それは侵食する影のように
背中に暖かいお湯の感触を感じながら私は泣き続けていた。
いつもの部屋に戻った私はまた、おなじみの大きいたらいにしゃがみ込んで身体を拭いてもらっていた。
もう高校2年生になっているというのに、幼児のように泣き続けあろうことか失禁まで。
しかも、自分で身体を拭く気力も無くなっているので、九国さんが身体を拭いていた。
私は屈辱と惨めさでさらに涙が溢れていた。
もう訳が分からなくなっている。
そんな私に九国さんは何も言わなかった。
言われたところで今更彼女の言葉に何かを感じることは無いのだけれど。
彼女はどう思っているのか分からないけど、ただ無言で優しく丁寧に背中を拭いてくれていた。
「お嬢様。お背中は終わりました。前はご自分で出来ますよね」
私は小さく頷くと、九国さんからタオルを受け取った。
流石に前と下腹部までは任せたくない。
でも、意思と裏腹に一向に進まない。
もうこんな行為ですらも酷く疲労を感じている。
早く休みたい。
「ごめんなさい。やっぱり・・・」
そう言うと九国さんにタオルを渡した。
「では、失礼します」
「あ、でも・・・見られるのは嫌」
私がそう言うと、彼女は少し間を置いて背中から私の身体の前に手を伸ばした。
タオルが私の胸やお腹を行き来する。
そして下腹部も・・・
やけっぱちになっているはずだったのに、急に我に返ったかのように津波の様な恥ずかしさが襲ってきた。
心なしか九国さんの呼吸をハッキリと感じる。
「あ、あの・・・やっぱり」
私は中止を申し出たが、声が小さかったのか九国さんはそのまま拭き続けていた。
どうしよう・・・
恥ずかしさを意識すると、感覚が鋭敏になってしまい身体の奥に妖しい感覚が湧き上がってきた。
これは・・・
「後は大丈夫。やっぱり自分でやるから」
今度は大きめの声でハッキリ告げた。
すると、ややあって九国さんの手が止まった。
「かしこまりました。どうぞ」
背中から九国さんの声が聞こえて、新しいタオルがそっと手渡された。
お礼を言おうと振り向いたが、九国さんはすでに後ろを向いてドアに向かっていた。
「新しい服と下着を買っておきました。もし合わなかったら教えてください」
そう言うと九国さんは部屋を出て行った。
身体を拭き終わった後で来てみると、合わないどころか下着も含めて私にぴったりのサイズだった。
「これ・・・」
九国さんの置いていった服は、オフホワイトのシフォンワンピースで、以前私が雑誌を見ながら彼女に「こんな服着てみたいな」と何気なく言ったものだった。
覚えてたのかな・・・
そう思ったが、すぐにその考えを打ち消した。
そんなはず無い。
あの人は私に殺意を持っている。
殺人の目撃者でもあるし、脱走までしようとした。
もういつ殺されてもおかしくない。
そんな相手にそんな配慮するわけない。
そう思いながら、乾いたタオルで身体の水滴を拭き取ると、新しい下着と服を着た。
不思議な物で、衣類を替えるだけで気分まで一新されたように思え、多少元気が出てきた。
とは言え、置かれた状況が絶望的な事には変わりない。
もう普通の手段では脱出することは叶わない。
と、言うより九国さんの脅しは効果てきめんだったようで、私はさっきの出口目前で通路に引っ張り込まれた時とその後のやり取りによる恐怖感で、自ら出て行こうという気力を完全に無くしていた。
私は絶望的な気分でため息をつくと、隅に置かれたソファに深々と身を預けた。
それにしてもここはどこなんだろう。
仮の宿であることは、調度品や設備のあまりの簡素さで分かる。
間違っても九国さんの自宅では無いだろう。
電波を遮る作りや他の住人の影も無いことを考えると・・・
私はその後の想像に身を震わせた。
このままじゃここで殺される。
それを目的とした場所であることはもはや疑いようも無かった。
たまらない心細さにまた涙が出てきた。
雄大さん・・・
ふと脳裏に雄大さんの爽やかな笑顔が浮かんできた。
今、あの人はどうしてるかな。
きっとお父さんとお母さんが死んだこと。
そして私が行方不明になっていることに、酷くショックを受けているだろう。
そして、私の事を気にかけていてくれてるはず。
だが、いくらあの人でもこの場所に行き着くには簡単では無いはず。
あの夜。
お父さんとお母さんの変わり果てた姿に声を上げて泣いている私に猿ぐつわと目隠しをした九国さんは、そのまま車に乗せると恐らく30分以上は走らせていた。
だとしたら下手したら市外かも知れない。
ああ、せめてこの場所さえ分かったら。
きっと、雄大さんなら助けてくれるはず。
ただ、そうなるともし九国さんと鉢合わせしたら、彼女に雄大さんまで・・・
それはダメ!
そう思い首をブンブンと振ったその時。
部屋の外から微かに何か金属音の様な物が聞こえた。
注意してないと聞き逃していたほどの微かな音。
今のは・・・
再び耳を澄ませたが、もう音は聞こえなかった。
気のせいかな?
私は天井を見上げると、そのまま目を閉じた。
疲れた・・・
だが、次の瞬間背中に冷たい物が走るのが分かった。
ドアノブが二度ゆっくりと回されていたのだ。
「九国さん・・・?」
そう言いながら、その可能性が無いことは分かっていた。
彼女はこの部屋の鍵を持っている。
じゃあ・・・誰?
私は思わずソファを離れると、部屋の隅に後ずさった。
次の瞬間。
プシュ、プシュ。
小さな音と共にドアノブが不自然に歪み、ドアが開いた。
その直後、黒い登山用みたいな服を着た二人の男性らしき人物が部屋に入ってきた。
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