第5話

 

 (くそ、どうしてこんなところにこんなヤツがいやがる)


 静止の声を上げ、手下の何人かを無力化した青年に相対するケニー・オメガは、内心で焦る心を必死で抑えていた。


 ケニーは戦争が終わったことにより食い扶持を失い、他国から流れてきたうちの一人だ。

 お抱えになれるほどの実力はなく、また、国に属するほどの真面目さもなく、しかして長い戦争を生き残れるだけの実力と分別も比較的あった彼は、スラムの顔役の一人になってそれなりに長い男だった。


 元々は、スラムに紛れ込んだ世間知らずの学園生がいると聞き、様子を見に足を伸ばしただけだった。

 女の容姿が優れているという話に惹かれたのもある。


 クロスフェイトは士官学園のある街だ。

 新入生とは言え、スラムのごろつき程度では相手にならない相手も時には存在する。


 だが、それでも基本的に数は単純かつ最大の力だ。囲んで脅せばいいし、戦場を経験していない腕自慢程度であれば、ケニーは何とでもできる自信はあった。

 遠方から移動してくる、学園生に手を出すのはご法度、というか組織ごと潰されかねないが、まだ学園に入学していないなら、道中の不幸の事故だ。知らぬ存ぜぬも通る。

 容姿的に高く売れるし、よしんば訳ありで足がつくから売れなかったとしても、楽しめるだろう。


 しかし、そんな皮算用はその場の黒髪の青年を見て吹き飛んだ。

 今は一刻も早く場を収めなければならない。


「ケニーさん、それは流石に――――」

「黙れ。 で、どうだろうか? この場では何もなかった。俺たちは君たちには会っていないし、君たちも俺たちのことは知らない」


 状況を読めていないスラムの下っ端共がなにか言っているが端的に黙らせ、回答を促す。

 ケニーは、目の前の青年の事を知っていた。


「それは、僕らが行った後のこの子たちの身の保証と合わせての回答でもいいのかな? 流石に折角助けた子達が虐められるのは後味が悪いのだけど」


 ライルが後ろにいる少年少女を指して淡々と答える。

 ケニーとしては話が早くて助かるという思いだったので、それに頷き即座に答えを出した。


「それは俺の名のもとに保証しよう。流石に全ての揉め事から離すという訳にはいかないかも知れないが、少なくともこの件で手出しすることは禁ずる」


「じゃあそれで、もうわかっているとは思うけど、今日からこの街の学校にお世話になるつもりだから、後で様子くらいは見に来るよ」


「……わかった」



 ◇◆



「話はちらっと聞いたが何だってんだ? ちょっと腕っぷしの強いガキに舐められたまま返したって聞いて耳を疑ってるんだが」


 ライルとマリアが立ち去った後、残されたピックとサリに対しての手出しを禁止(脅)し、本人たちにも何かあれば言うように言い含めると、ケニーは足早にスラムの顔役を招集した。

 そこで集まったうち、古株の一人であるジョニーが苛立ちより戸惑いが先に立つような問いに頷き、ケニーは自分の判断が間違っていないことに安堵した。

 

「あれは、『あかひろ』だ」


「はぁ? ――――マジなのか?」


 ジョニーが驚くのも無理はない、ケニーもそう叫び出したい気持ちだった。


「あぁ、一度見たことがある。俺が見たときより成長していたが、ただでさえ珍しい黒髪黒目の、しかも双剣使いで腕が立つガキがそうそういるとは思えねぇ。学校とか言ってやがったが、もしかしたら一緒にいた女の護衛の依頼なのかもしれん。だとすると、ちょっとの邪魔でもまずいことになる可能性がある」


 それがケニーの導き出した結論だった。


「一体何だっていうんです? あんたらが知っているくらいに有名なのかもしれませんが結局はガキ一人でしょう? 俺らの領域に入ってこられて無条件で舐められたまま返すなんて」


 そう明らかな不満を隠せないのは、スラムで生まれ育った中から腕っぷしでのし上がって来た、若いごろつき達のまとめ役――確かゾイといったか――だった。


 ジョニーやケニーのように、知っているものはいい。

 だが、怖いもの知らず、いうなれば後先考えない者の方が多く、しかし、今はその無知のまま放置するにはリスクが大きい。それもあってケニーは暴発が生まれる前に説明するため集めたのだった。


「わかっている、ジョニーのように知っている奴もいれば、知らない奴もいるだろうからな。だが、もしも俺の想像通りのやつで、金髪の女の護衛なら、知らないじゃ済まない。、で全員殺されたくなければ黙って聞け」


 それに反論するやつはいないのを見て、ケニーは言葉を続けた。


「そもそも、知らないやつのために話しておくが、戦場を生業なりわいとしている傭兵連中にもレベルはそれぞれだ。個人で動いている奴もいれば、団として行動している奴らもいる。そして、その中でも絶対に敵対しちゃいけない奴らってのは存在する。『あか』はそんな中の、とびきりやばいやつの一人だ」


 味方に引き入れれば勝利を得るとすら言われた、最大規模の傭兵団、黄昏の旅団。

 ケニーからしたら化け物揃いのその団の中で、紅は団の顔とされる連隊長の一人だった。


 紅――カレル・メイズリー。


 ただ一文字の異名を付けられたその女傭兵の戦を、ケニーは一度近くで見たことがある。

 劣勢の中、突如燃え上がった炎と、炎の中で恐ろしいほどの美しさで敵を蹂躙する姿を。

 その身には信じられないほどの膂力で大剣を振るい、炎の精霊に愛された赤い髪をなびかせ、無慈悲に焼き尽くし、磨り潰す。

 鮮明な赤髪に瞳、鮮烈な炎、鮮血に染まった大剣。


 忘れられない。

 人はあれほどまでに、人を蹂躙できるのかと。

 才能なんて言葉では言い表せない、畏怖に似た震えを。


 その紅が、不吉と言われ嫌厭されている黒髪黒目のガキを連れ回すようになったと噂を聞いたのはまだ戦時中だったはずだから10年以上は前だったはずだ。

 あの女傑に乗れる男が居たのかと揶揄されることもあったがそれは立ち消え、実際は気まぐれに拾ったらしいと聞き妙に納得したのを覚えている。


 そして数年後、異常に強い黒髪黒目のガキが旅団にいるという噂が流れたときも、同様に納得したものだった。戦場に近しい場所でに育てられた人間が、普通なはずがないと。


「そ、それが例のガキだって言うんですか!?」

 

 昔話をするように淡々と語るケニーに、堪らずと言ったように言葉を漏らすゾイに頷き、ケニーは続けた。


「まぁ、流石に強いとは言えガキはガキだ。 …………でもそれだけじゃねぇのは普通に考えりゃわかるだろうが。もしこれが仕事だった場合、後ろには『紅』が、最悪旅団も関わってたら俺たちは終わりだ。別に事実がどうかとかじゃねぇ、念のため、道をならすように潰されてもおかしくはねぇ」


 だから、何があってもあいつらと、気まぐれなのか助けたっていう二人のガキには手を出すな。暴発しそうなやつは、痛めつけてでも止めろ。少なくとも俺は、メンツのために死ぬ気はない。

 ケニーはそう言って締めくくった。

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