第21話:唯一無二の力を持つ少女は

「不幸中の幸いだな、行こう」


 ゲルダと意志を確認しあって、ひとりで走って行ってしまったフレアを追いかける。

 薄暗い廊下を走り抜け、乱暴に開け放たれた金属の扉を抜け外に出る。

 確かにこの場所は、人目が少ないのだろう。

 巨大な校舎の影が広がっていて薄ら寒いし、地面を挟んで木々が広がっている。

 確かに人目を避けられる。

 だからこそ、ああいう奴がこういう目的で使うのだろう。


「なんだてめぇは、急に怒鳴り込んできてよぉ? 俺たちはこいつに話があるんだわ」


 先頭に立っている体格の良い大男は、肩を大きく振りながらフレアに詰め寄る。

 こいつというのは十中八九、取り巻きの男たちが囲んでいる小柄な少女のことだろう。


「部外者は引っ込んでくれないかなぁ?」


「あんたたちが、この子をいじめてるからでしょ。離してあげなさいよ」


「バカな女だなぁ、てめえはよ。お前には関係ないつってんだろうがよ」


「誰がバカですって! このバカ大男!」


 フレアは他人の悪意に敏感だ。

 少女を囲んでいる男たちの乱暴な声を聞いてしまって、反射的に駆け出したのだろう。

 優しいのは結構なことだが、もう少し巻き込まれる方のことも、考えてほしいものだ。

 困った子だと辟易しながらも、少し晴れやかな気持ちでフレアの肩を叩く。


「フレア、急にどっか行くなって」


「ワンツ! そこで待っててって言ったのに」


「こんな所で、お前をひとりにできる訳ないだろ」


「ワンツ……あんた、たまには良いこと言うじゃない!」


「こんな敵地のど真ん中で、騒ぎでも起こされたらたまったもんじゃない」


「どうして余計な一言が多いのよ、あんたは」


「あ? まぁいいや、それでこちらの人たちは?」


「あ、そうだったわ! 女の子の嫌そうな声が聞こえたから来てみれば、こいつらがその子をいじめてたのよ!」


 男たちに囲まれている少女を、フレアは指差す。

 両手を胸の前で組み、不安そうに縮こまっているので、小柄な体がさらに小さく見えた。


「そうなのか?」


 ワンツが聞くと、少女は銀縁の丸眼鏡越しに、一瞬だけ視線を送ってきた。

 しかしすぐに逸らされてしまう。

 左右に垂らした小麦色のおさげが、少し揺れた。


「あの目は……」


 ワンツに向けられた少女の目線。

 あれには、一瞬だけ希望の色が見て取れた。

 誰かがここから助け出してくれるのではないかという、期待がこもった感情だ。

 しかしそれはすぐに消え去り、まるで何かに絶望しているかのような表情でうつむいた。

 ワンツが抱いた違和感の正体について考えていると、大男が邪魔をしてくる。


「おいおい、横入りは勘弁してくれよ。俺らはただ、こいつを勧誘してただけなんだぜ」


「勧誘? その子をか?」

 

「あぁそうさ。なんか文句でもあんのか?」


「あんたらみたいなゴツい集団には、そんな大人しそうな女の子は、似合わないと思うんだが?」


「俺らの見てくれは関係ねぇだろうが。いいから早く失せな」


「そういう訳にはいかないな。あんたらみたいな男臭い輩が、か弱い女の子を囲い込んでいるんだ。そこには、何かしらの理由があるはずだろ? それを聞かないと、そう簡単には帰れないな」


 ワンツが少女に向かって一歩を踏み出すと、それをさせまいと大男が進路を塞いでくる。

 ここで少しでも怯んだ様子を見せれば、奴らはすぐに畳み込んでくる。

 余裕のある表情で見上げるワンツと、鋭い目つきで見下ろしてくる大男との間で、激しく視線がぶつかり合う。


「チッ、埒が明かねえ。いいぜ、そんなに知りたいなら教えてやるよ」


 大男の言葉に、慌てて取り巻きが出てくる。


「ちょ、兄貴いいんですか!? そう簡単に教えちまって」


「構わないだろう。女ばかり連れているし、よく見てみればこいつヒョロヒョロじゃねぇか。こんな奴に、負ける訳ねぇよ」


「おい、聞こえてんぞ」


「聞こえるように言ってんだ、当然だろ」


「へぇ、中々いい性格してるな、あんた」


「よく言われる」


 皮肉と分かって、大男はこの返答をしてきたのだろう。

 どうやら、ただ体がでかいだけの男ではないらしい。

 大男はニヤリと笑うと、少女の肩をむんずと掴んだ。

 少女はキャッ、と小さく悲鳴を上げた。


「おい」


「乱暴なんてしないさ。なぜならこの土臭ぇ女は、あのテンスラウンズ様なんだからな」


「テンスラウンズだって? その子が?」


 テンスラウンズというと勇者や、あのルキウスが所属しているという、上位10名しか参加することのできない組織か。

 ルキウスが末席と言っていたから、少なくとも少女はそれよりも上の順位ということになる。

 しかし目の前で顔をうつむかせる少女からは、ルキウスから感じたような、底しれない強者の雰囲気が感じられない。

 

「そんな顔になんのも無理はねぇ。なぜならこの女は、治療魔法という希少性を評価されただけの、それ以外ではなんの役にも立たない雑魚なんだからな」


 大男は少女に言い聞かせるように、嫌らしい笑顔を浮かべた。


「治療魔法? ええと……、てことは君は、マリー・フローレンスさん?」


 旧校舎裏の小屋で、ルキウスが言い残した名前をなんとか思い出して口にする。


「へ? あ、ええと、まぁ、はい」


 名前を呼ぶと少女は、小さくうなずいた。

 少し驚いたような顔で、少女ーーマリー・フローレンスはワンツを見る。

 散々な一日になるかと思ったが、青パーカー集団から必死に逃げてきた甲斐があるというものだ。


「偶然だろうけど、これはフレア様々だな」


「あぁ? 何いってんだてめぇ」


「おいあんた、さっきその子を勧誘してたって言ったな」


「だったら、てめぇになんの関係があんだ。お前のお望み通り教えてやったんだから、たったと失せろや」


 言葉の通り圧をかけてくる大男に負けないように、ワンツはさらにマリーに向かって一歩を踏み出す。


「その勧誘、俺たちも交ぜてくれよ。ちょうど俺たちも、その子を探してここまで来たんだ」


 驚愕。

 いや、どちらかといえばまたひとり、ややこしい人間が増えたという恐怖の目線か。

 表情を引きつらせているマリーに、できる限り優しい視線を送る。


「急に横入りしてきて、何言ってやがる。そんなこと許せる訳ねぇだろうが」


「それを決めるのはあんたじゃない。どっちかのクランに入るのか、それともどっちも振るのかを決めるのはその子、マリー・フローレンスさんじゃないのか?」


 ワンツと大男の視線が同時に送られ、マリーは小さな悲鳴を上げて縮こまってしまう。


「おいてめぇ! 分かってんだろうな。返事次第では優しい俺らも、怒っちまうぞ?」


「ヒィ! そ、その私は……」


「はっきりしろや、グズが!」


「おいその顔で怒っちまうぞは、脅しと変わらないじゃないか。なぁ、マリー・フローレンスさん」


「それは、その……」


「あぁん!? なんか俺に文句あんのかよ?」


「ヒッ!」


 堂々巡りのやり取りに痺れを切らしたのか、大男は舌打ち混じりに提案してくる。

 シンプルでかつ、この学園の人間なら誰もが納得のいく方法を。


「このままじゃ埒が明かねぇな。決闘で決めようや」


「決闘か……いいよ、分かった。ただしひとつ、条件を決めたい」


「条件だと?」


「負けた方は、今後一生その子に近づかないこと。約束するよ。もしあんたらが勝てば、俺たちは今日の出来事を見なかったことにし、忘れる」


「いいだろう、その条件で飲んでやる。どうせ俺らが勝つからな」


「決闘成立だな。ゲルダ」


「はい、ワンツ様。既に、立会人の先生をお呼びしておりますわ」


 目を向けると、額から大粒の汗を垂らした中年の男が立っていた。

 斜め後ろには、すました顔のゲルダが立っているので、余計に疲れているように見えた。


「今から呼んでもらおうと思ってたんだけど、まぁいいや。奴らに気づかれても面倒だし、まとめてかかってこいよ」


「なめられたもんだなぁ、後悔しても知らないぜ?」


 下品な笑い声を上げながら大男と、その取り巻きたちは、離れていく。


「ごめん、ワンツ。私のせいで……」


「なんでお前が謝るんだよ」


「だってあんた、決闘なんてできればしたくない。そう言ってたのに、また……」


「なんだ、そんなことか。必要だから決闘する、それだけだよ。それに、フレアがいなかったら、手ぶらで帰るところだった」


「で、でも……」


「そう暗い顔するなって。大丈夫、勝つよ俺は」


 申し訳無さそうに顔をうつむかせるフレアに笑顔を残して、ワンツは大男たちに向き合う。

 状況はワンツひとりに対し、相手は5人。

 数的には不利だが、この感じならばなんとかなるだろう。


「てめえ、どっかで見たことあると思ったら魔王じゃねえか。やっぱり魔王様は、好戦的なんだな」


 ギャハハハと大男が下品に笑うと、気分を盛り上げるように、取り巻きたちも笑う。


「決闘なんて、誰が望んでするもんかよ」


「あぁ? じゃあなんでてめぇは、決闘するんだよ」


「戦いなんて、しないにこしたことはないさ。目の前に困っている人がいて、俺にはその人を助けられる力がある。なら俺は見て見ぬふりなんてできないし、したくない。ただ、それだけだ」


「偽善者め。魔王なら、黙って正義ある若者に討たれやがれ!」


 立会人である教師が、決闘の開始を宣言した。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

次回は1月19日、19時頃公開!

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