グッドナイトメア

空殻

#

悪夢を見た。


***


月明かりも無い曇り空の夜、一人の女性が歩いている。

 街灯の少ない道、両脇には店や住宅が建っているが、夜半には寝静まっているのか、明かりが漏れてくる建物は多くない。

 彼女は左肩にバッグを掛け、右手には傘を握っていた。今朝の天気予報で、雨模様と言っていたためだ。最近少し肌寒くなってきており、ベージュ色の薄手の上着を羽織っている。

 彼女の後ろから、ふと足音が聞こえた。

 最寄り駅で電車を降りてから、その足音はずっと聞こえている。初めは同じ方向に帰る人だろうと思ったが、音の距離感がずっと変わらないことになんとなく違和感を覚える。

 一度、立ち止まって振り向いてみた。しかし誰もいない。足音も止まった。

 また歩き出すと、また足音が聞こえ始める。距離感も変わらない。いや、少しだけ近くなった。

 彼女は歩く速度を上げる。聞こえる足音も速くなった。

 また振り返る。誰もいない。

 歩き出す。足音が聞こえ始める。また近くなった。

 彼女はスピードを上げる。足音も速くなる。

 振り返る。いない。

 歩き出す。聞こえる。近い。

 速める。速くなる。

 振り返る。

 

 彼女の目の前に、人が立っていた。

 灰色のレインコートを着た男。顔はよく見えないが、口元は怪しく笑っていた。

 そして、その右手には銀色に光る、刃物。

 男は笑みを深くして、右腕を振り上げた。


 一瞬の出来事だった。

 彼が刃物を振り上げた瞬間、彼女は距離を詰め、男の振り上げた右腕をがっちりと掴んだ。男が驚く間もなく、彼女は男の足を払う。重心が崩れた男は、彼女に掴まれた部分を支店として綺麗に半回転、そして転倒した。

 尻餅をついた男が呆然としている間に、彼女は男の右手を蹴り飛ばす。男の手からナイフが放れて転がっていった。カラカラと澄んだ金属音が夜の空気を渡っていく。

 蹴られた右手を押さえながら男が立ち上がった瞬間、目の前に陰。直後、鼻に激痛が走る。男が殴られたと気が付いた時にはもう、既に腹を殴られていた。

 繰り出したワンツーパンチで男がよろめくのを確認しながら、彼女は左足を支点にしてその場で回転し、男の脇腹に回し蹴りを見舞う。

 男は苦悶の呻きを上げて、地面にうつ伏せに倒れた。

 彼女はいつの間にか手放していたバッグと傘を拾い上げ、去っていく。

 雨が降り始めた。

 男のぼやけ始めた視界の中で、向こうで彼女が傘を差したのが見えた。そして本格的に落ち始めた雨滴に体温を奪われながら、男の意識は薄れていき、暗転。


***


悪夢を見た。

 起きた時、夢のリアルな質感がまざまざと残っていて、荒い息を吐きながらしばらく動けずにいた。

 正夢になりそうな予感がどうしても拭えず、私はレインコートとナイフをゴミに出す準備を始めた。

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