第6話〰肉見えないけど苦肉の策〰

火災報知器の点検を明日に控え、俺はどうするかか必死に考えていた。患者さんのゴードン(抱える問題を栄養、運動、睡眠など11個の領域で分析する手法)より悩んでいると言っても過言では無い。



とりあえずネットでベージュの全身タイツは注文して、最後の手段は用意した。ちなみに、透明女化した後、ちょこちょこ女性物の服や下着を心底嫌だったが購入していた。

初めサイズすら分からなかったが普段着っぽいトップスとボトムスそれぞれ2着(2勝2敗)、ワンピース2着(0敗、ただし1着は裾が床スレスレ)、ブラとショーツそれぞれ4着(いっぱい)を何とか手に入れた。

購入履歴というデジタルタトゥーを残して。



さて、まず思いついた案を3つすぐノートにまとめた。……たった3つだけ。


①このまま断り続けて逃げ切る


②ドア越しに声かけてクソ業者さんを玄関に迎え入れて、1部屋はドア越しのまま点検をしてもらって、クソが次の部屋に行く瞬間に点検が終わった部屋に入り込んで、終わるまで潜伏


③全身タイツと普段着を着て、適当にハロウィンの帽子とお面をつけて応対



この中だと②が無難なのかな。

①だと先延ばしにしていて根本的な解決にはならないし、③は論外。…論外だよな?正解な部分時期近いハロウィンってとこしかねぇよ。



夕方4時頃、②へのケツイを胸にした所で電話が鳴った。業者からの明日の日程確認だろう。

試練担当その2「お忙しい中失礼致します。防災点検担当ソノダと申します。この度はご都合を調整いただきありがとうございます」


……やっぱり来た!でも前の人と違って落ち着いた印象を受ける。いい人そう。


渚「あ、はい。よろしくお願い致します」

試練担当その2「明日の点検につきまして、当日はクリモトとソノダが向かいますので、大変恐縮ですが何卒よろしくお願い致します。」

渚「はいぜひ…えっ?お2人で点検なさるんですか?」

やっぱりクソ業者「はい。作業を速く終えるのと防犯の観点で、2人で向かわせていただきます。10時頃に伺えれば……よろしくお願いいたします」

渚「あっ……。はい……。」

まごうことなきクソ「それでは失礼いたします。ガチャッ」

渚「……ガタッ(イスから崩れ落ちる音)」


「……2人で点検だと!!!???」

また大声を出してしまった。我ながらキンキンとうるせぇ。でも言わせてくれ。


点検は3部屋が対象のため、クソ業者が…ん゙んっ、点検者が1人であれば、1部屋を点検後に次に回るのは残り2部屋。

そのため、先に台所の報知器点検をドア越しに指示して、次に俺がいる部屋ではない方を点検場所として指示。

点検者がそこに向かっている間に俺が台所へ移動してしまえば、後は台所以外の点検なので最後まで安全に過ごせる。

姿こそ見えないが、近くで声はするので立会人は存在する……【(姿が)ゼロ・レクイエム】。

これなら「オシャレしてなくてちょっと直接会いたくないんですー」とか適当に言ってドア越しの部屋に篭れば姿を見せずに済む。

この完璧な作戦で乗り越えられると思っていたのだが……。


2人同時だと、3部屋のうち2部屋ずつの点検となり、どちらの部屋のドア越しに潜伏しても、どちらかの点検者が終了して次の報知器=俺の現在の潜伏場所へ向かわれたら避難先が無くなるのだ。

押し入れに潜伏して指示したら怪しさMaxでセカイノオワリ。立ち会い前提だから、必ずドア越しで指示しないといけない(じゃないと全部屋開けとるのに誰もいないやんけ、姿無いのに声だけするやん!!きっしょ!!ってことになる)。台所以外の2部屋からスタートしてもらっても、片方の終わった点検者が台所に来た時点でザ・エンド…ってね。おつかれ様でしたってね。カチカチッ。





………。

終わった……。



…実は報知器の無い場所があり、トイレと洗面所兼浴室の2ヶ所存在する。

だがトイレにずっと篭もる選択肢は真っ先に消去した。トイレを借りるために開けられたら終わりだから。

浴室は(コイツ何でそんな所から話してるんだ?)と初手から点検業者に怪しまれるため却下。


もう万策尽きた。絶対嫌だったが③の案で渋ハロすっか…。


そう思いつつ時計を見ると、考え込んでいたためかもう午後8時を回っていた。



「お風呂入ろう…」

ぶつぶつ呪文を唱えつつ、俺は入浴の準備をした。今日はラベンダーの入浴剤にしよう…。



勢いよくザブンとお湯に浸かると、自分の身体の形がくっきりと見え、溜めたお湯がザーッと逃げていく。もう見慣れたが、とっても不思議な光景だ。体内にも呼吸器系で空気が存在するはずなのに、胸の中にも気泡1つ見えやしない。

そんな事を考えつつ湯船に浸かっているうち、段々とリラックスしてくる……。


「はあぁぁぁぁぁ……幸せ……」

透明だけど、誰の目も気にしないで、邪魔されることのない唯一の場所。ピンポンされても全て断ることができる、無敵のシェルター。それが浴室。回復機能も……備えて……


……。あ。

思いついた。この状況を打破する方法を。







翌日。

10時を過ぎ、30分になろうとした時に点検業者がうちへ来た。

勝てそうな点検業者「こんにちはー、点検に来ましたー。クリモトとソノダですー」

渚「あ、こんにちはー!!玄関開いてるんでどうぞー!!」

勝てそうな点検業者「では失礼します……あれ?」

渚「すいません!今お風呂に入ってる最中でして、申し訳ないんですがそのまま報知器の点検をしてもらえますかー!?」

勝てそうな点検業者「あっ!ごめんなさい!私たちが遅れたせいで…すぐに点検終えますんで!」

渚「いいえー、よろしくお願いします!」


これが俺の苦肉の策。「9時半からお風呂入っときゃドア越しに立ち会えるの陣」。

これなら入浴中を理由に姿は見せなくて済むし、やり取りはしているため立ち会いの条件も満たせる。

欠点は、追い炊き機能の無い浴槽のため、とっくにお湯は冷めているからとにかく寒い。しょうがない、シャワーかけっぱなしで光熱費も何もかもドブに流そう。



点検は10分もしないくらいですぐに終わった。

用済み点検業者「点検終わりましたー!ありがとうございました!」

渚「ありがとうございました!すいませんこんな失礼な形で立ち会ってしまいましてー!」

用済み点検業者「こちらこそ取り込み中すいませんでしたー!」


……勝ったなガハh

用済み点検業者「立ち会ってもらった方、渚さん本人ではなくご関係の方のようなので、立会代理書にサインお願いしたいんですがー!」


………。

負け確になりかけた透明女「あ、あのー…それって…後日郵送でもよろしいでしょうか……?」

逆転の試練担当「ん?…よく聞き取れなかったんですが、サインして後からの提出で大丈夫です!それじゃあ僕ら失礼しますね!」


バタンと玄関の閉まる音が聞こえ、同時に俺は冷たい浴槽の中へ沈んだ。そう、世の中完璧な事なんて無いんだよな。ほんと危なかった……。

普段なら何も気にしないで終わるのに、こんな面倒事が他にも待ち構えているのかと思うと……。



あ、後日知ったことなのだが、立ち会い代理は大家さんに頼んでも大丈夫だったようです。



はぁ……消えてしまいたい。

……もう消えてたわ。





つづく

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