一人暮らし
オッサン
一人暮らし
ただいま。
部屋の鍵を開け、そう呟いても返事をする人はいない。
仕事から帰ったワンルームのアパートは独り暮らしだ。
明かりを付け、少し肌寒い部屋に入るといつもの癖でテレビのリモコンを探す。
真っ黒な画面は人の笑い声が聞こえ始めてからステージで会話をする二人の姿を映し出す。チャンネルボタンを何度も押して、結局二人組のくだらない話に落ち着いた。
ポットでお湯を沸かしている間に部屋着に着替える。冷蔵庫の中にあるもので何が作れるか考えるのはいつもの事。むなしく響く笑い声をBGMに料理をするのもいつもの事。興味のないテレビの音でもむなしさはぬぐえないものだと思いながら出来上がった飯を食う。
ごちそうさまでした。
いつもの癖だ。ふとおかしくなって口元がゆるむ。誰もいないはずなのにいつもつぶやいてしまう。誰に挨拶をしてるんだ?窓に顔を向けると、街灯の少ない外の景色のかわりに少し暗めの電灯に照らされた自分と部屋の様子が見える。隙間だらけの自分の周りが気になる。何もないよな。心臓の鼓動が聞こえるような気がして、開けっ放しだったカーテンを閉めるとほっと息を吐いた。
風呂に入るか・・・。
なんだか一日の疲れが一気に背中にのしかかるような感覚がした。いつもなら湯船にゆっくりと浸かるのだが、今日はさっさと寝てしまおうと、シャワーを頭からかけてしゃがみこむ。目を閉じシャンプーを泡立てる。しっかりと汚れを落として洗い流す。
チャプチャプ チャプチャプ・・・
頭の泡を洗い流しながら目を開けると洗い場に水が溜まっている。排水口に何か詰まっているみたいだ。ため息をつきながら排水口のカバーを外しフィルターの辺りをまさぐる。手にぬめる感触を覚えて少し寒気がするが、これを取らなければあふれたお湯で部屋が水浸しになると思い、必死に糸くずのようなものをかき集める。
ゴゴゴゴゴ・・・
排水口から水の流れる音が聞こえだしてホッとする。
そして自分の手に絡まった塊を見て息が止まる。
黒くて細くて長さは30cmはありそうな髪の毛が手に絡みつく。
就職してからここに住んでずいぶんと経つが、他人を部屋に入れたことはない。
それなのになぜ?
つけっぱなしのテレビの音が聞こえる。
誰かが部屋の中にいそうな気がする。
風呂場のドアの向こうに誰かがいる気がした。
洗い場でしゃがみこんだ自分の手を見る僕の前に誰かが立っている気がする。
僕を見ながら笑っている気がする。
きっと気のせいだ。
だって一人暮らしなのに。
一人暮らし オッサン @ossane
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