第23話:唯一で最大の人脈
「俺が今日ここに来たのは他でもない。あなたを、俺たちのクランに勧誘しに来たんだ」
あなたを勧誘することは、あなたの家族に大きな迷惑をかけてしまうかもしれない。
それが怖くて、一度は諦めてしまった。
「がむしゃらに積み上げてきた過程は無駄にはならない」
魔王は悪で、世界のガンで、滅ぼされるべき存在。
誰よりも否定したいこの言葉を、自分自身が信じかけていた。
世界征服? そんなものには、微塵も興味がない。
だけど。
だけど、そんなふざけた野望だって、ありかもしれない。
そう思わせてくれた人達のためにも。
大人ぶった言葉で組み上げられた交渉。
要約すると、伝えたい言葉はひとつ。
あなたが欲しい。
「君の言う通りだ、私は賢明な判断ができる人間だよ」
◇
ワンツには、締切が目前に差し迫っている重要な仕事がある。
それは個人戦を拒否するため、クランを結成することだ。
勇者側からの人海戦術に押し負け、ワンツが退学になってしまった場合、待っているのは常に命を狙われ続けるという、気の休まる暇のない生活だ。
そんな最悪の未来を回避するために、クランを結成しなければならない。
「ゲルダ、悪いけど茶を淹れてくれないか」
締切が差し迫った仕事だということは理解している。
しかし、目の前の問題を解決するための方法がない。
クランの最小構成人数である4人に、どうしてもあとひとり足りない。
解決の糸口が見つからない問題を目前にして、ワンツはすっかりやる気を失っていた。
ダラリと力なく椅子にもたれかかりながら、ワンツはゲルダに茶を頼んだ。
「はい、喜んでお淹れさせて頂きますわ、ワンツ様」
「おう、ならついでに俺の分も頼むわ」
軽く手を上げたルキウスに、ゲルダは苛立ちを隠すことなく舌打ちをする。
歯が浮くような甘い声と、内蔵が締め付けられているような低い声。
最近はどちらがゲルダの地声なのか、分からなくなってきた。
「自分のことはご自分でなさったらどうなんですか? 子供でもあるまいし」
「そうツンケンするなよ、ゲルダ・スノウクイン」
「気安くわたくしの名前を、呼ばないでくださいまし、ルキウス・ランギス」
火花が見えそうな会話を繰り広げつつも、ゲルダは流しへと歩いていった。
嫌々ながらも、ゲルダは全員分の茶の準備を始めている。
常日頃からキツイ言葉が多いが、誰かを仲間はずれにしようとはしない。
なんやかんやで、周囲に気を配れる性根のいい子なんだろう。
「ニコッ」
ワンツの視線に気がつくと、ニコッ、と言葉が聞こえてきそうな笑みを返してくる。
今日も青みがかった銀髪で右目の魔眼を隠しているが、片方の目だけでも伝わってくるようなお嬢様らしい笑顔だ。
仮面を入れ替えるように激しい表情の変化に、苦笑しながら視線を回す。
ワンツの隣の席には、フレアがしかめっ面で目をつむっている。
「うーん」
珍しく考え事でもしているのだろうか。
光が通りそうな薄い色の金髪をまとめる赤いリボンも、本人と同じように、うーん、と唸るように腰を折っている。
そして正面の席。
短く切りそろえられた髪と、制服のジャケットごしでも分かるほどに大きい肩幅。
そんな体格のよい体の上に乗っているのは、毒気のない人の良さそうな爽やかな笑顔を貼り付けている美青年。
ジロジロと眺める視線に気づいたのか、柑橘系の匂いがしてきそうな笑顔を、ワンツに向けてくる。
「どうしたんだ、魔王。俺の顔に何か付いてたか?」
「あ、いやそういう訳ではないんだが」
マリー・フローレンスの勧誘に失敗してから数日。
ワンツはここしばらくずっと気になっていた疑問を、やっとルキウスにたずねた。
「お前、なんでいつもここにいるの?」
「なんだ、俺はここにいちゃいけないのか?」
「そういう訳ではないんだけど……」
「いけないに決まっていますわ」
ルキウスがこうしてワンツたちの隠れ家であるこの小屋に来ることが、相当に不愉快なのだろう。
珍しくワンツの言葉を遮りながら、ゲルダはカップが割れそうな勢いでルキウスの前に茶を置いた。
「あなたは勇者陣営の人間です。こんなの、白昼堂々行われる密偵行為ではないですか。ワンツ様、こんな男は今からでも追い出しましょう」
茶を全員に配り終えたゲルダは、ふんと息を吐きながらワンツの隣の席に座る。
ワンツを女子ふたりが挟んで、ルキウスを睨みつけるという構図。
3対1という圧迫感のある席の配置にも、すっかり慣れてしまった。
「まあ今のところは隠すこともないんだし、それはいいんだけど。俺が聞きたいのは、次のメンバー候補のことだな」
「メンバー候補? あぁ、それな。探してる。探してるよ、必死にな」
「本当か? お前が早くクランを作れって言ったから、頑張って新校舎まで行ったのに」
「当たり前だ。それはお前の仕事なんだから」
一息に茶を飲み干すと、ルキウスは気だるげに立ち上がる。
「都合が悪くなると、さっさと帰るのですね。なんて情けない男なんでしょう」
「お前が帰れと言ったんだろ。それに末席でも、俺はテンスラウンズ。忙しい合間を縫って、お前たちに会いに来てやってるんだぜ?」
「では明日から、どうぞ忙しいお仕事やらに、集中なさってくださいな」
ゲルダとの皮肉の応酬が面倒くさくなったのか、やれやれ、とルキウスは話を終わらせる。
「最後のメンバーについては、こっちでも考えとく。だがちょっとは、お前らも頑張れよ。俺はあくまで勇者側の人間なんだからな」
背中越しに、ごちそうさん、と言い残して、ルキウスは後ろ手に木の扉を閉めた。
ルキウスの足音が聞こえている内から、あるいは外のルキウスに聞こえるようにか。
ゲルダは淡々と言い放った。
「ワンツ様、やはりあの男は出禁に致しましょう」
「それは駄目だ。勇者側との繋がりが消えてしまうからな。けど、奴の言うことも一理あるんだよな」
ワンツがクランを結成しようとしているのは、己の利益のため。
なぜルキウスがこの小屋に入り浸って助言を残していくのか、理由は分からないが、少なくともルキウスの利益にはならないはずだ。
ならば基本は、自らの手でどうにかするしかない。
「だけど俺たちに人脈なんてなぁ……」
魔王の顔は、かなりの生徒に割れてしまっている。
悲鳴を上げて逃げてくれるだけなら御の字。
風紀管理委員会を呼ばれたら最悪。
ワンツの学園生活は、こんな感じだ。
友達どころか、挨拶をするような顔見知りのひとりすら増えやしない。
そんな寂しい学園生活に涙していると、隣でずっとしかめっ面をしていたフレアが、ポンと手のひらを叩く。
「そうだ! 私たちにもあるじゃない人脈」
「えー、でもお前の友達、俺とゲルダしかいないじゃん」
「他にも友達のひとりくらい、いるわよ!」
ワンツは半信半疑の目線を送る。
「何よ、そのいやらしい目は! せっかく良いこと思いついたのに!」
フレアは不満そうに口元を尖らせると、プイッとそっぽを向いてしまった。
このままへそを曲げられても面倒なので、適当に謝りながら聞いた。
「はいはい、悪かったよ。それで良いことって?」
「ふん、まぁそういうなら良いわ。教えてあげる。私たちが持っている一番の人脈、それはアリスよ!」
腰に手を当てながらフレアは自信満々に宣言した。
赤と黄色の派手なのぼりに挟まれながら、ばばーんと効果音を鳴らしていそうな、満面のドヤ顔をしている。
「なるほど」
「はぁ……」
実際は静かな空間に、ワンツがポンと手を打つ音とゲルダのため息が同時に響いた。
「え、良い案だと思ったのに駄目なのか?」
「ワンツ様、多忙を極める学園長様に、いち生徒がそう安々と面会できるとは思えません」
「忙しいって言っても、まぁ行ってみればなんとかなるだろ」
「そうよ、私が行けばアリスは会ってくれるはずよ!」
いそいそと準備を進めるワンツとフレアを見て、ゲルダはまたひとつ大きなため息を吐いた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
次回は1月21日、19時頃公開予定!
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