第28話:言い訳ばかり
翌朝、ワンツたちはいつものようにボロ小屋に集まっていた。
旧校舎の裏庭にポツンと佇んでいる小屋には、中の雰囲気を表すように濃い影がかかっていた。
焦点の定まっていない目で、ワンツは天井を眺める。
足は動けと言っている。
しかし理性が、体を椅子に縛り付けている。
その割に頭は、昨日の別れ際に見せたセレーネの悲しそうな背中を何度も思い出させた。
「わ、ワンツ」
「うん?」
「あ、えと、やっぱりなんでもないわ……」
ワンツが放つジメジメとした雰囲気を察してか、フレアが何かを言いかける。
しかし言いかけてはすぐに、乾いた笑いで誤魔化す。
さっきから何度も、こんなことを繰り返していた。
「御三家ってそんなに凄いのか?」
ワンツが息をこぼすように呟くと、ゲルダが重苦しい口調で答える。
「実質的にこの国を支配している家ですから。そのご息女にも相応の立ち振る舞いが求められるのは、確かでしょうね」
「でも俺は、ネームバリューに価値を感じたわけじゃない」
「しかし、他人はそう見てくれませんわ。魔王の世界征服のため、御三家の内のひとつが手を貸している。そんな汚名を与えられたライトニング家が、どうなってしまうのか」
結論は言わなかった。
魔王に手を貸した組織がどうなるのか。
そんなことは、ゲルダに言ってもらうまでもなく理解しているからだ。
「世界征服……か」
ワンツがその気になれば、この力は世界征服すら成し遂げることができるのだろうか。
多少手先が器用で、他人がした努力の上澄みをかすめ取るだけの、この能力が。
「クランひとつ作るだけで、ここまで苦労している弱小勢力が世界を獲る? はっ、冗談じゃない」
無力感が作り出した、自暴自棄からくるちっぽけな野望。
自嘲気味に笑うと、そんな小さな野望は心の片隅から追い出された。
「今は弱小でもいつかは? 災禍の種が世界に芽吹いたのなら、成長する前に踏み潰すべき。こう思うのは自然なことでしょうね」
「そう……だな」
ワンツがこの世界へ転生してきた時。
この世に生まれた時のことを思い出す。
一応は生みの親となるのだろうか。
あの男も、似たようなことを言っていた。
しかしアリスはそれを正面から否定して……。
「俺には否定できないな、正論は」
あの時、憧れた格好いい大人にワンツはなれない。
大きくため息をつく。
諦めがまじっていたそれは、急激にやる気を奪っていき、まぶたが重たくなっていく。
「なんだ、そんなことで悩んでたの?」
フレアの呆れ声が聞こえてくる。
目をやると、やれやれと言わんばかりの顔をしている。
普段ならば、またバカな顔してやがると小馬鹿にできる所だが、今は違う。
つい語気が強まってしまう。
「そんなこと? そんなことって、なんだよ」
「あんたのことだから、もっと難しいことを考えてるんだと思ってた。けど意外と、単純なことで悩んでたのね」
「はぁ?」
無配慮なフレアの言葉に、ワンツは舌を噛む。
こうすれば多少は、理不尽な苛立ちを抑えられると思ったからだ。
そんなワンツの我慢など知ったことかと、フレアはさらに詰め寄ってくる。
「さっきから聞いてれば、逃げてるだけじゃない。御三家を言い訳にして、あんたはややこしい事を全部セレーネに押し付けようとしてるだけよ」
「……なんだって?」
「ふぅん、珍しく落ち込んでたと思ってたけど、意外とまだそんな顔もできるのね」
「こっちこそ黙って聞いてれば、ケンカを売りたいだけか?」
視線をぶつけ合っていると、いいわ、とフレアは話し始める。
「分かんないなら、私があんたの本音を言ってあげる。ごちゃごちゃ堅苦しいこと言ってるけど、あんたはセレーネを仲間にしたいんでしょ? ならなんで、いつまでもだらしない格好で座ってんのよ」
まさにその話をさっき、ゲルダとしてたんだろうが。
拳をテーブルに叩きつけ、怒鳴りたい気持ちを必死で抑えて、フレアを睨みつける。
「話を聞いてなかったのか? だからあの人は御三家の人間で、俺とつるんでると迷惑がかかる。だから仲間には誘えない」
「あんたとつるんで、セレーネになんの迷惑がかかんのよ」
「はぁ……会話にならないな」
フレアもいい加減ワンツの態度に腹が立ってきたのか、舌打ち混じりに言い返してくる。
「じゃあ言ってやるわよ。あんたは良い魔王なんでしょ? あんたをよく思っている人は、確かに少ないかもしれない。けどきっといつか、皆分かってくれる。それなら迷惑なんて、誰にもかからないじゃない」
「遊びじゃないんだ。そう簡単にはいかないんだよ」
「本当にそう思うなら、私の目を見て言ってみなさいよ!」
ドンと机を叩きながら、フレアは立ちあがる。
心臓を体ごと持ち上げられたような衝撃。
見下ろしながら睨みつけてくるフレアに、何を期待しているのだろうか。
手をやらずとも、心臓が激しく鼓動しているのがよく分かる。
「私はあんたの優しいところ、いっぱい知ってるわ」
優しくも一本芯の通った強い視線。
そんな視線を向けられるような人間じゃない。
弱々しく目を逸らすワンツに、フレアは優しい口調を投げかける。
「がむしゃらに積み上げてきた過程は無駄にはならない。そう言ったのは、あんたじゃない。だから私は、あんたの心を燃やす炎に従うべきだと思う」
フレアは痛いくらいに強く、ワンツの両肩を叩いてくる。
なおも本心から逃げようとするワンツの両頬を抑えてきて、ジッと目を合わせてくる。
「あんたは……ワンツはどうしたいの?」
「俺は……」
フレアの太陽のように輝く目を見ていると、本当に心に炎が宿ったように感じる。
これはただの楽観ではない。
自暴自棄ではない。
迷いはある。
だがこの選択に後悔はしない。
そう確信している。
「俺はセレーネに、仲間に加わってほしい」
「そう。あんたがそう言うなら、私も同じ考えだわ」
「付き合ってくれるか? ふたりとも」
「当然じゃない! あんたが腐ったままなら、私ひとりで行こうかと思ってたもの」
「やれやれ、今回ばかりは完敗ですわね」
「完敗? 何がよ」
「なんでもありません。ワンツ様のいる所が、わたくしの居場所です。どこまでもついて行きますわ」
「ありがとう、ふたりとも」
窓から差し込む光が、やけに眩しく見えた。
「セレーネに伝えに行こう。俺たちの仲間になってくれないかってさ」
ワンツは勢いよく木の扉を押し開けた。
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次回は1月26日、19時頃公開予定!
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