第14話


「ライルはさ、悪い人じゃないと思うよ?」


 昼食を取りながら、マリアは友人二人――ヒルデガルトとシェリー――に対してそう告げる。

 マリアとしてはライルには入学時に助けてもらった縁もあり、人柄も含めて良き友人と慣れたらと思っていた。そして、同じクラスになれて嬉しいと思っていたのだが、同時に、同じくクラスメイトとなり仲良くなることのできた目の前の友人達とライルはギクシャクしている。

 それも、一人は事務的、一人は無関心であり、何か表立って揉めているわけではないことがかえってどう対処すれば良いのかを迷わせていた。


「……そうだな、個人としては悪い人間ではないのだろう。これは私の問題だ。気を遣わせてすまないな」


「そう、なんだ?」


 ヒルデガルトの言葉にマリアはそう返すしかない。

 彼女は帝国東部の騎士の家系であるシュタールハルト家の嫡女で、美人というよりも凛々しいという表現が似合う女の子だ。背も高く、しなやかな体躯は鍛え上げられているのがわかる。

 実技で、幅広の騎士剣を構えている様子などは、ふと見とれてしまうほどに美しかった。


(……最初はライルとも仲良くしてくれてたんだけどな)


 そう思いつつ、思い当たる節はある。

 あれは、会話の中で出身の話になった際のことで。


「やっぱり、ライルが傭兵だから? その、私はあまり詳しくはないんだけど――――」


 ライルの育ての親について話してくれた後だ、ヒルデガルトが今のような態度になったのは。


「黄昏の旅団。帝国、特に共和国方面にいた帝国貴族の間では有名だと思うよ。田舎暮らしのボクでも知っているくらいにはね」


シェリーがマリアに対して少し助け舟を出すようにして、そう告げた。


「それって悪い噂?」


 マリアは少し難しい顔をしているヒルデガルトから、シェリーに顔を向けてそう尋ねる。


「そうだなぁ、ボクは辺境とはいえ皇国の人間だからね。対して彼らが手を貸していたのは共和国で、戦争で言うと敵対していた側の国としての噂だ。その上で、黄昏という団が傭兵として悪い噂かどうかと言われると、暴虐というイメージはなかったかな? ただね――――」


「ただ?」


「ボクは知っての通り、魔術に対しての探究心はあれどその他のことには興味はあまりないんだ。そんなボクにまで噂が聞こえるということは相当な戦火を挙げたということで。そして主な戦場は帝国東部だったと聞いている。ヒルデの家の領地もそこに含まれているね」


「あ…………」


 マリアは、そこでシェリーの言葉の意味に思い当たり口をつぐんだ。

 マリア達は、所謂戦後に成長した世代だ。だが、長く続いた戦乱はすぐに全てで綺麗に終わるわけでもなく、本当の意味で小競り合いなども無くなっていったのはそこから数年を要し、そして、感情という意味ではまだしこりがあるのも事実。


「ふふ、黄昏の旅団の名前は勿論嫌になるほど聞いたことがあった。父上からもね……金銭さえ積めばどの陣営にも所属する戦闘のプロ達。私が頑迷なのはわかっているんだ。だが、どうしてもそれだけの強さを金銭で売るというのは受け入れがたくてね…………ただ、マリア。本当にライル個人に対して思うところがあるわけじゃないんだ、そこは信じてほしい」


「う、うん。私の方こそごめんね。無神経だったわ」


「ふふ、いいのさ。それにマリアはライルに助けられたのだろう? そこについてはとても感謝しているんだ……ただ、同時にマリアの行動力に危惧も覚えるから、一人でそういう事はしないようにね」


「あう……はい、気をつけます」


 ヒルデガルトがそう貴公子然に微笑むのに、マリアは自分の行動を思い返しつつ項垂れた。

 それを見て、くっくっとシェリーが笑う。


「……それはそれとして、私が言えることでもないんだが、シェリー、君もライルに対しては一歩引いているね。他の男子生徒諸君に対してはもう少し柔らかい印象だが、先程の言では私と違って傭兵という職種に思うところがあるわけでもなさそうだ。この際聞いてもいいかな?」


 そして、ヒルデガルトの言葉にマリアも頷く。

 そう、それはマリアも不思議だったのだ。シェリーは研究肌ではあるものの、ある意味で全ての人間に対してフラットに見えた。それが随分とライルに対しては引いているというか、避けている印象をうける。


「そうだねぇ…………マリア、気を悪くしないで聞いてくれよ?」


「え? 私?」


 シェリーはそれに少し考えるようにしてそう告げて、マリアは首を傾げた。

 ヒルデガルトも同様に、少し不思議そうにしている。微妙な態度を取っているヒルデガルトにとっても、自分の頭が固い事を自覚する程度には、ライルは善人のように見えたからだ。


 そして、そんな二人に対して言葉を選ぶようににして、シェリーは告げる。


「ボクはね、彼が怖いんだ……正確に言うと彼だけじゃないね。カヅキ・メディス教官についてもだ」


「怖い?」


 マリアの疑問を想定していたかのように、シェリーは苦笑して続けた。

 少なくともその笑みで、冗談であったり比喩のようなものではないのだとマリアは悟り、同時に更に不思議さが増す。


(カヅキ教官も厳しくても怖い感じじゃないし、ライルは強いけれどむしろ女の子みたいな顔もしてるけど、怖いのかな?)


「ボクはね、隠すことじゃないけれど目が良いんだよ。魔力を視認できる。マリアなら感覚はわかるんじゃないかな?」


「あぁ、それは確かに」


 ヒルデガルトは少しだけ首を傾げていたが、マリアはわかった。

 正確に言うと、マリアは法術を人に施す時に、その対象の人間の魔力の流れを感じている。そこに自分の魔力を法術としての術式をもって混ぜ合わせることで、治癒という結果を生み出しているのだ。


 だから、同様にシェリーを見た時に濃密な魔力を感じたし、それはヒルデガルトも同じだろう。

 そして、そこまで考えてシェリーが言わんとしている事がマリアにはわかった。


 カヅキ教官とライルの共通点。


「忌み子、という言葉は強すぎていけないけれど、彼らには確かに魔力が存在しない」


「ふむ、そこから少しだけ疑問なのだが、正直言って私も魔力は存在するものの、そなたやマリアのように魔術という形ではほとんど使えない。魔導具などを利用できないという不便さはあるのだろうし珍しく、差別の対象とかつてなっていたのも理解できる。だが、シェリーが言いたいのはそういうことではないのだろう?」


 ヒルダが疑問を口にするのに、シェリーは頷いて、どこか躊躇いながら告げた。


「あぁ、違うんだ。そうだね、私には彼らが死人が動いているようにすら視えてしまう、それが、怖いんだ」

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