それは心を握り潰す手のような
驚いて振り返ると、そこには橘ゆかりさんがいた。
私に陰口を言っていたグループの中でも、一番辺りのキツい人だった。
彼氏だろうか。大柄な男子生徒も一緒にいる。
顔を合わせる覚悟も出来ていたけど、いざとなると心臓がドキドキする。
「こ、こんにちは。久しぶり」
「お久しぶり。まさかまた学校に来るなんてビックリ」
「え・・・」
「だって、あなたご両親を見捨てて逃げたんでしょ?なのに転校生の北大路さんといきなりお友達になってニコニコしゃべってるし」
「マジで?そのメンタル、尊敬するよ。俺なら絶対学校辞めてる」
男子生徒はそう言うと、橘さんと顔を見合わせわざとらしく苦笑いした。
「わたし・・・見捨ててなんか・・・ない」
そう言いながら、身体が細かく震えるのが分かる。
見捨てた・・・
その言葉が脳内に焼き印のように強く濃く残る・・・
目の前の2人がたまらなく怖かった。
「わ、わたし・・・もう」
そう言って教室に帰ろうとしたとき、頭の中に九国さんとの会話がふいに浮かんだ。
(前にも聞いたけど、どうしても怖くなったとき、笑う以外に何かしてる事ってある?)
私の問いに九国さんはこう答えたのだ。
(そうですね・・・最終的には相手次第ですが、向かっていきます)
(向かう?)
(はい。「なぜ自分は恐れてるのだろう?」「本当に目の前の物事はそんなに怖いのだろうか?」「怖いならなぜ怖いのか?」それを突き詰めて考えます。その結果、立ち向かえると思ったなら・・・攻めます。逃げると、ほとんどの場合、自分の心の中で相手を過剰に大きくしてしまう。そうなると次に会ったとき立ち向かえなくなってしまう。人でも事象でも)
「なぜ怖いのか・・・」
そうつぶやくと、目の前の2人を改めてじっと観察する。
なんでわざわざこんな事を言うのだろう?
恐らく悪意。ならあの悪意はそんなに恐ろしいのか?
そう思うと、雄大さんや誘拐当初の九国さん、ビルに入ってきた二人組の姿が浮かんできた。(あ、あの時のほうがずっと・・・怖かった)
その時。
目の前の二人が驚くほど小さく見えた。
「あの・・・それって何の根拠も無いことだよね」
私の言葉に二人はキョトンとした。
「実際にその場に居もしないのに勝手なことを言わないで。橘さんっていつもそうだよね。知りもしないくせに憶測で悪く言う。私、もう行くね」
そう言って二人の横をすり抜けようとした。
「お前・・・ふざけるなよ」
男子生徒の方が表情を強ばらせて私の手を掴み、壁に押しつけた。
まるで・・・殺しかねないような目で睨んでいる。
「ちょっと!暴力は辞めてって言ったでしょ」
「コイツ、お前の事馬鹿にしたんじゃね?・・・ふざけんなよ」
そう言って男子生徒は私の髪を掴んだ。
「痛い!」
思わず悲鳴を上げたその時。
「い、痛い痛い!な、何だ・・・」
男子生徒の片腕が後ろにねじ上げられた。
「男子が女子に暴力って・・・ホント屑」
「一二三さん・・・」
「あなた・・・北大路さん」
「そういうあなたは橘さんじゃない。この屑の彼女?」
そう言いながら初めて見る、険しい表情で二人をにらみ付けた。
そして・・・
男子生徒の足を払い尻餅を着かせると、素早く男子生徒の口に布を入れ、右腕の小指を掴むと・・・
男子生徒はくぐもった悲鳴を上げる。
小指があらぬ方向に曲がっていた。
「髪は女性の命。ましてやあんな事を・・・どう?痛いでしょ」
布を外された男子生徒は切れ切れの声でしゃべった。
「助けて・・・ください」
「どっちにする?」
「・・・え?」
「30秒時間をあげる。2人の片耳かあなたの片腕か。耳ならあなたと橘さん2人。腕ならあなただけ。選びなさい」
「え・・・ちょ・・・」
橘さんがうわずった声を上げる。
「は・・・何だ、それ」
「27・26・・・」
「ちょ、ちょっと待てよ!選べないって!」
「返答が無い場合は、両方やるから」
「ね、ねえ・・・一二三さん。冗談だよね」
私の言葉に一二三さんは人形のように平坦な表情で言った。
「蒼さん。あなたは私を知らなすぎます」
「ね、ねえ・・・ユキオ!早く返事してよ!コイツ普通じゃ無いよ」
一二三さんのただならぬ雰囲気に私たちは恐怖を感じていた。
彼女は・・・本気だ。
「ユキオ!腕でしょ!そう言ってよ!」
「ふざけんな・・・てめえだけ助かるのかよ!」
「はあ!じゃあ私を巻き添えにするの?絶対嫌!」
「馬鹿か!なんでお前なんかのために腕まで折られなきゃいけないんだよ」
「私だって嫌!あなたの巻き添えなんて!なんであんな程度のお金で・・・釣り合わないよ!」
え・・・お金?
「二人の麗しい愛に免じてルール追加。さっきの『お金』って何?教えてくれたらもう20秒あげる」
「え?お金?あ・・・あの、知らない男に頼まれたの。『斎木蒼に危害を加えろ。そして、恐怖を与えた後、住んでる場所と手術歴を聞き出せ』って」
それって・・・
私の頭に雄大さんの姿が浮かんだ。
彼は・・・私たちがこの学校に戻ったことを知っている。
「65点。まぁまぁいい情報ね。他は?」
「し、知らない、それ以上は!」
そう言って橘さんは駈けだそうとしたが、すぐに足がもつれて勢いよく転んだ。
「なんで・・・」
「あなたたちの足に遅効性の薬を仕込んでたから。2人とも足に小さな針が刺さってるの気付かなかった?効き目は後20秒ほどだけど充分」
そう言うと一二三さんはポツリと言った。
「逃がすわけ無いでしょ」
その言葉に橘さんは子供のように泣き出した。
「さて、そろそろけりをつけないと他の生徒に見つかると事ね。丁度あと10秒。答えは出た?」
「た、助けて・・・」
ユキオと言われた男の方も泣き出している。
「時間切れ。じゃあ耳から・・・」
そう言うと一二三さんは男を引きずって橘さんの近くに来ると、2人の右耳を持った。
「安心して。耳って案外ちぎれやすいから、あっという間」
「一二三さんお願い、やめて・・・もういいから!そんなの間違ってる!」
「私の任務はあなたを守ること。それ以外は全て過程に過ぎません。正しい間違っている。それは些細なこと」
そう言うと一二三さんは勢いよく2人の耳を下に引っ張った。
(!!)
私は目を閉じて耳を塞いだ。
それを直視出来なかったのだ。
だが・・・
あれ?
何も聞こえない。
その時、頭に優しく手が置かれるのを感じた。
恐る恐る目を開けると、そこには優しく微笑む九国さんがいた。
「あ・・・」
「お嬢様、お辛い思いをして・・・大丈夫ですか?」
「う、うん・・・」
そう言いながら目の端で一二三さんたち3人を見た。
そこには、気を失っている橘さんとユキオと言われてた男子生徒。
二人とも血は出ていない。
そして、一二三さんは気まずそうに九国さんを見ていた。
「サーティン。後でお嬢様とカウンセリングルームへ。話があります」
「はあい・・・」
「あの・・・一二三さん。二人は・・・」
「あ、あれは脅しです。ホントに耳取っちゃったら大事になりますし、そうなると蒼さんの学校生活もやりにくくなるでしょ?ああすれば二人は二度とちょっかいかけてこないですよ。それに私たちの言うことも聞くでしょうし」
脅し・・・
でも、とてもそうは見えなかった。
何て迫力だったんだ。
九国さんの時も怖かったが、それ以上かも知れない。
そう。忘れかけていたが一二三さんも九国さんと同じE・A2の人だったんだ・・・
「やれやれ。後はあの二人がこの事を漏らさないことを祈るのみですね。でないと私退学になっちゃいますよ!」
先ほどの迫力はどこへやらと言わんばかりにニコニコと話す一二三さんを見て、未だにあの時の姿と同じ人とは思えなかった。
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