第4話 オークキング討伐①

ニューリオンの町はずれには広大な平原が辺り一面に広がっている。穏やかな風が駆け抜け、草木がゆらりゆらりと靡く。


草特有のどこか懐かしい匂いを感じながら、俺は今その平原を両足で踏みしめている。左隣には幽霊メイドのリリスが、右隣にはギルドマスターのトロンさんが立っていた。


さらに言えば平原に立っている者は俺たちだけではない。ガチャガチャと平原には不似合いな金属音を出しながら、多数の冒険者が俺たちの前に待機しているのだ。


このような状況になったのには理由がある。何を隠そう、オークキングがニューリオン近辺に発生したからである。


「え~、皆さん。まずはこの依頼を受けてくださってどうもありがとうっす。急な依頼だったにも関わらず、これほどの数が集まるとは思わなかったっす」


依頼の集合時間になったことを確認したトロンさんは、目の前に待機する冒険者たちに依頼内容の説明を行い始めた。もちろん依頼内容は冒険者ギルドに事前に掲載されているのだが、現場で再度説明を行うことは重要である。


「今回の依頼はオークキング並びにオークの死体の処理っす。魔物の死体の処理が重要な仕事ってことは分かってるっすね?素材や食糧が得られるってこともあるっすけど、最も大切なことは魔石の処理っす。もし魔物が死体をあさって魔石を食してしまえば、その魔物は強化されてしまうっすからね」


魔物には共通して魔石という核が存在する。専門の研究者が言うには、空中に漂う魔素を魔物という存在へ定義づけるものが魔石である、という話ではあるが、実際のところ未だ謎ばかりである。


ただ、魔物が魔石を食せばその魔物が強化されてしまうということは明確な事実として判明している。おそらく今回発生したオークキングはオークが魔石を多量に摂取し進化した結果であろう。


「本依頼で戦闘の必要はないので低ランクの方も安心してくださいっす。僕と、僕の隣にいるストロノーフさんがオークキングとオークを全部倒しますから。皆さんにはその死体を処理してもらう感じっすね」


トロンさんが俺を紹介すると多くの冒険者の視線が俺に集まるのを感じた。その視線のほとんどは好意的なものだ。この三か月の俺の実績を知っているからだろう。しかし、ごく一部からは懐疑的な視線を感じる。その視線を辿ると、この町では見たことのない顔にたどり着く。おそらくここ最近ニューリオンを訪れた者達だろう。


「まぁ、低ランクの魔物に遭遇することはあるかもしれないっすけど、もしピンチの場合は周りの高ランク冒険者に助けを求めてください。・・・さて、説明はこれで終わりっすね。なにか質問はありますか?こういうときは遠慮なく聞いた方がいいっすよ」


その言葉に対して、俺に向かって懐疑的な視線を送っていた冒険者の一人がおずおずと手を挙げた。


「質問と言うか純粋な疑問なんだが、本当にあんた達二人でオークキングとオークを全て倒せるのか?やっぱり二人で倒せませんでした、で済む話じゃないぞ」


当然の疑問だろう。オークキングは一人前とされるⅭ級冒険者を数十人集めてやっと倒せるほどの強力な魔物だ。一流とされるB級冒険者でも数名は必要とされている。まぁオークキング程度なら俺の相手ではないが、俺のことを何も知らない者からすると不安に思うだろうな。


その冒険者の疑問に対してトロンさんが答えようとするも、その前に依頼を受けた他の冒険者たちが口を開いた。


「お前さん、最近この町に来たのか。それなら不安に思うのも無理はねぇな。でも安心しろよ。ストロノーフさんならオークキングくらい難なく倒せるぜ。なんてったってあの人は、この町を散々悩ませたクラーケンを一人で倒しちまったんだからな」


「クラーケンって、あのクラーケンだよな。・・・それを一人で?」


「あぁ、一人でさ。いやぁ、俺は近くで見てたけどよ、ありゃすごかったぜ」


「そうそう。風属性魔法でズバババーっとクラーケンをバラバラにしちまってよぉ。あの人の魔法ならオークキングもわけないぜ」


俺とトロンさんを余所に盛り上がる冒険者たち。懐疑的な視線を向けてきていた者達はその様子に困惑するも、俺の実力を疑うことはなくなったようだ。


「さすがストロノーフさんっす。もう皆さんに信頼されてるっすね」


「さすがです!ご主人様!」


「ははっ、ありがたいことです。まぁ信頼され過ぎても困りますけどね」


信頼され過ぎても困る。これは魔王討伐後の経験から感じたことである。


王都で俺を知らない人間はいなかった。どこにいっても信頼され頼られた。困っている人を助けたり、人の役に立つことは俺の趣味であり本望でもあったが、多くの人に頼られ過ぎるとさすがに手が回らない。


必ずどこかで取捨選択を強いられることになる。誰かの悩みや助けを求める声を捨てることになるのだ。そして取捨選択の結果、期待に応えることができなかった人々からは罵倒されることもあった。【聖者】は困っている人を助けてくれるんじゃないのかと、そう怒鳴られたこともあった。過度な信頼はときに多くの人を傷つけるということだ。


「では皆さん!これから僕とストロノーフさんで西の森にいるオークキングとその周辺のオークを倒してくるっす!皆さんは一時間後あたりに西の森の指定の場所に来てください!・・・さっ、ストロノーフさん、リリスちゃん、行きましょう」


「えぇ、行きますか」


「ご主人様の武勇をこの目に焼き付けます!」


俺はトロンさんとリリスを連れて、オークキングがいる西の森へ歩き始めた。





その道中、リリスが元気そうに俺の隣を浮遊していると、それを見たトロンさんは俺に話しかける。


「ストロノーフさん、リリスちゃんを連れてきても大丈夫なんすか?幽霊とはいえメイドの女の子を連れてくるなんて、なんだか心配っす」


俺がトロンさんの疑問に対して言葉を返す前に、リリスが勢いよく答える。


「その心配はいりません、トロンさん!私は幽霊なので、どんな攻撃もすり抜けますから!」


幽霊は自身の意志で世界に干渉するかしないかを決めることが出来る。つまり、物体を通り抜けることも、物体に接触することも自由自在であるということだ。


「と、いうことです。なので心配いりません」


「さ、さすがは幽霊っす。攻撃をすり抜けるなんて反則じゃないっすか。・・・というか、幽霊ってなんなんですかね。魔物ではないっすもんね。どうやって存在してるんでしょう」


トロンさんの言う通り幽霊は魔物ではない。魔石が存在しないため魔物に分類することは出来ないのだ。では幽霊はどうやってこの世界に存在しているのか。結論から言えば、誰にも分からない。


何故幽霊がこの世に存在しているのか、幽霊とはどのような存在なのか、誰にも分からないのだ。ただ、死後未練を持った人間の魂が現世に残り、幽霊になると言われている。


「さぁ、俺にも分かりません」


「私も分からないです!」


「ははっ、幽霊本人が分からないなら分からないっすね!・・・おっ、着きましたよ。オークキングがいるとされる西の森っす!」


オークキングが目撃された西の森に俺たちは到着した。ついにオークキングとご対面だ。さっさと倒して、皆と一緒にギルドで酒でも飲もうか。

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