2091

蕗山すい

2091_1_つれづれなるままに

この星が汚染されて以後、私たちは暗い空しか知らない。

空と私の間にある天井の磨り硝子から見える景色は常に灰色にぼやけている。初めから磨り硝子だったのか、汚染でどうしようもなくなっただけなのかはわからなくなっていた。

硝子張りになっているドーム状のここは、避難シェルターだったものだ。いつからか、緊急時のものではなく日常生活の場になった。ドームは中心にある地下の街へつながるエレベーターを軸にする形で放射状に区切られている。その区切られたいくつかある部屋の一つで私たちは暮らしている。

「4番さん、ご飯の準備大体終わりましたよー」

落ち着きのある声で名前を呼ばれて振り向くとそこには2番がいた。

「やったー!はやく5番も帰ってこないかなぁ」

現状も忘れ、私は喜びの声を上げる。生活していく中で、忘れることが得意になっている気がする。

私の言葉に2番が応えた。

「5番さんは出かけるときに先に食べてていいって言ってましたけど…」

「えー今日は特別なんだから一緒がいいよー」

「そうですね、もう少し待ってみましょうか」

環境の悪化した今、もはやまともな食事など望める状態ではなかった。ここではなく、汚染が届かない地下街に逃げ込めた裕福層は違うのだろうが。そんな状況なので、かろうじて残っている割かしまともな食材は特別な日に食べることにしよう、とみんなで話して決めた。

そして今日は私の誕生日なのだ。

食事の席に着く。飾り気のない台には、仕切りのついた金属のプレート皿に食事が入れて置かれていた。保存食用の缶詰シチューに缶詰ビスケット、透けるほど薄い合成肉。それに地下から定期的に配給される汚染除去のための薬だ。

今日はそれだけではなくプレート皿と同じ金属素材のカップに、綺麗な水も入っていた。

綺麗な水は貴重だ。配給はどうにか生きていける程度でしか貰えない。外から持ってきた水は、何度も何度も蒸留やろ過を重ねなければ飲めるものではなかった。そうやって手を加えたものでさえ、綺麗だとは言い難い。

「お腹すきましたね」

「遅いねー5番」

空腹をごまかしながら適当に話を続けていると、外から5番が帰ってきた。入ってきたドアが閉まった後、重々しい防護マスクを外して息をつくのが見えた。

「ただいま、2番、4番」

今日に限らず、5番は外に生活に役立つものがないか探しに行ってくれていた。出ていくときに持っていたもの以外何もないのを見れば結果は明らかだったが、それでも私は聞いてみた。

「なにかいいもの、あった?」

「……今日はだめだった。もしかしたら「となし」が荒らしつくしたあとなのかもしれない」

となし。人だとされていたものと言われたりするが、よくわからない。言葉を発さないところと皮膚らしき表面がただれている以外は、腕があって足があって顔のような部分もあるのだから人なのかもしれない。けれど、意思疎通が測れないし、現状は私たちとはまた違う何かだ。こういうとき、私は何なのだろうと考えるときがある。どう有れば人なのだろうか。


テーブル並べられている質素だが豪勢な食事を見て5番が言った。

「先に食べててよかったのに、待っててくれたのか」

「だって一緒に食べたかったもん」

待っていた5番が帰ってきたので、食事を始めることにした。食べながら、一緒に暮らしているけれど今日はいない7番のことを考える。

「7番も一緒に食べれたらよかったのにね」

「昔は一緒だったのに、今は街に行っている時間のほうが長いからな」

「7番さんから忙しいとは聞いていますが、残念ですよね」

シェルターの住人でも能力を見込まれることがあれば街に出稼ぎの許可が下りる。7番は器用だから、地下の街で大衆向けの娯楽品を作る仕事ができるようになった。帰って来るときには自分で作ったものや街で食べられているものをこっそり持ってきてくれた。

「お土産欲しかったなあ」

私の言葉に5番が反応する。

「何もなくてもいいだろ、帰ってきてくれるなら」

それはそうだ、と私は思った。

「でも、このまま街に住めたほうが7番はいいよね」

少しの間、誰も何も話さずに口に食べ物を運んだ。聞こえるのは金属同士がぶつかる甲高いカチャカチャという音だけになった。

それぞれが食べ終わったあと、2番が言う。

「今度の5番さんの誕生日祝いは、日にちがずれても7番さんが帰ってきてからにしましょう」

「そうだな」

「そうだね」

私はそう言って、空になったプレート皿を一瞥した後、また空を見上げた。


2091_1_つれづれなるままに

-癖にまかせてだらだらと続けるさま。認識している世界と忘れる前の記憶の随筆。

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