第14話 第二王子ドラグ
「リンクス。先程のミシェル=ヴァンカルチア嬢とは、どんなお方だ?」
ある程度、リンクスから戦況を聞き出したマイロが、先程ロゼリアと踊ったミシェルのことを聞いた。ロゼリアも聞いておきたかったことだ。
「あの女は、国王の姉にあたるヴァンカルチア公爵夫人の娘さ!」
「…なるほど。公爵令嬢か」
リンクスが言うからには、確かにアルギルのいとこで間違いはない。だが、国王とヴァンカルチア公爵はあまり仲が良くないらしい。
「あの女も、あまり良い噂は聞かないな。第二王子のドラグ様の婚約者だとか抜かしてるが、たぶんあの女、二十五くらいだと思うぜ。ドラグ様はまだ十三だぞ。いくつ歳が離れてるって言うんだ」
「え? 婚約者がいる女性が他の男を誘っても…えーと、踊っても問題ないのですか?」
「エルトサラはどうだか知らねえけど、ルーゼルでは、婚約者がいてもダンスの相手は問題ねぇよ。身体の関係を持てば別だがな」
「…誘われましたけど?」
「まあ、あの女の場合べつじゃね? 婚約者の相手がドラグ様だと、満足させてもらえないだろうしな。さすがに俺だって、十三であの女の欲求を満たせてやる自信はねぇしなぁ」
「うっ。そういうものですか?」
何となく、男であるマイロを見ると明らかに不機嫌な顔で返された。
「俺に、聞かないで下さいよ!!」
しかし妙だ。なぜミシェルは第二王子の婚約者だと名乗らなかったのだろう。それに、年齢からしたらアルギルの方が釣り合いがとれる。
…なぜ、第一王子のアルギルでなく第二王子ドラグの婚約者なのかしら?
王族の近親婚は、それほど珍しいことではない。過去に近親婚を繰り返すことで国益を私物化し、国の財政を破綻させて衰退した国はいくらでもある。
…ルーゼルに第二王子がいることは知っていたけど、お会いしたことはないわね。随分歳が離れた兄弟だけど…まさか、アルギルとドラグは本当の兄弟でないとしたら?
ロゼリアは自分の思い当たった考えに慌てて首を振った。それを口にしたら、国家問題である。
「…えーと、アルギル王子には弟がいるのでしたね。今日はドラグ様はいらっしゃらないのですか?」
「ああ。今は、北の襲撃に備えて早急に作られた砦におられるよ」
「なんと!?」
「十三才で騎士団の指揮をとっているのですか?」
マイロの疑問にロゼリアが付け足す。
「かたちだけだぜ? ヴァンカルチア公爵が娘の婿に手柄をつけたいんだろうよ! 実際の指揮は全部アルギル様がとってる。最前線に立たせて、死んじまったら婿も何もないんだけどな!」
公爵の考えなど知るか…と、つばを吐くあたり、リンクスも公爵は好きでないようだ。
王家のごたごたは、多少なりともどこでもある。何もないエルトサラの方がまれなのだ。
ふと、離れて側近達と酒を飲むアルギルを見ると、彼もロゼリアを見ていた。昼間はずいぶん素っ気ない態度だったのに、今は不機嫌を隠そうともせず睨みつけてくる。
男装しているとはいえ、アルギルはすっかりロゼリアの事を、兄のロキセルトと思い込んでいるらしい。
昔は、あんなに優しかったのに…。いったいアルギルに何があったのかしら…。
焦げ茶色の瞳がまっすぐにロゼリアを見ていることに、何となく居心地が悪くなり、ロゼリアは自分から目を背けた。
アルギルは用意された宴に出席しながらも、うんざりしていた。
数日前に村が一つ北の襲撃で消えた。逃げ惑う民たちをかばいながら戦い、城壁の外へ押し戻したが、村を再建する余裕などあるわけがない。民は村をすて、この城下の城郭都市より少し向こうの街に避難した。
今は北にも動きがないが、いつ、この王都だって襲撃されるかわからない状態なのだ。
宴だと?
父上はいったい何を考えている?
怯えて剣すら握れないでいる弟を砦に残してきたのも心配なのだ。
『王子! 早急に城へ戻り、エルトサラの騎士を迎え入れよとのこと。王命でございます!』
『なに? 今は戦の最中だぞ!?』
不満を口にしたところで、逆らうわけにはいかないのが王命だ。
王がエルトサラに騎士団要請をしたとは聞いていた。到着したのなら、さっさと最前線に立たせればいい。エルトサラの騎士もそれを承知しているはずだ。
それなのに、迎え入れよだと?
アルギルの不満は騎士達も同じだ。しかし部隊長のジョナサンが帰城を促したのだ。
『砦はお任せ下さい。どんな危険も不安も、分かち与えるのが指揮官の役目です。王には何かお考えがあるのでしょう』
仕方なく、信用できる部下にドラグと砦を任せて城に帰って来たのだが、アルギルの苛立ちは、部下達にも伝わってしまっていたのだ。
空は薄曇りで、相変わらず乾いた風が赤土を舞い上げていた。
アルギルが見慣れた風景だ。だが、急にそこだけ太陽が一筋の光を照らしたように、白馬に騎乗したロキセルトがエルトサラの騎士の一団を率いて到着したのである。
一瞬、あまりの美形に妹のロゼリアが来たのかと思ってしまったのだった。
「…
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