第6話


 あの後で深々と頭を下げるピックとサリに手を振って別れたマリアとライルは、スラムを出て改めて学園のある方向へと向かっていた。

 マリアは最後まで少し心配していたが、最後に声をかけてきた顔役らしい男が助けた二人には手出ししないように配慮すると明言していた事と、実際ピック達に危害を加える意味もあまりないとライルは思っている。


 そうして元の大通りに出たわけだが、やはり通り一つで随分と違うものだった。

 表と裏があるのは一定の規模のどこの街でも同じではあったが、様々な国から人を受け入れている学園都市というだけあって、スラムの規模は比較的小さかったし、かなり整備されている印象をライルは受ける。


 そんな風に、これから暮らすこととなる街を、少し職業病のようにも観察しながらいたところを、同じようにこっちは随分と賑わってるわねぇと言いながら見渡していたマリアがライルに問いかけた。


「結局のところ、君は何者なの?」


 その際に、言いづらかったら良いんだけどもう気にしないとか無理だから、と前置きを置く辺りに随分とまっすぐな子だなぁと思いながら、でも問われた言葉に少し困ったようにライルは笑う。


「うーん、何者と言われると何者でもないんだけれど……でもちょっとだけ親が特殊でね」


「特殊?」


 どこから説明したものだろうか。

 ライルが育ったのは傭兵団。尤も、略奪なども含めて評判が悪いような団もあるがそういうものとは違い――というか違うからこそライルは今のライルでいられている訳だが――ではあった。


(でもなぁ、そもそも真っ当な傭兵団って何さっていう……)


 ライルは育ての親が常識を置き忘れてきた反動か、団の中でも振り回される側の常識人達に学んだおかげか、比較的普通の感性を持っている。

 育ちが良さそうで、しかもその上で真っ直ぐに育っていそうなマリアに、どう説明したものかと迷っていると、マリアが申し訳無さそうに言った。


「あ、ごめんなさい。ほぼ初対面なのに踏み込みすぎたかしら……」


「あぁ、いや。そういう訳じゃなくて。隠しているとか気にしているでもなくてさ…………まぁいいか。簡単に言うと、僕は元孤児で、売り飛ばされそうになったところを傭兵団の人に拾われてね――――」


 本当に申し訳無さそうにするマリアに少しだけ慌てて、ライルはそう話し始める。

 身の上話なんてしたことはないから、支離滅裂ではあったのだろうけれど、ライルの言葉にマリアは引くでもなく時に驚き、時に笑いながら聞いてくれ、ライルは初めての、同年代との談笑というものを経験していた。


 そして最初の躊躇いが、そんな同年代の友人というものに対して、引かれたくないという普通の感情だったことには気づかないままだった。



 ◇◆



 駅から町の大通りを通って、小高い丘の上にその門はあった。

 門の奥にはいくつか少し背の高い建物が立ち並んでいて、噂通り中々の規模の学園のようだ。

 馬車なども含めて、人通りは少し少なくなったものの、後は向かっているのは学園の関係者か、あるいは同じように試験を受けに来た人間なのだろう。


「さて、と。最初は筆記試験というのは聞いてるから、ひとまずはここまでかな? その後の実技試験。後は何か入学してからも最終試験があるらしいけれど……」


「ええ、また後で、合格して会いましょう? ……そういえばライル、貴方筆記の方は? その、実技は大丈夫そうな事はわかるんだけど」


 ライルがそう声をかけると、マリアが頷いて、ふと不安げな顔をして言った。

 それにライルは笑って答える。確かにライル自身、周囲にいた人間を思い返すとマリアの心配もわかる。

 ライルが生まれてからは当たり前のように流通もしていたが、技術革新が起きる前は、そもそも書物も少なく識字率もかなり低かったのだそうだ。だから、その頃から戦っていた人間たちの中には読み書きはできないものが多かった。


「心配してくれてありがとう。傭兵ではあったんだけど、一応読み書き計算はできるんだ。その、育ての親が本当にそういうのが駄目でさ、報酬の計算や色んな消耗品の管理や商人とのやりとりもしてたから。基本的には荒いんだけど、そんな団にも色々居て教えてもらってね……尤も、魔法の才能は一切無いんだけれど、戦術とかそういうのも習ってるし」


 特に副団長であるジンさんは、元々は法国の神父という人で、過去にちょっと信仰について揉めて暗殺される前に亡命、そして旅をしながら信じる道を説いているうちに団長と出会って団を立ち上げたという変わり種である。

 まぁ見かけは筋骨隆々に禿頭の大男なので、全くそうは見えないのだが、実際冷静沈着で温和、ライルがきちんと人として育つことが出来たのは間違いなく彼のお陰だった。


 そして、ライルとともに、破天荒が服を着て――時々団長は着ても居ないが――歩いているカレル達のフォローをしつつ一緒に振り回されてくれる人だったので、ライルの選択を最も尊重し、そして同時に最も惜しんでくれたのもジンである。


 後はメリルという女性魔術師がジンだけでは知らない学術としての知識も教えてくれていた。

 ジンのように無償ではなく、ライルの少々変わっているらしい体質の実験と引き換えに、なのでかなり狂科学者然としたところはあるが、淹れてくれるお茶と料理も美味しく、家事全般が壊滅的な育ての親カレルよりも、よほど母親の味を感じる。


 そんな風に言うと、マリアは堪えきれないように吹き出して言った。


「……あはは! なんだかさ、ライルの話を聞いてると傭兵に対してのイメージがどんどん崩れていくんだけど」


「うーん、一応変な団だったのは間違いないから、元の警戒はそのままにね。あ、あの建物かな、時間には余裕あるけど、もう入ってようか、確か番号が……僕はこっちかな」


「あ、私はあっちみたい。そっか、別なのね。…………じゃあ、またねライル。あのさ、正直ね、少しだけ緊張もしてたんだ、私。それが吹き飛んじゃったみたい、あなたのおかげよ改めてありがとう!」


 そう言ってマリアが手を振って歩いていく。

 やはり綺麗な金だな、とその揺れる髪に一瞬見とれつつも、ライルも赴こうとして、ふいに吹いた風と、それに流された花びら達に目を取られ顔を見上げた。



 ライルの視線の先で、芽吹きの季節を告げる花が、ふわりと舞って。

 それはどこか、ちょっとした出会いと、旅路を、祝福してくれているようだった。


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