第11話


 きっと本気ではないのだろうけれど、学園長から放たれた殺気と超えた闘気とも呼べる圧がライルの身体を縛り付けようとするのを、双剣を強く握ることで振り払う。

 それぞれの受験生が組み終わった後、それぞれの試験は意外なほどに時間はかからなかった。


 それは、この圧に抗えるかどうかがはっきりと分かれたことと、更には――――。


「ふふ、三人とも意気や良し」


 そう嬉しそうに笑う目の前の男性が数合で判断してきたからだ。

 これまで最も保ったのが二組。


 宮廷剣術に魔法を組み合わせた青年をリーダーとする組と、騎士剣を用いる凛とした少女の組だった。

 まぁその他にも少し気になる人間はいたが、とりあえず理解したことはある。


「…………先手必勝、みたいに言えればいいんだけどね」


「全くだ、かと言ってあれを何度も止める自信は無いが、信じるぞ?」


 ライルの呟きに、ヴォルフが重く頷いた。


「いや、そもそも一度でも受けれると思えるんが頼もしいわ…………ほな、いこか!!」


 だが、そんな二人にロールがそう苦笑するように言って、そして、言葉とともに行動を開始する。

 お互いの癖も実力もわからない中で合わせる力がどれだけあるかも生き残るための重要なファクターの一つでだ。

 事前に二人との打ち合わせはしているものの、知ったのはそれぞれの基本スタイルと得物のみ。後は、おそらくを自他ともに見誤っていないかへの信用。


 ロールが得物である長弓を番え、放つ。

 それはある意味では相手を信頼した、必中の矢。


「ぬんっ!!!」


 だが、その矢は呼気と共に振り払われた学園長の得物に打ち払われた。

 続けざまに、同時に両手の双剣を構えて左脇を狙ったライルに対して、大柄な身体に相応しい膂力と驚くべき俊敏さで、手に持つ戟が振るわれる。


「…………ッ!!!」


「はっは、やるのぉ……!!!」


 しかし、そこからの光景に周囲は驚愕の気配に包まれた。

 尤も、当のライルにはそんな余裕はないが。


(くっそ、その歳で団長やカレルより重たいって……人としてどうなの!?)


 鋭利さよりも丈夫さを優先するという双剣で自分よりも二回りも大きな体躯から繰り出された一撃を受け止めきったライルに、学園長の動きが一瞬止まった。

 そこにロールの二の矢と、ヴォルフの上段からの切り下ろしが襲う。

 しかし――――。


「ちょっ……!?」「ぐぉ……!!!」


「……まさか受け止められるとは思わなんだ。カヅキと同郷か、さもありなん」


 そう呟きながら回転と共に長い柄とを用いながらライルを更に力を込めた膂力で、そしてヴォルフの片足ではじぎ飛ばす。

 そして、そのまま踏み込んだ先は。


「そう来るよなぁ……」


 どこか諦めたようなボヤキとは裏腹に、洗練された動きで弓を棄て短槍を引き抜いたロールだった。


 ――――ッ!!!


 学園長の踏み込みに対して臆すること無く対応できたロールは褒められるべきだろう、だがその短槍は余裕を持って見切られ。


「ぐふ……」


 そして、柄で腹部を突かれたロールは倒れ込む。

 だがその隙に再びライルが双剣を、ヴォルフが長剣をもって背後を襲った。

 

 キィン――――


 金属と金属がぶつかる甲高い音が響き渡る。言わずもがな、学園長の戟がそれぞれを受け止めた音だ。受けられたと悟るや、ライルは一瞬で下がり、回り込む間に今度はヴォルフが学園長を抑えようと試みる。


「即席の連携にしては随分と良いの、じゃが、流石に入学前の若人に一撃入れられるわけには、いかんのでな」


 だが、次の瞬間にはヴォルフが弾き飛ばされ、学園長がライルを迎え撃たんと振り向いていた。


「その身体で早すぎでしょ!?」


 ライルはそう叫びながら、しかし覚悟を決める。

 正直に言って、これが仕事ならさっさと撤退している実力差だった。

 吹き飛ばされたヴォルフを見送る余裕もなく、ライルは双剣を不規則な軌道に操りながら何とか一撃だけでも当てようと試みる。


「よく育っておる、だが、まだまだ若い、く学ぶと良かろう」


 だが、その軌道は読み切られていたようで。

 受けられたと同時に腹部に受けた衝撃の元は、ライルには見えなかった。ただ浮遊感に世界が回って。


「……っつぅ」


 何とかライルが衝撃と痛みに耐えながら起き上がって構える。視界の端で、復帰したロールと、同じように起き上がったヴォルフが見えた。

 呼吸を整える。後少し、もっと早く。ライルの頭の中で少し試験という意識が薄れて戦闘へと思考が切り替わっていく。


「そこまで!! 学園長じぃさん、もう十分楽しんだでしょ。それ以上やると怪我させちゃいますよ」


 だが、カヅキと呼ばれた黒髪の教官がそう学園長に声をかけたことでライルの思考は途切れる。

 そして、ふう、と一息をついて汗を拭う。今の数合のやり取りだけで、随分な発汗量だった。


(参ったなぁ、もう少しやれると思ってたんだけど)


「うむ、三人とも合格じゃ。即興ながらに効果的な攻め、胆力に実力も含めて申し分ない。その歳で大したものじゃ」


 だが、そんなライルの内心とは裏腹に、学園長の声には本音からであろう感嘆が乗っていて。


「……いや、その歳で、は別の意味でこっちの台詞やねんけど」


 ロールがぼやくように言って、ライルとヴォルフもコクコクと頷いた。そして、緊張が解けたからか笑いが出てしまう。


「では、これにて、本学の実技試験はお終いじゃ、筆記試験共々、正式な合格の通達は予定通り明日!! 縁があったものも、残念ながら無かったものも、それぞれご苦労であった!!」


 そして、場内に響く声で学園長が言い放ち、ライルにとっての入学試験はこうして終わりを告げた。

 星暦1648、芽吹を告げる季節の事だった。


 後に、この日学園に集ったもの達の中においての、名が残っている人間の多さに研究者は記している。


 ここで彼らが出会う事無ければ、おそらく世界の在り方は全く違うものとなっていたことだろうと。

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