第6話新しいベッドと部屋
玲奈との同棲が始まって数日。未だに俺はこの女にとらわれていた。
学校生活に変化があったとか、薬を盛られたとか、そんなことはなかった。ただ、少しばかり束縛が強いってだけで。
学校では男子と話しているだけで訝しむ視線を向けてきたり、少しでも女子と話そうものなら間に入られるし、家に帰ってから小一時間問い詰められるなんて日常茶飯事だ。
何度か脱出を試みているが、ことごとく失敗に終わっている。
夜逃げしようにも寝る時は彼女にがっちりとホールドされているし、連絡しようにも彼女が毎日スマホをチェックするせいで迂闊には出来ない。
俺が自由を手に入れるときはまだまだ先のようだ。
俺の生活は玲奈によって変えられてしまったものの、俺の頭から瑠璃奈が抜け落ちたわけではない。
未だに度々頭に彼女の顔がチラつくし、彼女の事を考えてぼーっとしてしまうことだってある。生活は変わっても、俺が変わったわけではない。
ただ、この家には変化が顕著に現れていた。
彼女のマグカップ。彼女の歯ブラシ。彼女のシャンプー。この家の各所に彼女の私物が置かれている。歯ブラシに関しては頑なに俺のを使おうとしてくるので、お願いして置いてもらった。
本人曰く、俺のを使うから要らないのだとか。…流石にこれには俺も苦言を呈した。
日に日に増えていく彼女の私物に様変わりするいつもの部屋。その中でもとりわけ変化の激しかったところがあの”空き部屋”だった。
「…なんだこれ」
学校から帰ってきた俺の目の前に堂々と置かれていたのは大きなダンボールに包まれたなにか。なにか宅配で頼んだ記憶は無い。ということは彼女の物なのだろう。
ダンボールと壁の間をすり抜けて中に入ると、ちょうど奥から玲奈が出てきた。
「あ、おかえりなさい。今日はやることがあって先に帰らせてもらってたわ。一人で寂しかったでしょう?」
「…まぁ、はい」
こういうときは下手に肯定せず、否定もしないのが得策だ。ここ数日で分かったことの一つである。
「この大荷物はなんなんですか?」
「これはベッドよ。少し大きめのを買ったのよ」
…ベッド?流石に狭いから買ったのか?この大きさのはかなりの値段だろ。なんか申し訳ないな…
「運ぶから手伝って。ほら、そっちを持って」
「こっちですか?…行きますよ。せーの」
二人で息を揃えて持ち上げる。見た目よりかは少し軽い。彼女とは身長差が少しあるため、少しかがみながら運ぶ。
「じゃ、こっちよ」
落とさないようにゆっくりと運んでいく。俺が後ろ向きで玲奈が前向きだ。そのため、俺には後ろが見えない。慎重にいかなくては。
…あれ?俺の部屋通り過ぎたぞ?
「…玲奈、俺の部屋通り過ぎたけど」
「え?あぁ、これは湊くんの部屋に置くものじゃないわ。置くのはそっちの部屋よ」
この先は確か…
「…」
「ふぅ、手伝ってくれてありがとう。愛してるわ」
俺の目の前に広がっていた景色はコンパクトに整えられた家具が並んだ彼女の部屋だった。
この部屋は元は空き部屋だった場所で、どうやら玲奈が気に入ったらしく自分の部屋にしてしまったらしい。…予想の斜め上を来たな。
「…これは」
「ちょうど空き部屋があったから上の階から家具を持ってきたのよ。ちょうどいい機会だし、ベッドは買い替えたけど」
派手にやってんな〜この人。まさか部屋を作られるとは、いよいよ逃げ場がなくなってきたな。まぁこれはこれで忘れられるしいいか…
「できることならベッドの組み立ても手伝ってくれると嬉しいわ」
「…喜んで」
ここまで来たらいっそのこと手伝ってやるか…
「おー…」
組み立て終わったけど…やっぱでかいな。これは一人用じゃなくて…ダブルサイズ?
「ようやく組み立て終わったわね。思ったより苦戦したわ…でも、湊くんのおかげで無事に組み立てられたわね」
「なんかでっかくないですかこれ」
「当然じゃない。二人用だからよ」
…なんか大体読めてきた気がする。もしかすると…いや、もしかしなくてもそうだろう。
「…ちなみになんでか聞いても?」
「二人で寝るからよ」
…やっぱりね。
彼女と過ごすうちに彼女の思考も読めるようになってきた。ぶっ飛んだ考えを理解できてしまう自分が怖い。
「いつもみたいにくっついて愛し合いながら寝るのもいいけれど…やっぱり二人で余裕を持ってゆったり寝るのもいいじゃない?」
玲奈ができたベッドに寝そべりながら微笑む。美しく垂れる銀色の髪が細くなった彼女のセレストブルーの瞳を際立たせる。その表情からは精巧に作られた陶器のような美しさに近いものを感じた。
…まぁ、広くなれば俺が逃げれる確率も少しは上がるか。案外悪くないことなのかもしれない。
「それに、これなら激しく動いても大丈夫よ」
…何を言ってるんだこの小娘は。深くは触れないのが身のためだな。
「ふふっ、そんなに照れなくてもいいのよ。無理矢理はしないから安心して。じっくりと愛で蝕んで、ドロドロに溶かしたその後で、じっくりと味わってあげるから」
「…それは、楽しみですね」
怪しく光る彼女の瞳に背筋が凍るような感覚が走る。その瞳の奥に潜んだ欲と野望が俺を渇望している。
こんな状況下でも冗談を言えるぐらいには彼女との対話にも慣れた。もはやこれが基本になってしまっている。慣れというものは恐ろしい。
「さて、お腹減ったでしょ?すぐに作るから待ってて。今日はオムライスよ」
否定しなかった俺の言葉をYESの返事と勘違いしたのか、上機嫌な玲奈はキッチンへと消えた。彼女はいささかポジティブ思考が過ぎる。
俺も制服のままだったし、着替えておくか。
俺はベッドの枕元に堂々と置かれた0.01と書かれた箱を無視して自室へと戻った。
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