【天炎】この恋が世界を救う力となる〜地上に降りた宿命の二人〜

天雪桃那花(あまゆきもなか)

序章

 空は澄みきり、今日は穏やかに時間ときが過ぎる。


 俺は大河の横の草むらの土手で仰向けに転がり、足を組んで真上の風景を眺めていた。


「どうした? 憂い顔で」

「あっ!」


 突然、気になるあいつに顔をのぞきこまれて、俺は飛び上がった。

 ドキリとした。

 無垢な笑み、棘のない態度。

 気心を許し合えてた。産まれた時から俺たちは互いに傍にいた。

 長年の付き合いが、俺に遠慮しない心地よい彼女の隣りを提供してくれてる。


 俺と君は親しい友人――、だが、俺はそれだけの関係でとどまりたくない、終わらせるつもりはない。


 どくどくと脈打ち拍動で胸が騒がしく、鼓動がますます早まっていた。

 親しげな微笑み、彼女の美しい瞳は今は俺だけを映してる。


「いやなに……どうということはないよ」

「そう? ならかまわんが。悩みごとがあるなら速やかに私に相談してくれ。私とあなたは幼なじみで相棒ではないか。隣りに座っても?」

「ああ、いいよ」


 横に座る彼女の顔も姿も、俺はまじまじと見つめた。

 毎日顔を合わせているのに、こんなにときめいてしまって、会うたびに新鮮な驚きで満ちてしまうのはなぜだ。


 にっこりと微笑む彼女の瞳を直視できない。

 そのくせ、また。俺はちらりと彼女を見る。


 俺はまた瞬く間に瞳を奪われる。

 ――君から目を離せない。

 募らずにはいられない、好きがさらに想い重なる。

 真冬に降り積もる雪のように、純白のそれはいくつもいくつも、抱えきれないぐらいの愛に変わっていった。


 黒く艶めく長い髪は高い場所で髪飾りひとつで止められ、風にそよぎなびいていた。

 潤んだ黒曜石の宝石のような瞳には、優しさも厳しさも光をともしている。

 ……時折り可愛くって……。

 さらに彼女はすこぶる美しい。


 俺は何度目かの告白をしようとして、……める。

 どうせ。……受け入れてなどもらえないのだ。


 ――目前のあいつは、かつて言った。

 我らは人々や神々、そして天上神界を始めとする現存世界げんそんせかいを守る使命を持つ。

『そんな私たち武神に、恋愛など必要あるのか?』

 唯一の相手に向ける恋や愛情は危険をはらむ――と。


 果たしてそうだろうか。

 俺はそうは思わない。


 彼女は自らは与えたくさんの人間や神々に慈しみと愛情をかたむけるくせに、俺からの好きや愛は決して受け取らない。

 自戒の想念と信じる真心で生きている。


「「――むっ!」」


 突然! 大量の邪気が川の向こう岸から現れた!


「やべえっ! なんか悪霊のたぐいが出やがったか!」

「あ奴らが結束して塊になれば、強力な悪鬼になる! 急ぐぞっ」

「ああっ」


 俺と彼女とほぼ同時に立ち上がると、念じて光り輝く独鈷を空中から取り出し、握りしめる。


「総隊員に告ぐ――! 悪鬼襲来! 悪鬼襲来ー! ああ、将軍どこっすかー!?」

「私はここだ」

「俺もここにいる」


 仲間の隊軍士たちが群れで細身の妖刀を持って空を飛び駆けつける。


 まだ、序の口だ。

 現れた無数の悪霊は妖気も邪念もまとまりはなく弱い波動しか出していない。

 見た目の姿形こそ異形の巨体な悪鬼だが、まったくもって恐怖心も邪念の放つ圧力も感じられない。

 集まり悪鬼になりたてなら、簡単に調伏して倒せるはずだ。


 俺は彼女と視線を合わせた。


 ――笑ってやがる!


 余裕な笑みを見せた彼女がいたずらに笑った。


「私たちは最強の相棒だろう? あんなの二人でさっさとぶった斬ってやっつけてしまおう!」

「おいおい。『さっさとぶった斬る』って。まあ、簡単なことだが、油断はすんなよ。……あの悪鬼やろう! 口から火を吹いて武器の金棒かなぼうを振りますたあ、上等じゃねえか」

「ふふっ。あんな鬼、我らが手子摺てこずるなどありえん。ようようにして容易たやすい。火事になる前に始末してくれる!」


 俺は彼女と一緒のタイミングで、地面を両足で力強く蹴って、青い大空に飛び出した。

 悪鬼はますます巨大になっていったが、あんな生まれたてのひよっこの邪気の塊は俺たちの敵じゃあない。

 

 ――「「【調伏火焔斬ちょうぶくかえんざん!!】」」――


 俺と彼女の独鈷が愛刀に変化し、しっかと火焔の力を放つ!

 そのまま、二人で出来上がったばかりの悪鬼を天誅する。

 俺は横いち文字に、彼女は縦いち文字に、呼吸をあわせて、二人で悪鬼に刀を斬りつけ、念を込めた。

 悪鬼は「ぎゃあああああっ」と咆哮をあげ、倒れていく。

 割れた巨体が結びが剥がれてつぎつぎに大河のなかに沈むと、波飛沫なみしぶきを立ててあたりに海の波のように川の水をあふれさせた。


 それからわずかののち、巨体の悪鬼は見る見るうちに光の粒子に変わった。

 実体のない邪念や無念や負の感情を実物として形作り妖怪化しかかった悪霊の鬼は完全に調伏できた。

 調伏すれば、――それぞれ、邪気や負のモノは消える。


 あとに残滓を残らず祓うように清浄で正常な、天上神界の風が吹いた。


「ほうら、我らの手にかかればなんてことない」

「まあなあ。お前となら、無敵な気はする」

「ふははっ、無敵は言いすぎだろう。あなたに褒められ、ほんのり心地は良いが。私だって、ちゃーんと相手の力量は見極めているのだ」


 俺は、爽快に笑う彼女を抱きしめた。

 数秒、彼女は俺に抱きしめられたままだった。


「……俺とこうしているのは、……イヤじゃないんだろう? ……なあ、イヤか?」

「どうしてそう惑わす? 私は戦いに身を投じていればそれで良いんだ。満足だ。……離してくれないか? もうすぐ部下が駆けつけてくる」

「見られたっていいじゃねえか。……お前、俺のこと、少しは好意を持ってくれてるんだろう?」

「ああ」

「……だったら!」

「それはあくまで戦場を駆ける相棒としてな」

「……おいおい、まじかよ。お前はまったくなびかねえな」

「あのさ。私はあなたをずっと昔から信頼もしているし、あなたになら背中をあずけられる。そういう意味では好意的だし、唯一無二の存在だ」

「はあーっ! もうっ、頑固だなあ。俺は諦めねえから。ぜってえに、お前に俺のことが大好きだって言わしてやるからなっ!」

「はいはい、せいぜい頑張ってください。……いい加減、離れろ」

「くっそっ! 俺にはお前しかいねえし、お前には俺という男しか似合わないこと、思い知らせてやるからな。覚悟しておけ! 俺の存在を刻め、覚えてろよ」

「フフッ。あのね、そういうセリフはなんだか悪役っぽいですよ? 私たちは天界のね、百歩譲っても正義の味方、……ヒーローなんですから」


 俺は、笑って逃げるように駆け出したあいつを追いかける。

 あいつと俺は足の速さも五分五分、剣の腕も、武術も調伏技も、正直言って実力はほぼ同じだ。


 だが、明らかに負けている。


 俺は、――彼女に百%以上惚れているから。





 ――それから数日後。


 くだされた任務で、俺と彼女は地上に降りることになった。


 天上神界から、現世人間界へと――。

 悪鬼退治は本格的に巣窟である現世人間界に舞台をうつす。


 なぜなら、悪鬼は邪念や負の感情が生み出す魔物だ。

 そう、その邪気を吐き出すのは、人間である。


 良い人間だって、落ち込めば邪気を放つし。

 悪い人間は強い煩悩や邪な想念や、時にはもっとも恐ろしい他人や他の生き物に殺意すら生む。


 俺たちはそうした、あふれて天上神界にまで影響を及ぼしはびこるようになった多くの悪鬼を滅ぼし調伏するために、天上界を治める偉い神々から天命を受け、退治することになった。


 ただし――、人間の赤子として生まれるため、覚醒には数年の時がかかる。


 きっかけはなんだかは、教えてもらえなかった。

 そのあいだ、調伏命令は俺たちの部隊の部下が引き継ぐことになった。


「お前ら、死ぬんじゃねえぞ!」

「将軍〜、お二人とも同時に下界に降臨だなんて寂しいですぅ」

「お達者で!」

「すぐ帰ってくるさ。天上神界の治安も民たちや神王しんのう様のことは頼んだよ」

「うぅっ……、はい」

「「泣くなっ!」」


 俺と彼女あいつが仲良く声が揃い、部下たちに喝を入れたところで、俺は気を失った。


 ……これから地上で、現人間世界で壮絶過酷な戦いがはじまる。


 だが、俺には愛している、心強くて相棒がいて。

 彼女はいつでも俺に対して素っ気ないが、いつか俺の恋人にいずれは伴侶になってもらおうと、心は熱くたぎって燃えていた。


 まずは、にっくき悪鬼たちをやっつけよう。

 そしたら、平穏な世の中になったらさ、あいつだって気持ちが変わるかもしれない。


 だって、戦う使命をまっとうするために、真面目に生きてるあいつ。

 ことがおさまれば、剣を振るう必要も、目的だって使命だってなくなるじゃんか。


 いいこと、考えた。


 俺だって、生きとし生けるもののためにと思い正義感から剣を振るって悪鬼を退治するが、神様だって楽しみがあったって良いじゃねえか。


 ご褒美、ご褒美。


 いつかあいつが褒めてくれることを願って。

 現世では恥じない生き方をしよう。


 そうして、いいとこ見せて、俺の正真正銘の恋人になってもらおうじゃねえかっ!


 う――――っ!! 燃えてきたあぁぁぁぁっ!!


 覚悟してろよ、悪鬼!


 あと、澄ました顔してられんのも今のうちだぜ、……なあ、帝釈天?

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