男装した騎士が国を滅ぼされた王女だなんて、誰も信じないでしょ?

高峠美那

第一章 ロゼリアの旅立ち

第1話 エルトサラのロゼリア

 乾いた風が、赤土を舞い上げていた。

 地面から浮いた砂煙は、ロゼリアの動きに合わせて剣の切っ先を追いかけていく。


 ガン! ガン! ガンッ!!


 剣と剣がぶつかる音。


 空に太陽はあるが陽射しはなく、大きな翼を広げた鳥が一羽、高い位置で旋回を繰り返していた。  


 ロゼリアは、耳に慣れ親しんだ音を響かせながら、右に左にと、顔の前で刃の切っ先を受け流す。


 恐怖はない。


 ガッ…と、強く押し合った剣が、再び申し合わせたように軽い半円を描いてぶつかると、すぐに力を逃しつつ身体の重心をずらした。


 ブワッ…。 


 剣を軸に体重移動すれば、大振りで振られた相手の切っ先が、光で編み上げたようなロゼリアの髪をサラサラと風に散らす。

 わっという歓声が相手陣営から上がった。


 太刀筋は悪くない――。

 でも、私の相手にはお粗末ね。

 

 ロゼリアは、相手が上段から振り下ろすより先に、躊躇無く懐に飛び込んだ。ブーツの厚さを計算し、男の両足を浅く横に薙ぎ払う。

 二歩ほど後退した男の身体が、剣を持ち直す隙を与えてやるほど、ロゼリアはお人好しではない。


 滑るように相手の脇を抜ければ、二人を砂煙が覆った。風がゆらげば…男の鼻先でピタリと静止して鈍い光を放つ刃は、見まごうことなくロゼリアの剣である。


「勝負あり!!」


 ……一瞬の静寂。


「勝者、エルトサラのシリウスエヴァー!」


 高らかに宣言され、にんまり笑顔を作ったロゼリアは、愛用の剣を鞘へ収めた。


 どっと歓声があがる。

 旋回を繰り返していた鳥が、ククク…ククク…と鳴いた。


 冷たく乾いた風。見たこともない鳥。台地も、太陽の光も、何もかもがロゼリアの国とは違う。


 …ここは、エルトサラではないのね。しっかりしなくちゃ。私は、今日から…ロゼリアではないのだから!

 

 

 * * *



 時間を少し遡る…。


 ――そもそも、なぜロゼリアが生まれ育った国から離れなければいけなかったかというと…。

 

 ロゼリアの国、エルトサラに隣国ルーゼルから、戦への参戦要請が来たのは八日前の事だった。

 あまりにも急であったが、ルーゼル国王のれっきとした書簡であった為、エルトサラとしては動かないわけにはいかない。


「ロゼリア。お前に我が国の近衛隊を率いて、ルーゼルへ行ってほしい」


「…お父様、それはどういう事ですの?」


「ああ、可愛いロゼリア。娘のお前に行かせる私を許せ。だが、私が国を空ける事はできん」


「…はい」


 ロゼリアは静かに頷く。十七の娘に向かって可愛いと言うのはどうかと思うが、国王とて人の子。いくつになっても娘が可愛いのは仕方ないだろう。 

 しかも自分は国の要。国王が国を離れるなどあってはならない。そして次期国王である兄のロキセルトも、また同じ。


「ロキセルトには、国境警備の指揮を任せる。強化すべきは北の山岳地帯さんがくちたい。北の国アザマが周辺国に戦を仕掛けているのは知っているな?」


「ええ。女子供も皆殺しにするとか…」


「我がエルトサラ国は、緑と川の美しい国。民も皆働き者だ。この美しい台地をおぞましき北のアザマに占領されれば、木々は焼き払われ、緑はなくなる。森も川も全てがなくなれば、風は狂気でしかない。この国をアザマの好きにさせるわけにはいかぬ」


「はい。では、ルーゼルの要請を断ってはいかがでしょう? お父様とルーゼル国王は旧知の仲。あのルーゼル国王が、世情を理解していないとは思えません」


「ふ。やはりおまえは聡明だな」


 父が愛おしそうに目を細めるのを、ロゼリアはむず痒い気持ちを抑えて先を促す。


「コーネルか…。ルーゼル国王とは…四年程前に会ったきりでな。ルーゼルも、国が混乱しているのだろう」


「では、なおさら、この要請、断るべきです。世情が不安定な時に、騎士団を動かすべきではありません」


「わかっておる。だが、お前と近衛隊は囮なのだ」 


「おとり?」


「戦になれば、無力な女や子供が犠牲になる。国中の女達がおまえのように剣を振るえればよいが、そうはいくまい」


 父のいたずらっぽい口調は、褒められているのか…お転婆娘と言われているのか。


「しかしな、そんな女達に支えられて国は成り立っているのだ」


「はい」


「国の礎は、国が守らねばならん。彼女達を途中まで護衛し、ルーゼルの南の国エアロまで逃がせ」


 エアロは、ロゼリアの母の生まれ故郷である。それほどまでに、戦が迫っているのかとただ愕然としてしまう。


 常々、民あっての国であり、王家の権力は民が安静に暮らす為に使うべきだと教わっていた。ならば、ロゼリアの返事は決まっている。


「…わかりました。ルーゼルへは私が参ります。エルトサラの騎士として、立派に戦ってみせましょう!」


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