第一章 死してなお

第12話 幼き訪問者

「はぁ・・・これにも大した手掛かりはないか・・・」


俺は溜息を吐いてから読んでいた書物を机に置いた。この書物は俺がこの屋敷に住む遥か昔から、蝋燭の幽霊であるロウが管理していたものだ。この地域周辺に関する伝承や言い伝えがまとめられている。


オークキング討伐後に突如現れた魔族を討伐してから十日ほどが経った。魔族の出現は一部の人間にのみ共有され、各々が魔族が現れた理由を秘密裏に調査している。まぁ見ての通り、今のところ成果はないのだが。


「ここまで情報がないとなると、魔族は偶然ニューリオン近辺を訪れたのかもしれないな。まぁ、それでももう少し調べてみるとして・・・次はどの書物について調べようか」


俺は屋敷の図書室にある机に肘をつき、次はどのような本を調べるかを思案する。すると、停滞したような場の空気を変えようとしてくれたのか、俺の傍で本を読んでいたリリスがとある提案をしてきた。


「ご主人様、何か間食をお持ちしましょうか?」


間食か。集中して書物を読み漁っていたため気が付かなかったが、意識をするとなんだかお腹が空いてきたな。


「いいね。何かもらおうかな」


「はいっ!それでは昨日お菓子屋さんから頂いたクッキーを持ってきますね!」


「あぁ、あのクッキーか」


オークキング討伐のお礼としてお菓子屋さんから頂いたんだったっけか。食欲をそそられるいい香りがしたのをよく覚えている。


「では、行ってきます!」


「あぁ、楽しみに待っておくよ」





「絶品じゃないか、このクッキー。今度お菓子屋に寄ったら買ってみるか」


俺は机に広がっていた書物を全て片付け、リリスの持ってきたクッキーと紅茶を堪能する。そんな俺の様子をリリスは嬉しそうに見ていた。・・・なんだか居心地が悪いな。これでは俺がまるで少女にクッキーを食べさせずに自分だけクッキーを楽しむ鬼畜男じゃないか。しかしこれは仕方がないことなんだ。幽霊は食事をすることができないようだしな。


「・・・リリス、君は食事ができないと言っていたな」


「はい!」


「すまないが、それについて詳しく教えてくれないか?いったい何が原因で食事ができないと判断したんだ?」


死後未練を持った人間の魂が現世に残り幽霊になると言われているが、実際に幽霊がどのような存在なのかは未だに判明していない。幽霊と言う存在を理解するためには、このような些細な情報でも聞いておく必要がある。


「えーっと、まず私には食欲というものが存在しません。それで・・・なんて言えばいいんですかね。そのー、何かを口に含めて飲み込もうとすると、虚空に消え去るというか・・・」


「こ、虚空に消え去る・・・。つまりはあれか?リリスが呑み込もうとしたものは全て虚空に消え去るのか?」


「いえ、すべてではなくて・・・たぶん、私が食べることを目的として何かを口に含めると消えてしまうんですよね」


「なるほど・・・」


少し分かってきたかもしれない。幽霊とは、存在していると同時に存在していないという特別な状態にある。その状態にある幽霊がこの世に存在しているものを食べる、つまりは自身の一部に取り込もうとすると、なにか世界に歪みが生まれるのだろう。その結果、食べようとしたものが虚空に消え去るのかもしれない。ただの予想でしかないが・・・。


「教えてくれてありがとう、リリス。それにしても、まだまだ幽霊という存在については分からないことだらけだな・・・」


「そのー、幽霊の私が言うのもおかしな話ですけど・・・幽霊ってどのような存在なんですかね?」


「それがな、詳しくは誰にも分からないんだ。死後未練がある人間の魂が幽霊となると言われているが、それも正しいかは分からない」


リリスは手を顎に添え首を傾げる。なにかを考えているような素振りだ。


「そういえば、魔物に幽霊みたいなのもいましたよね。えっと、たしか名前は・・・なんでしたっけ?」


「あぁ、それはきっとレイスだな。アンデッドと呼ばれる種族の魔物だ。たしかにアンデッドと幽霊を同一の存在と勘違いしてしまう人もいるんだが、幽霊とアンデッドには明確な違いがある」


「違い、ですか?」


「アンデッドには魔石が存在するため魔物に分類されるが、幽霊には魔石が存在しない。さらに言えば、アンデッドは聖属性魔法でしか殺せないが、聖属性魔法は聖職者でなくても使うことが出来るのに対して、幽霊は聖職者でしか祓うことができないんだ」


「そんな違いがあったんですね・・・。でも、ますます幽霊が不思議な存在に思えてきました。私が言うのもなんですけど」


「そうだな。俺もそう思うよ。一体なぜエルミナ様は幽霊という枠組みを創造したのか、死後未練がある人間が幽霊になるというが、幽霊になる線引きはどこからなのか。幽霊は各々が異なる特殊能力を一つ持っているが、それはエルミナ様が授けた力なのか。分からないことだらけだ」


「ご主人様でも分からないことだらけなんて、ちょっとびっくりです」


「いや、俺だって知らないことだらけだよ。この前だって―――」


それからはリリスと他愛もない会話を楽しんだ。最近のこと。魔族との戦い。仲間との思い出。気が付けば様々なことを話していた。リリスとともに暮らし始めてから四か月弱、思った以上に俺はリリスに心を許しているらしい。


さすがに魔族が現れた理由に関する調査を再開しようと、リリスとの会話を切り上げようとしたそのとき、図書室の扉が叩かれた。


「ストロノーフ様、失礼してもよろしいでしょうか」


どうやらセバスは俺に用があるようだ。


「あぁ、入ってきてくれ」


「失礼します」


セバスは図書室の扉を開き、一礼してから俺の元へ歩き始める。そして机を挟んで俺の正面に立ち、口を開いた。


「先ほどこの屋敷を訪れた者がいまして、どうやらストロノーフ様に用があるようです。我々が見たことのない人物だったので、現在は門の外でお待ちいただいております」


「俺に用か・・・。その人物はどのような格好をしていたか聞いてもいいか?」


俺に用があることはおかしなことではない。この町、ニューリオンでは多少俺の名は通っているからだ。ただ、先日魔族による襲撃があった以上、魔族による襲撃の可能性も考えなければならない。


「それが、その者は子供でした。おそらく十歳にも満たない少年です」


「それはまた・・・幼い訪問者だな」

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