第13話
これまでも人に教えてもらうということや、書物からの学ぶということはしたことがあったが、授業という形式で学ぶということは中々面白いものだとライルは感じていた。
特に、実践が多かったこれまでの人生における学びとはまた違って、知識を得るという感覚は何かが積み重なっていくようで好きなようだ。
「さて、ここまでそれぞれの国の成り立ちみたいなのをやってきたが、うちはまぁ士官学園と銘打ってはいるからな。ここからは直近の30年戦争についてもやっておこうと思う。正確には、そこから何故そうなったかまでを時には遡りながらだな。……いつも言っていることだが、歴史は特に見る方向によっていくらでも姿を変える。俺がこれから話していく内容は、あくまで様々な文献とそして実地によるもので、事実は事実だが、真実ではないことを理解してくれ」
教壇にはライルと同じ黒髪黒目の教師であるカヅキが立ち、ライル達を見渡すようにしていた。
基本的には座学は学年ごととなっているため、他クラスの人間も含めて1つの教室に集まっているが、それぞれ出身国が様々なため、カヅキはいつもこうして自分で考えることを必ず促す。
元々、カヅキが比較的若いことと、平民出身でかつ、
「さて、30年戦争の始まりについては、色々と言われているが、法国と帝国の戦争がヴェールヴァル、二カ国の間に挟まれた穀倉地帯であった事は事実としてある。それぞれの国ではどう始まりとされているか、そうだな、それぞれの国の出身に答えてもらうのも面白いか」
そう言ってカヅキは生徒たちを見渡し、一人の生徒で目線を止める。
「頼めるか?」
「承知しました」
そう言って話し始めたのは、エミール・ドルレアン。ライルのクラスメイトだ。
マリアと同じヴァロリュー法国の出身で、しかも王族だという。ヴォルフなどは、貴族ならばともかく、王位継承権が低いとはいえ王族が他国の学園に来るなど随分と珍しいとも呟いていたが、正直ライルにはその辺の珍しさは分からなかった。
ただ、この一月で知ったことと言えば、王族という言葉の響きにある意味では納得し、そして意外でもあったこと。
傲慢と言えばそうなのだろう、テオ・マルシャンという同じ法国出身の少年を当たり前のように使っていたりもするのは、表面上は学園においては同列という定義の身分差というものを受け入れているように見えるし、ライル達に対してもどこか上からの言葉遣いのようには感じていた。
だけど、それだけではなく、意見は誰のものでも聞くし、授業態度も真面目だ。何より勤勉で真面目であることは、立ち振舞からも、そして実技で剣を合わせることでもライルには感じられる。
尤も、その勤勉さが全ての人間と合うとは限らないもので、離れたところに座るロールをちらっと見て、ライルは少しため息をついた。
「
ライルがそんなことを考えている間に、エミールは頭の中でまとめたのであろうことを端的に語り、カヅキへと意味ありげに視線を向ける。
「そうだな。エミールは法国の中でも、より事実を知っている立場だろうから敢えて問わせてもらったが、一般論と、それだけではないという含みで答えてくれて助かる……では帝国側としても、そうだな、ヴォルフ、頼めるか?」
「は、そうですね。帝国として伝えられていることは、今エミールが言っていたように帝国側から侵攻したというのはその通りです。ですが、そこにはヴェールヴァルからの要請があったということになっていますね。勿論それぞれの国にある大義を自国内に話すのは当たり前のことではあるでしょうが、実際に何の名分もないままに攻め入るとも思えませんので、ある程度事実なのではと思っております」
ヴォルフがカヅキの言葉に対して冷静にそう告げた。それをエミールもまた、落ち着いた素振りで見ていた。
少しだけ、教室がざわつくのを感じる。
ライルもすべてをわかっている訳では無いが、それは法国と帝国の生徒たちからだった。
「二人共意図を汲んでくれて助かるよ。さて、それぞれの中には主義主張もあれば、幼少より教えられてきたことなどもあると思うが、ここにいる人間はわざわざ他国に学びに来ている人間たちだ、事情はあれど視野が比較的広いほうだろうさ。でもわかるよな? それが知らないということだ」
カヅキがそう言って周囲を見渡しながら続ける。
「俺は知っての通り元々傭兵でな。まぁ気づいた時には戦場だったよ。で、そんな戦争が終わって、この世界の歴史ってやつにも興味が湧いて色々とあちこちを回ってな、どうして小競り合いで終わらなかったのか、そして、どうして世界に戦火が広がったのか、その辺についても話していけたらと思っている…………だが今日はいい時間だからな、ひとまずは次の課題としよう。それぞれ考えておくように。以上!」
カヅキがそう言って教室を出ていく。今日の午前の授業も終わり、ライルはぐぐっと伸びをした。
基本的には午前中は座学、午後は実技の訓練となる。そんな生活にもライルもようやく慣れてきたところだった。
「ふふ、お疲れ、ライル…………随分と興味深そうに聞いてたわね」
「マリア。そうだね、実際僕がこれまで習ったことがあるのって、読み書き計算みたいな報酬に関係すること、後は戦術や魔法、陣形や地形みたいな戦闘に関わることでさ、歴史みたいなことって本当に知らなくて、楽しいんだよね」
「うんうん、カヅキ先生の授業はわかりやすいしね」
ライルに声をかけたマリアは、あははと笑う。
入学前の一件から、約束通り入学して再会したマリアとは、こうして友好的な関係を築けている。だが――――。
「マリア、お昼に行かないかい? ……ライル・メイズリー、もう良いかな?」
「あ、うん。またね、マリア。それにヒルデガルトさんも」
マリアに対してのとても友好的な声色に続けて、同じ口から出ているのかと疑うようなとても平坦で事務的な声をだした彼女に対して、できるだけにこやかにライルは会釈する。
それに、これまた義務的な会釈を返して、教室の外へと出ていく彼女を見て、マリアは少し困ったようにライルに手を合わせて、後を追った。
「ふう、悪い人間ではないのだが少々頭が固いというかな。同郷として謝罪しておく」
「いやいや、人それぞれ事情があるからね、それに面と向かって敵対されているわけでもないし」
ヴォルフにそう笑って答えたものの、せっかくのクラスメイトなのだから揉めたくはないのだけれど、とライルは思う。
ヒルデガルト・フォン・シュタールハルト。
ヴォルフと同じく帝国の出身で、入学以来マリアともう一人の女生徒と仲が良い。
最初はライルに対しても友好的に接してくれていた、むしろ剣技としては色々と意見も交わせていたのだが、ある時から今のような態度となってしまった。
「傭兵に対して思うところがある人間は、多いからな。特に彼女は騎士として名高い家系だ」
「でも家のことを出したらヴォルフもそうでしょ?」
「…………まぁ人それぞれということか」
「まぁ、何とか実習っていうのの前にはぎくしゃくしないようにはしたいけどね」
そう言って、それぞれ苦笑を交わす。
入学して一月、これがライルのちょっとした悩みの一つだった。
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