第17話元日
カーテンの隙間から入る光で目が覚めた。…腰が痛い。あの人初めてとは思えない動きだったな…予習済みか?
痛む腰をさすりながら体を起こす。新年早々いい目覚めとはいかなかったようだ。
また閉じようとする瞼を擦り、時計を見やる。時刻は9時32分。…なんとも言えない時間だな。とりあえず、起きるとしよう。シャワーを浴びなければ。
「あ、湊くん。おはよう」
シャワーを浴び終えた俺は玲奈の待つリビングへとやってきた。
先に起きていた彼女は朝ご飯の準備をしていたらしく、可愛らしいエプロンを身に纏っている。
「昨日はお疲れ様。いい夜だったわね」
「…誰かさんが激しくするせいで腰が痛いですよ」
「しょうがないじゃない。愛しの湊くんと交わるなんて、昂らずにはいられないもの。…あぁ、これから毎日愛し合うのね…♡」
…あれ毎日やるの?死期が全力ダッシュでこちらに向かってきてる気がするんだが…
一抹の不安がよぎる俺を気にも留めず、玲奈は妄想に喘いでいる。少しはこっちの身にもなってほしいところだが、ストーカーにそんな事を要求したところでだ。…やっぱりこの人怖い。
「いいスタートも切れたことだし、今年はいい一年になるわ。あぁ、湊くんとあんなことやこんなことを…♡」
「…俺にとっては不安でしかないんですが。イテテ…今日はどうする予定で?」
「流石湊くん、察しがいいわね。新年も明けたことだし、初詣に行こうと思うの。もちろん、ついてきてくれるわよね?」
既にこちらの返答は分かっているのだろう。玲奈は意地の悪い笑みを浮かべて問いかけてくる。…つくづくいい性格をしているなこの人は。
「拒否権は無いんでしょう?行きますよ。俺も行こうか迷ってましたし。…でも少し休んでからにしてください」
「ふふっ、しょうがないわね。疲れ気味の湊くんのために少し休んでから行きましょう」
「誰のせいだと思ってるんですか」
「さぁ?そんなことより、お腹減ってるでしょう?朝ご飯できてるから食べてて」
わざとらしくしらけた態度をとる玲奈。余裕綽々なその態度が彼女と俺の差を表しているような気がして余計にムカつく。
「玲奈は食べないの?」
リビングを去ろうとする玲奈に俺はシンプルな疑問を問いかけた。が、それが失態だったことは数秒後に気づく。
「えぇ。ちょっと準備があるから。…それとも、一緒に食べてほしいの?」
…完全に言い方をミスった。これでは俺が玲奈と一緒にご飯を食べたいと懇願しているようなものではないか。一緒に食べたいか食べたくないかで言ったら食べたい寄りだが、自分で言うのはなんかこう…負けな気がする。
「いえ、大丈夫です」
「あら、そう。遠慮しなくてもいいのに」
そう茶化してくる彼女に照れたら負けなような気がして、相変わらず美しいその瞳を俺は一瞥して朝ごはんを食べ始めた。…うまい。
朝食を食べ終えた俺は初詣へ行く準備を整えていた。
もはや当然のことであるが、新年が明けても玲奈の作るご飯はうまい。完璧に俺の好みを把握しきっている。味から風味、温度感まですべてが完璧だ。正直あの料理の右に出るのは母さんの料理ぐらいだろう。
今日は天気予報によれば気温は12度。かなり低めの気温だ。クローゼットからコートを引っ張り出しておいた方が良さそうだ。
「湊くん、入るわよ」
「はーい」
ノックの音と共に聞こえてきた彼女の声に返事を返す。数秒経ってから扉が開いた。
「ちょうど準備ができたところ…って」
部屋に入ってきた彼女は美しい振り袖に身を包んでいた。予想外の事に俺は一瞬言葉を失った。
華やかなデザインの各所に散りばめられた花々が彼女の美しさをより一層引き立てている。元の素材が良い事も相まってその姿は様になっている。髪も綺麗に上でまとめており、すっきりと整えられている。
下手したらそこら辺のアイドルよりも可愛いのではないだろうか。そしてなにより…
「どう?家から持ってきてみたの。湊くんの好みに合わせたつもりなのだけれど…」
「…あ、えと、めっちゃ似合ってます」
…めっっっちゃ俺の好みだ。やばいぐらいに。ドンピシャだ。その可憐でありながら可愛らしい姿は既に俺を惑溺させていた。
「ふふっ、そう。それならよかった。だからってそんなに見つめなくてもいいのよ?」
いじらしい笑みを浮かべる彼女。完全に俺の心を掌握している彼女相手では俺に勝ち目は無い。完全に自分の長所を理解してそれを存分に活かしきっていいる。
「で、そちらの準備はどうなのかしら?」
「ちょうど出来たところです」
「そう。私の着替えにタイミングをあわせるとは、流石湊くんね。私の事をよく分かってるわ」
…そういうわけじゃないんだけどな。まぁなんか上機嫌だしそういうことにしておくか。
「それじゃ、行きましょうか」
「えぇ。湊くん」
「手、ですよね?」
玲奈が口にするよりも早く俺は手を差し出した。彼女はこういう時は絶対に手つなぎを要求してくる。同棲生活の中で分かったことの一つだ。理由は俺を逃さないためかと思われるが、以前に仁奈から聞いた寂しがりという部分もあるのかもしれない。
少し目を見開いた後に彼女はふふっと微笑んだ。
「…ふふっ、分かってるじゃない湊くん」
「流石にこのぐらいは分かりますよ。さ、行きましょう」
彼女の手を取り、俺は家を出た。このこともあってか、彼女は向かう途中は終始上機嫌だった気がする。
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