそちらの勝手な決めつけだろう、ゲルダ・スノウクイン。そう思うのなら、そちらも相応の人数を集めればいい」
「クッ、あなただってこちらの事情は、よく知っているでしょうに」
「俺は一対一の決闘でもよかったんだ。そこに関係のない第三者を巻き込もうと提案してきたのは、そこの魔王だぞ。こちら側は、そちらの要望に即した条件を提案したまでだ」
取り付く島もないといった様子のルキウスに、ゲルダは唇を噛みしめる。
「そうだな、ルキウスの言う通りだ。受けるよ、その条件で」
「ワンツ様! 本当にそれでいいのですか? これではまるで……」
ゲルダが言い淀んだ先にある言葉を、ワンツは真っ向から否定する。
「大丈夫。別に俺は虚勢を張っている訳でもないし、破滅願望を発散している訳でもないよ」
「……分かりました。ワンツ様がそこまで仰るのでしたら、わたくしはワンツ様を信じて、どこまでもついて行きます」
「ありがとう、ゲルダ。勝手に俺が決めてしまって悪いけど、フレアとセレーネもこれでいいか?」
「私は構わないよ。ワンツ君が決めたことなら、私も信じられる」
「それもそうね。だけど、やるからには絶対勝つわよ!」
「そうだな。という訳だ、決闘成立だルキウス」
仲間たちの頼もしい言葉を受けて、ワンツは自信を持ってルキウスに視線を戻した。
「後悔しても、もう遅いぞ魔王。これでお前の破滅は決定した」
「それはどうかな。あ、そうだ、せっかくだからひとつ賭けをしないか?」
「賭けだと?」
「あぁ、別に難しい話じゃない。俺が勝ったらルキウス、お前も俺たちのクランに入るんだ。そして一緒に楽しく学園生活を送るんだ」
「この期に及んでまだそんなことを……。いいだろう、だが俺が勝ったら魔王、お前にはこの学園を去ってもらう」
「いいよ、お前の明るい未来と釣り合うのなら、俺の命くらい喜んで賭けてやるさ」
「チッ、どこまでも口数の減らない男だ」
決闘が成立したのを確認すると、ルキウスは無言で背を向ける。
「ルキウス……」
セレーネが名前を呼ぶと、ピクリと肩を揺らし立ち止まる。
しかし顔をこちらへ向けることはない。
「君はこれで本当にいいのか? そんな辛そうな顔をしながらワンツ君と戦って、その先に君の幸せはあるのかい?」
少し間をおいて返ってきた言葉からは、確かな力を感じた。
「俺に幸せなんていらない」
「そんなこと……。ルキウス、私は」
「こうするしかないんだ……の幸せを守るためには」
「え? 今なんて……」
セレーネの声に応えることはなく、ルキウスは後ろ手に扉を閉める。
パタンという音を最後に、室内から音が消える。
体全体に重しをのせられたような空気感を変えるように、ワンツは大きく手を叩いた。
「と、とにかく! まずは明日の作戦会議をしよう。時間がないんだ、急がないと」
「そ、そうね! 4人でバァーっと行って、ドカーンと大暴れすれば勝てるわよ!」
「作戦を会議すると言ったでしょう、このおバカさん」
「何よ! これだって立派な作戦でしょ!?」
「擬音だけで成立する作戦なんてありませんのよ。その足りない頭でもう少し考えてごらんなさいな」
「ふふっ、やはり君は凄いね。一瞬で、空気を変えてしまった」
口喧嘩を始めてしまったふたりを眺めていると、セレーネが微笑を向けてくる。
「俺は別に何もしてないよ。強いて言うなら、重たい空気を吹き飛ばしてくれたのは、あのふたりのパワーじゃないかな」
「……そうだね、とてもパワフルだ」
セレーネは頬杖をつきながら、ふたりの口喧嘩を微笑ましそうに眺めていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
次回は1月29日、18時頃公開予定!
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