それは美しく残酷な蝶のような
「・・・さて、他に申し開きはありますか。サーティ・・・じゃない、北大路さん」
「一二三さんって言って欲しいな。くらいです」
「それはどうでもいいです」
放課後。
保健室に隣接しているカウンセリングルームと言う名前の別室で、九国さんと向かい合わせに座っていた一二三さんは借りてきた猫のようにおとなしかった。
「違うの、九国さん。私が彼女に気づかれないように勝手に出て行ったから」
「お嬢様・・・じゃない、斎木さん。大変失礼な物言いでお気を悪くされたらすいません。お言葉ですが、我々に気付かれないように離れる、と言うのは不可能です。なのでサーティンも気付いていたはず。なのに見過ごしたあげくお嬢様に苦痛まで与えてしまうとは万死に値するミスです」
九国さんはどうも学校では設定通り「スクールカウンセラーの自分」として律儀に振る舞っているようで、私と一二三さんへの呼び方も徹底しようとしている。
あまり上手くいってないが・・・
「それは頭を下げるほか無いです。正直、少しくらいは私たちの紐付きじゃ無い、1人の時間も居るかな、って思って・・・それより先輩、眉間に凄い皺が出来てるじゃないですか。後が残って不細工になったら蒼さんに嫌われちゃいますよ。笑顔笑顔」
そう言って九国さんのおでこを撫でようとした一二三さんは、手を軽く払いのけられていた。ホント、凄い根性だな・・・
「余計なお世話です。お嬢様と私の繋がりはその程度では揺らぎ・・・ません」
最後の方が小声になりながら、九国さんはチラッと私の方を見たので、ニッコリと笑って頷いた。
「大丈夫大丈夫」
「あ・・・良かったです」
「はいはい、じゃあお熱いのを見せてもらったところで私は失礼します」
「何が失礼するのですか。話は終わってません・・・と、言いたい所ですが、まぁあの男達にも相応の制裁を与えたようだし、情報も得た。それに免じて今回は見逃しましょう」
「やった!さすが先輩。じゃあ後はお願いしますね」
「え?一二三さん、どこか行くの?」
「ここからは先輩と交代です。お互い色々調べてる事があるので」
そう軽い調子で言うと、一二三さんは部屋を出て行った。
それを見届けると、九国さんは私をじっと見た後両腕を伸ばして私を抱きしめた。
「怖かったですね。よく頑張りました。もう大丈夫です」
その温もりは身体の奥まで染み込むように感じ、私も彼女の背中に腕を回した。
そして、顔を上げて九国さんの顔を見るとそのまま唇を合わせた。
なんて暖かいんだろう。そして気持ちいい。
そのまましばらくの間、お互いの温もりをすくい上げようとするかのようにキスを続けた。
脳の奥が心地よく痺れる。
もう先ほどの事などどうでも良くなるほどだった。
ただ、九国さんとの愛を確かめていたい。
私たち二人さえ居れば他に何もいらない。
どれだけの時間、そうしていただろうか。
やがてどちらともなく名残惜しそうに唇を離すと、九国さんはホッと軽く吐息を漏らした。
「もう・・・帰りましょう」
「うん」
今日は色々と精神的に疲れたのか、九国さんの言葉を切っ掛けに身体が鉛のように重たくなっていることに気付いた。
「何か・・・疲れちゃった」
「すいません。学校で無ければおぶっていきたい所ですが・・・」
「あ、いいのいいの!それは流石に」
そんな所をクラスメイトに見られたらエラいことだ。
そして、駐車場に向かい車に乗ると学校を出た。
「よろしければ帰りにマカロンを買っていきませんか?例のお店で。着いたらお茶にしましょう。気も紛れるはず」
「有り難う!楽しみ」
九国さんは笑顔で車を走らせ始めたその時。
学校を出て車通りの少ない裏道に出たところで、目の前に一台のバイクが飛び出してきた。
九国さんは急ブレーキをかけたが、間に合わずバイクごとぶつかってしまった。
バイクとライダーは後方に数メートル飛ばされた。
そしてその直後、横道からもう一台のバイクが出てきて、いきなり手に持っていたバットを車に振り下ろした。
「キャッ!」
鈍い衝撃音と共に車のフロントガラスにヒビが入る。
「お嬢様、車から降りて!」
その直後短い発砲音と共に、フロントガラスの全面に真っ白い蜘蛛の巣のようなヒビが入る。銃・・・?
急いで車から降りたとき、すでに外に出ていた九国さんは銃を構えていた。
ライダーは腕を押さえており、そのそばには銃が落ちている。
「こ、この人たち・・・」
「お嬢様。私から決して離れないで。もう数名居ます」
「それもだけど、最初の人・・・ぶつかっちゃった・・・」
私の言葉に九国さんは首を振る。
見ると、その飛ばされた人は倒れていたが、ゆっくりと起き上がり何事も無かったかのようにこちらに来た。
あんな衝撃だったのに。
片腕と片足が変な方向に曲がっていたが、それに気付いていないかのように足を引きずりながら歩いてくる。
何?何なの・・・
「やつらは薬のせいで痛みや恐怖を感じていません」
薬・・・
「それって・・・」
「はい。お嬢様のご両親が関わっていた薬『バタフライ』によるものです」
そう言ったとき、背後からバイクのエンジン音が聞こえた。
見ると、2台のバイクに乗ったヘルメットをかぶったライダーがこちらを見ていた。
完全に囲まれていた。
「痛みや恐怖が無く、銃やナイフでは倒れない。完全に脳か心臓の機能を停止するまで動きを止めない・・・お嬢様。もしかしたらマカロン購入は延期になるかも知れませんがよろしいでしょうか?」
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