第18話 たぬき……ッ!

 聖女の魂の欠けらの如きもの。それを取り込んだ2人は聖女の記憶を共有するはずで、説明の手間もないはずである。


 俺が無害な【魔王】だときっと理解してくれるはず。【魔王】とは別の要素あるしな。言いたくないので勝手に察してくれ。


 なんか五体投地で呻いてる状態だけど。まあ、知人の誘拐された記憶を辿っているわけだししょうがないか。俺と違って感情移入はバッチリだろう。


 よし、俺は今のうちに家をなんとかすることを考えよう。ただ突っ立てるのもなんだし。


 古民家――は、破壊されてますね、はい。おのれ、勇者!! 突然やってきて家を壊すのやめろ!


 しょうがないな、これも解体に回すか。勇者、弁償してくれるだろうか? してくれないだろうな。労働で返してもらっても……いや、絡まれると面倒そうだから、ただちにお帰りいただいて。


 解体はとりあえず戸板とかを外して、畳をあげて――個別に回収して、家の骨組みをなんとかする感じだな。バラしてしまっておかないと、再利用しづらい。できれば表面を磨くところまでやっときたいが面倒だな。


 屋根の藁だかかやだかも崩して回収なんだが、どうやってばらすんだこれ? 屋根に上がらんとわからないが、どう考えてもあのてっぺんから崩すんだろう?


 解体はするとして、一番いい状態の古民家が被害を受けてしまった。どうしようかな? 洋館の方にしとくか? でも古民家系の収集物の方が断然多いんで補修やらが楽だ。


 古民家にして、基本板の間、椅子で生活、縁側と畳でごろごろする生活にするか。たぬきには洋館よりも古民家だろう。いいたぬき、紹介してくれるといいなあ。


「魔王様……。瑠衣の魂を戻してくれたこと、感謝します。どう報いればいいか――」

勇者が膝をつき、顔を伏せたまま言う。


 いや? 勇者が魔王に様つけちゃいかんでしょ。


「瑠衣が迷惑をかけた――だが、連れ帰ってくれてありがとう」

たぬきが言う。


 送り返したのは俺じゃないけど、とりあえず消えないよう保護はしたってことで、否定はせず聞いておこう。


「感謝するというなら、俺に会ったことは無かったこととして、放っておいてくれ。特に人間に害をなすつもりも、魔物――は襲ってくるタイプは狩るが、そっちにも積極的にちょっかいをかけるつもりはない」


 危ない。魔物も害さないとか言いそうになったが、それでは魔道具が作れん。ついでに今のように魔素を抑えずにいるならともかく、普通に襲われる。


「貴方は【聖女】なのですね?」

勇者が確認してくる。


 その言い方はやめろ。


「【聖女】のもそのまま俺のものになったな。おそらく魔素は消えないし、魔素がある限り【聖女】のが消えて困るのは人間だろう。ややこしいから、俺のことはなかったものとして放っておけ」


 『聖女の力』って強調するだけ強調した俺です。


 なんで『聖女の力』を持ってるかって? だって聖女自体が魔王に捧げられた生贄だったんだもん。しかも自分からの。


 もはや分離できないほど、聖女の魂は俺のものだ。


 もらいたくてもらった【聖女】の力じゃない。【魔王】もだけど。


 大丈夫ですよ、怠惰にだらだらごろごろして過ごすんで。特に何かしなければ、【魔王】の力も【聖女】の力もつり合って、プラスマイナスなかったことで問題ないし。


「【聖女】……」


 たぬき!!! そう呟きながら俺を見上げるのやめろ!!!!!! たぬきだからってダメなものはダメ!!!! 丸くてもダメ!!!! あと今丸くないからダメ!!!!


「【聖女】であるならば、我が忠誠を」

胸に手をやり跪く勇者。


「【魔王】であるならば、我が忠誠を」

胸に手をやり跪くたぬき。


 同じ動作はさすが双子。あと、よくわからん決断の速さと選択もさすが双子。ついさっき聖女の記憶見て盛り上がってるのかもしれんが、流されるのよくないぞ?


「それはいいんで、たぬきの紹介してください」

面倒そうなので、古民家壊したことは不問にするから帰ってくれんか? 


 たぬきもたぬきが本分ならあれだが、元の人間の要素が強いなら狼君置いて帰っていいぞ。たぶん一緒にごろごろだらだらするのキツいだろう? 


 自由におなり。せっかくたぬきでせっかく丸かったけど、諦めるから。【魔人】たぬ……人型のユウヒだって認識に頑張って変える。第一印象のたぬきが大きすぎて、なかなか難しいけど。呼び方もたぬきにいつの間にか戻ったし。


「……」

微笑を浮かべたまま黙る勇者。


「……」

眉間に皺が寄ったまま黙るユウヒ。


「……」

帰ってくれないかな? 飯食いたいんだけど、と二人を眺める俺。


「……っ!」


 人間に化けた姿を解いて、たぬきが飛び込んでくる。


「……たぬき!」

たぬきに手を伸ばす俺。たぬきだって信じてた!


「何をしてるんですか」

俺の手が届く前に、勇者にべしっと途中で落とされるたぬき。


「私と同じ顔でおやめなさい」

地面に落ちたたぬきに向かって勇者が言う。


「うちのたぬきに!」

たぬきを回収する俺。


「いつ貴方のたぬきになったんですか。あとそれはたぬきではありませんよ」

あくまでもにこやかに勇者。


「うちのたぬきです」

たぬきの毛をかき分けて、従魔の首輪を見やすく強調する。


「……ユウヒ、お前はそれでいいのですか?」

「瑠衣のことは別にしても恩義がある」

勇者の問いかけにたぬきが答える。


「昔から頑固で粗暴なくせに、妙なところで義理堅さを発揮しましたね……」

勇者がため息を吐きながら顔を逸らす。


 やっぱりたぬきでも口を聞けるのか。明確な意思を持っているのでは、たぬきだって束縛するわけにはいかんな。


「基本自由にしていていいぞ。魔王を名乗っていたならやることがあるだろうし、時々ここで一緒にごろごろしてくれれば」


 部下いるみたいだし。伏せたままの狼君と少年を見る。


 視線をやったらびくっとされたんだが、ひどくない? 俺、何にもしてないだろう? むしろいきなり乱入してきたのはそっちだからな?


 ――嘘です、狼君をタクシーにしました。一日だけ、一日だけですよ。これからさらに一日乗せてもらう交渉済みだけれど。ごめんね?

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