第二章 自殺未遂

 「本当にすまなかった」


 朝日が照らす中、雅秀は、目の前にいるアズサへ頭を下げた。


 アズサを助け、意識を失った後、目を覚ました雅秀のそばで、彼女は茫然自失の状態で佇んでいた。


 空はすでに白みがかり、日の出の時刻だったが、駐車場はいまだ他に車はなかった。そのため、明らかに自殺現場であるレンタカーを目撃される恐れがないのは幸いと言えた。


 起き上がった雅秀は、依然、状況が飲み込めないでいるアズサに対し、説明を行った。


 自身の気が変わってしまったため、自殺を中止し、アズサも一緒に助けたことについて。


 説明を聞いたアズサは、最初は曖昧模糊な様子で、きょとんとしていたが、理解の兆しが訪れるに従い、彼女は表情を変化させた。


 怒りの形相へと。


 「謝ってすむ問題じゃないでしょ!? せっかくの覚悟をどうするつもり?」


 アズサは切れ長の整った目を、吊り上げ、ヒステリックにそう叫んだ。


 雅秀は何も言わず、その場で俯いた。抗弁のしようがなかった。悪いのは完全に自分なのだ。気が変わり、裏切った自分が。


 雅秀は、これから畳み掛けられるであろう、アズサの罵倒を覚悟した。下手をすると警察への通報もあるかもしれない。しかし、それも受け入れようと思った。


 じっと地面を見つめ、アズサの非難の言葉を待つ。しかし、続きは発せられなかった。


 怪訝に思い、雅秀は顔を上げてアズサを見る。


 アズサは、自分の体をかき抱き、しゃがみ込んでいた。


 「ア、アズサどうしたの?」


 雅秀は、慌ててアズサの肩に触れる。アズサの華奢な肩は、小動物のように震えていた。


 「大丈夫?」


 雅秀は、アズサの顔を覗き込んだ。


 アズサは叱られた子供のように、ぎゅっと目を瞑っていた。顔色が蒼白だ。


 具合でも悪くなったのだろうか。救急車を呼んだほうがいいのもしれない。


 雅秀がそう思った時、アズサが口を開いた。


 「……った」


 「え?」


 何と言ったかわからず、雅秀は聞き返す。アズサは、再度同じ言葉を口に出した。


 今度は、はっきりと聞き取れた。


 「良かった」


 「良かった?」


 雅秀は訝しむ。自殺を阻止され、恨みを抱いているのではなかったのか。


 「うん」


 アズサは頷き、顔を上げる。アズサの目には、涙が浮かんでいた。


 雅秀は、はっとしながら訊く。


 「どういうこと?」


 雅秀の質問に、アズサは自身の体をかき抱いたまま、首を振った。


 「私、本当は……」 


 そう言うなり、アズサは俯き、泣き出してしまった。感極まったように、さめざめと。


 雅秀は悟った気がした。


 アズサも本心では、死にたくなかったのだ。自殺したい願望はあるものの、心の奥底では、死への恐怖が共存していたのだろう。


 助かったことで、決壊したように、その恐怖が噴出したのだ。


 朝日が照らす駐車場に、アズサの泣き声が、いつまでも響き渡っていた。




 その後二人は、ワンボックスカー内の片付けを行い、再び奥多摩駅へと戻ってきていた。


 二人共疲れた顔をしているが、雅秀のほうは疲弊はしていなかった。気分も爽やか。それは、アズサも同じらしかった。


 「またここに戻ってくるなんて……」


 通勤や通学のための利用客が増え始めた奥多摩駅を眺めながら、アズサはポツリと呟く。


 雅秀も同じ気持ちだった。まるで、黄泉の国から舞い戻ってきた気分だ。目の前の日常風景が、どこか別の世界のように感じる。


 古い旅館のような外観の駅舎に、利用客が次々に吸い込まれていく。彼らと、自分たちに大きな隔たりを覚えた。


 そこで、雅秀は、ふと思い当たる。


 「そういえば、アズサ。学校は?」


 確か今日は平日だ。学生なら、登校する時間である。


 アズサは一瞬、ばつの悪そうな顔をしたが、すぐに悪戯っ子のようにニッコリと笑い、舌を出した。


 「さぼっちゃう。どっち道、死んじゃうつもりだったから、登校する予定はなかったし」


 そもそも、アズサは私服で、通学鞄や制服の類も持ってきていない。簡単に登校の準備などできないだろう。


 雅秀も、今日は出勤日だったが、仕事をする気にはなれなかった。後で会社に欠勤の連絡をしようと思う。


 「二人共サボりだね」


 アズサは潤んだ目をこちらに向けながら、はにかんだ。


 「仕方ないよ。俺たちは死の淵から生還したんだから。それくらいは許されるさ」


 「そうだね」


 アズサが頷く。同時に、雅秀はアズサと共に笑い合った。


 はじめて、車内に笑い声が生まれた瞬間であった。


 雅秀は訊く。


 「だけど、本当にいいの? 自殺しなくて。後悔しない?」


 雅秀のほうは、依然、女子高生と自殺したい願望は存続しているが。


 アズサは髪をかき上げ、首を捻る。左手首からは、相変わらず、リストカットの跡が見え隠れしていた。


 「うーん、なんだかもう自殺する気分じゃないんだよね」


 アズサは、クラブに行く予定をキャンセルでもしたような、軽いノリでそう言う。


 雅秀は頷くと、時計を確認した。時刻は、八時過ぎ。


 「どうする? もう帰ろうか。家まで送るよ」


 アズサは首を振った。


 「家に帰りたい気分でもないから。帰ったらお母さんうるさいだろうし」


 「でも、これレンタカーだし、いつまでもここにはいられないよ」


 「うん。だからね」


 アズサは、そう言うと、上目使いにこちらを見る。猫を思わせる大きな目だ。


 アズサは続きを口に出した。


 「だから、今日は二人で遊びに出かけよう」


 唐突なアズサの提案に、雅秀は一瞬面食らった後、苦笑した。


 このまま解散しても、待っているのは誰もいない寮の部屋だけ。


 女子高生と自殺をするという目的は達成できなかったものの、せめて遊んで帰るくらいはやっても罰は当たらないだろうと思った。


 「そうだね。行こうか」


 雅秀が了承すると、アズサは、プレゼントを貰った子供のように、ぱっと表情を明るくさせた。




 レンタカーを返却し、雅秀は奥多摩駅から渋谷駅へ向かうことにした。


 アズサと共に、列車へと乗り込む。


 やってきた時と同様、これから長時間列車に揺られる旅が始まる。しかし、昨日と違うのは、パートナーがいる点だ。


 雅秀とアズサは座席に向かい合わせに座り、奥多摩駅を後にした。


 渋谷駅に向かう道中、雅秀たちは談笑に花を咲かせた。


 今回は、家庭環境だとか、自殺したい理由など暗い話題ではなく、好きなアイドルの話や、テレビ番組の話など、恋人同士がするような、他愛のない明るい話題が交わされた。


 こうやって他者、しかも若い女性と談笑すること自体、雅秀にとって、新鮮な経験だった。というよりも、はじめての経験と言っても過言ではない。


 かすかだが、雅秀の心の中に、蛍火のようなぬくもりが生まれ出していた。


 久しぶりに感じる楽しさを覚えながら、雅秀はアズサとおしゃべりを続けた。


 やがて、時間が過ぎ、列車は渋谷駅へと到着した。




 「次は雅秀の番だよ」


 渋谷駅近くにあるゲームセンターで、ダンスゲームをしていたアズサは、楽しそうに雅秀を手招きした。


 周辺は平日の昼前だというのに、人が多く、ゲームセンタの騒音と伴って、非常に賑やかだった。


 「俺はいいよ」


 雅秀は手を振って応じる。ダンスゲームはおろか、ゲームセンターですらろくに経験したことがないのだ。気が呑まれるばかりで、一向に乗り気がおきなかった。


 雅秀のノリの悪さに、アズサは唇を尖らせると、つかつかと目の前までやってきた。そして、こちらの腕を掴み、ダンスゲームの筐体の前まで引っ張っていく。


 「ちょっと」


 雅秀は困惑しながらも、抵抗せず、身を任せる。そして、雅秀は、ダンスゲームのパネルを張った装置の上へ立たされた。


 「俺、こんなものやったことないんだけど……」


 そばにいるアズサに雅秀は訴えかける。アズサは、悪戯する子供のような笑みを浮かべた。


 「さっき私がやったところを見ていたでしょ? 同じようにやればいいの」


 雅秀は、ゲームに興じていたアズサの姿を思い出す。アズサは、流れる音楽に合わせ、足元のパネルを踏んでいた。


 まさにダンスを踊っているような風情であった。その上、アズサの容姿も相まって、とても煌びやかだった。周りの客も何人か、目を奪われたのか立ち止まり、こちらを見物する様子をみせていた。


 そしておそらく、ゲームの腕前も高いものだと思われた。


 雅秀は首を振る。


 「俺、運動神経が良くないんだ。だから難しいと思うよ」


 アズサは雅秀の言葉を無視し、ゲームの筐体を操作した。すると、音楽が鳴り始める。


 名前は知らないが、今流行の女性ボーカルの曲だ。


 「じゃあスタート!」


 アズサは離れた位置に立ち、面白そうに手を叩いて言った。


 ゲームが開始され、目の前にある大型のスクリーンから、いくつかの小さな横ラインが手前に向かって流れてくる。アズサのプレイを見てて把握はしているが、このラインが足元にあるパネルに対応しており、流れてきたラインと同じ位置にあるパネルをタイミングよく踏むと、成功の判定がなされるらしい。


 次から次にラインはやってくるため、素早くステップし続ける必要がある。上手くいくと、それこそタップダンスを行っているような、軽快な動きになる。


 雅秀は、始めから動きが悪かった。アズサに言ったように、元から運動は苦手で、しかもろくに遊んだことがないゲームなのだ。下手なのは至極当然である。


 雅秀が失敗をする度に、アズサはおかしそうに笑った。こちらは一応、必死にプレイしているつもりなのだが、体が付いていかず、ダンスというよりかは、四股を踏んでいるような有様だった。


 しまいには、何がそこまでおかしいのか、アズサは腹を抱えて笑い出してしまう。


 雅秀は恥ずかしさに包まれるものの、しかし、決して不快ではなかった。


 学生時代に彼女ができていたら、こんな気持ちだったのかなと、ぼんやりとそう思った。




 ダンスゲームの後、雅秀は、アズサに促されるまま、他のゲーム機でも遊んだ。


 クレーンゲームでは、何度かチャレンジした結果、小さなテディベアを入手することに成功した。握り拳ほどの青い熊の人形。


 アズサへプレゼントすると、彼女は子供のように喜んでくれた。


 ゲームセンタでの遊びが一段落し、それから二人は、外へと出る。


 駅前からスクランブル交差点を抜け、渋谷109へと赴いた。


 そこでも、アズサと一緒にアパレル系ショップや、アクセサリー店などを見て回った。


 やがて、昼になり、二人は地下二階のフードコートで昼食をとることにした。


 フードコートは、昼時に相応しく、非常に混雑していた。これでは席に座れなくなるおそれがあるため、雅秀がテーブル席を確保した後、アズサが先に食事を買いに行き、その後で雅秀が注文する、といった形を取ることにした。


 アズサが食事を取りに行っている最中、雅秀は椅子に座ったまま、ゆっくりと周囲を見渡した。


 大勢の人々が視界に入る。今日は平日であるためか、一人でいる客も目に付いた。後は、母親と子供の組み合わせも多い。


 彼らや彼女たちは、ごく当たり前の、いつもと変わりのない日常の合間に、何ら特別な理由もなくここにやってきたはずだ。買い物だとか、息抜きだとか。


 彼らの中には、雅秀たちのように、昨夜、自殺を決行し、挙げ句、死の国から生還した者など皆無のはずだろう。


 ましてや、その自殺に女子高生が含まれ、そして、自殺未遂後、その女子高生と共に商業施設へ遊びにきているなど、彼らにとって、異次元の世界の出来事に違いない。


 とても奇妙で、不思議な状況だった。いまだ、周囲の人間と自分がいる空間が切り離されているような、むず痒くなる違和感が残っている。


 しかし、雅秀はそれでも不幸ではなかった。むしろ楽しいとすら思っている。今までの人生の中で、考えられないほどに。


 この俺が、渋谷で女の子と一緒に遊び、幸せを感じるなんて。


 自殺から始まった出来事が一転し、ここにきて幸福を覚えるなど、人生何が起きるかわからなかった。


 雅秀は、思わず、笑みを浮かべる。自分が青春の真っ只中にいるような気分になった。かつて、触れることすら叶わなかった青春の只中に。


 その時、ふと視線を感じた。


 反射的にそちらへ顔を向ける。雅秀は、無意識に体を硬直させた。


 ここから十メートルほど離れている場所。フードコートの片隅に、『それ』がいた。


 黒のジャンパーを着用した、中年らしき男。


 男がいる場所は、周囲から死角になっており、やけに薄暗く感じた。そのため、容貌ははっきりとは判別しがたかったが、男だということはわかった。


 男が放つ沈んだようなオーラのせいか、周りが妙にくすんで見えた。その影響なのだろうか、フードコートの客は、誰一人、男の姿に気づいていないようだった。


 男は、相変わらず、鋭い眼光をこちらへ向けている。猛禽類を思わせる目。


 雅秀は男から視線を外せず、じっと凝視していた。男の目は雅秀のほうを向いているものの、どこか曖昧で、こちらと視線が合っているのかすら、よくわからなかった。


 雅秀は唾を飲み込んだ。一体、誰だろう。


 ちらりと、雅秀は、あの男が、私服警官である可能性を推察した。


 女子高生を連れている不審な男性――。実際のところ、現状はこうだ。そのため、警察官がこちらに目を付けたのだと。


 だが、雅秀は、すぐにそれを否定する。


 アズサは容貌が大人びている。傍目からは、成人した女性に見られてもおかしくはない。


 同時に、自分のほうは、中年に片足を突っ込んだ冴えない男であるものの、どこにでもいそうな人間である。東京駅で石を投げれば、必ず一人には当たるくらいに。


 美女と野獣とまでは言わないが、だたの不釣合いなカップルにしか見えないだろう。不審を覚えられるほどではないはずだ。現に、他の客はこれまで一度も雅秀やアズサに対し、奇異の目を向けることはなかった。


 つまり、あの男がこちらへ注目しているのは、別の理由なのだ。


 雅秀は、男に声を掛けようと考えた。


 一体、何の用ですか?


 人の多いこの場所で、そのように理由を尋ね、さっさと片を付けたほうがいいかもしれない。このままでは、不気味だ。


 雅秀は、立ちあがろうと、テーブルに手を突いた。


 その時だ。


 「お待たせ!」


 アズサが明るい調子で戻ってきた。手にトレイを持っており、トレイの上には、ドーナツや、名前は知らないが、最近女子高生に流行らしい、カラフルなお菓子が乗ってある。


 「ちょー混んでてさ。買うのに時間がかかちゃったよ」


 アズサは朗らかに笑いながら、雅秀の対面に座る。赤みがかった髪が、肩付近でなびいていた。


 「次は雅秀が買ってきなよ」


 そこまで言ったアズサは、形の良い眉をふと訝しげに寄せた。こちらの様子がおかしいことに気がついたようだ。


 「どうしたの?」


 アズサは不思議そうに訊く。雅秀は戸惑いながら答えた。


 「いや、ちょっと怪しい奴がいて」


 「怪しい奴?」


 「うん。あそこにいる男」


 言葉の後半部分は、声を潜めながら言う。そして、男がいるほうへ、顔を向けずに、顎をしゃくった。


 「どこ? 男の人?」


 アズサは雅秀が示した場所を、こっそり覗きながら、そう聞き返す。


 雅秀は、頷いた。


 「そう。男。周りから死角になっている場所で、こっちを見つめている黒ジャンパーの奴」


 アズサは首をかしげた。


 「黒ジャンパー? そんな人いないよ」


 アズサの返答に、雅秀はとっさに男がいるほうへ顔を向けた。


 「あれ?」


 つい先ほどまで、雅秀を凝視していた男の姿が、煙のごとく消えていた。まるで始めから存在しなかったかのように。


 「寝惚けてたんじゃない?」


 アズサがおかしそうに言う。そして、早くもトレイの上のお菓子に手を伸ばし始めていた。


 「そんなはずは……」


 雅秀は、頭を掻きながら、周囲を見渡した。相変わらず混雑しているフードコート。さきほどの男のものらしき姿は、見当たらなかった。


 「それか幽霊とか」


 アズサがお菓子を頬張りながら、適当な様子でそう言った。すでに雅秀の証言を信じていないらしい。


 雅秀はうーん、と腕を組んだ。


 男は確かにいた。しかし、煙のように消えてしまった。周囲にも見当たらない。


 それこそ幽霊のようだが、ありえないし、こんな喧騒に包まれている場所で、心霊現象など、ナンセンスだろう。


 彼は何者だったのか。


 雅秀はしばらく釈然としない気持ちに覆われていたが、アズサが食事を終えそうな勢いだったので、やがて気を取り直し、自分の分の食事を買いに行くことにした。




 午後は、アズサと共に渋谷を散策することにした。都内住みであるため、渋谷には何度か足を運んだことがあるが、女の子と二人っきりで歩き回るのは初めてのことだった。


 アズサとおしゃべりをしながらぶらつき、面白そうな店や話題の店を見つけたら入る。何の目的もない無為な時間。しかし、その時間は、この上もない至福を雅秀にもたらした。楽しくて堪らなかった。


 雅秀は当初、例の黒ジャンパーの男を警戒していたが、姿はあれ以降、確認できなかった。それよりも、楽しさが上回り、やがては頭から男のことなど露のように消え去っていた。


 楽しい時間は、すぐに過ぎる。人類が常に抱えている問題だが、雅秀もこれに憂いを覚えていた。アズサと離れたくない。その願望が、心の奥底で鎌首をもたげていた。


 だが、いずれは離別の時はやってくる。太陽がビルの間に沈みいく中、雅秀とアズサは渋谷駅へと戻ってきていた。


 「それじゃあ私、明日学校があるから」


 アズサは、伏し目がちになりながら、そう言う。


 「昨日家に帰らなかったけど、ご両親心配していないの? 連絡は?」


 アズサは、肩をすくめる動作を取った。


 「私、親から見捨てられているから、一日帰らないくらいじゃ連絡こないんだ。それでも帰ったら怒られはすると思うけど」


 「……そう」


 だったら、しばらくの間、うちに泊まらないか?


 その言葉が、口から飛び出そうになって、雅秀は口をつぐんだ。


 相手は未成年者。家に招いて宿泊でもさせようものなら、同意があろうと法律に触れるだろう。


 おまけにこちらは寮なのだ。発覚は孤独死した場合よりも遥かに早いはず。自ら爆弾を抱えるに過ぎない所業だ。


 ここで潔く、アズサと別れる他なかった。非常に残念だ。


 雅秀は、思わず肩を落としてしまう。せっかく生きる楽しみを見出せたのに。また明日から孤独の中で、希死念慮を抱いて過ごすのだ。


 雅秀が居住まいを悪そうにしていると、アズサはふっと微笑んだ。


 そして、自分のスマートフォンを取り出して、操作をした後、画面をこちらに向けて突き出した。


 アズサは言う。


 「はい。これが私の連絡先」


 雅秀は、はっとする。アズサの顔を見ると、彼女は少し気恥ずかしそうにしていた。


 アズサは続ける。


 「今まで連絡先は、SNSのアカウントだけだったけど、これで直接私のスマホに繋がるから」


 雅秀の心臓が高鳴る。アズサのこの提案は、他でもない、こちらに気を許した証ではないのか。


 急速に上昇する血圧と、胸のときめきを感じながら、雅秀は、自らもスマートフォンを取り出し、アズサと連絡先を交換した。


 「これからよろしくね。雅秀」


 アズサはニッコリと微笑んだ。さながらアフロディーテのように美しいと思う。


 「う、うん。こちらこそよろしく」


 雅秀は、どもりながら答えた。


 渋谷駅はラッシュアワーに突入し、周囲は大勢の人々で騒々しかった。


 沈みいく真っ赤な夕日が、雅秀とアズサ、そして二人の周辺を照らしている。


 アズサの赤みがかった髪が、陽光を受け、まるで燃えているように煌いていた。

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