第10話秘密の関係
「おい、みなとー?なんかお前にお客さん来てるぞ〜?」
昼下がりの教室。クラスメイトの一人が俺の名を呼んだ。どうやら俺に客人が来ているのだとか。
悲しいことに俺の交友関係はかなり狭いため、大体の予想はつく。眠気の残る体をずるずると動かす。
「お前に客人とは珍しいな。…お、あれじゃね?可愛い…」
前の席の奏音が扉の方を指差す。…可愛い?俺の友人に女は…あぁ。
俺の疑問は目に入ってきた紫の髪色で解決された。
意外な人の来訪に俺は思わず駆け寄る。
「…久しぶり湊くん」
「お久しぶりです仁奈さん」
俺の目の前に現れたのはまさかの仁奈だった。玲奈の友人にして、彼女のストーキングに肩入れをした共犯者の一人である。俺にとっては恨むべき人間の一人だろう。
巻き髪をくるくるといじりながら佇む彼女は他人とは一線を画す雰囲気を漂わせる。ダウナーとは似て異なる。そんな雰囲気だ。
後から玲奈から聞いた話だが、仁奈は隣のクラスの生徒だったらしい。どうりで少し見覚えがあったわけだ。
「玲奈とは、仲良くできてる?」
「はい。なんとか。…苦労続きですけどね」
「そう。よかった。…あまりにも困ったらあれ、迷わず使って」
仁奈から去り際に渡された紙切れ。非常時の連絡先が記されたそれは今も引き出しの奥に閉まっている。彼女からの救済の一手だ。
非常時の切り札としてありがたく使わせてもらうとしよう。その時が来るのかは分からないが。
「ありがたく使わせていただくことにします…それで、なんの用事ですか?」
気だるげな彼女の瞳を見据える。世間話をしに来たわけじゃないだろう。一応彼女も油断ならない人間だ。
あまり長話をしていると相手が仁奈とは言え、玲奈の視線が痛い。先程から俺の背中を突き刺すように目を光らせているのが分かる。…若干引かれてますよ玲奈。とにかく、手早く済ませるのが吉だ。
「今日ジャージの長袖忘れちゃって…貸してほしい」
「ジャージ、ですか?」
「うん。流石に半袖は寒い」
仁奈の要件はジャージを貸してほしいとのことだった。確かに今日の気温は低め。半袖では流石に寒いだろう。
うちのジャージは名前が入ってるタイプではない。貸すことにはなんの問題も無いのだが…問題は他にある。重大な問題が。
「流石に、これは見過ごす訳には行かないわね」
「うわびっくりした…急に背後に現れないでください」
唐突に背後に現れた玲奈に肩を跳ねさせた。全く、下手なホラゲーよりよっぽど心臓に悪い。
…こいつだ。重大な問題点。愛に飢えたモンスターが俺の目の前に立ちはだかる。
「玲奈…」
「相手が仁奈とはいえ、ジャージは許可できないわ」
「いや、今日寒いっすよ?流石に長袖無いのは可哀想でしょう…」
「なら、他の人から借りればいい話じゃない?なんなら、私から借りればいいじゃない」
…確かに。じゃあなんで仁奈は…
仁奈は玲奈の言葉にどうと返すわけでもなく、そっぽを向いた。図星だったのだろうか。この人はなぜ火に油を注ぐようなことを…
「…男子用のほうが温かい」
「訳のわからないことを言わないで。…湊くんのジャージが他の人のよりも温かみがあるのは分かるけど、無理よ」
「…ケチ。手伝ったお礼も、なし」
子供のように仁奈はそう吐き捨てた。らしくない様子に軽くギャップを感じる。
俺としては貸してもいいのだが…彼女はどうやら許してくれないようだ。これも異常な独占欲ゆえの行動だろうか。
二人とからんでいると、周りの視線が痛い。…後で苦労するのは俺なんだぞ。
「玲奈は、人の心が分からない。ばか」
「なっ、馬鹿とは何よ馬鹿とは!大体、湊くんは私のm「ちょストップストップ」…何よ!」
「ここ、教室。大声でそんな事言わないで」
教室の視線が一気に集まっているのが分かる。あの玲奈が怒っているとなれば当然である。そんな中で関係を暴露されてしまっては俺の立場が無い。頼むからやめて。
「…別にいいじゃないですか貸すぐらい。このままだと仁奈さん、凍えながら体育することになりますよ?」
「寒いの嫌い。…玲奈も知ってるでしょ」
「…」
彼女の葛藤が表情から見て取れた。らしくなく眉間に皺を寄せている。
「…帰り」
「え?」
「帰りにデートで許してあげる。それでどう?」
「…分かりましたよ。俺も少し外で出歩きたい気分でしたし」
ようやく彼女の承諾を得た。彼女の異常な独占欲には困ったものだ。こんなものに追われていたというのに気が付かなかった自分がおかしく感じる。
ロッカーからバッグを取り出し、ジャージを仁奈に手渡す。
「はい。サイズ合うか分かりませんけど…」
「ありがと。湊くんは優しい。誰かとは、大違い」
隣で玲奈がむっとした表情をしているが、仁奈は気に留める様子もない。俺に軽く手を振って教室へと消えた。
クラスの男子からの恨みを買わないうちに足早に席へと戻る。俺は何もなかったような涼しい顔で椅子に座った。
「おい湊。あの可愛い子誰だよ。お前最近可愛い子とつるみ過ぎだぞ」
「…お前は知らないだろ」
「知らない?何がだよ」
疑問符を浮かべる奏音に俺はなにも言葉を返さない。
みんなは知らない苦労の味。気を紛らわすのにはぴったりだ。
なにか含みのあるような笑みを浮かべるが、そこにはなんの意味も無い。
俺は放課後に待ち構える彼女とのデートをどう乗り切るかで頭がいっぱいだった。
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