第17話 『聖女』

「瑠衣!」

「泣くな!」


 ちょっと迫って来ないでください、二人とも! この聖女生身じゃないんだから! 抱きしめようとしても透過して、背後の俺が抱きしめられる羽目になりそうなんで止めてください。


 飛びついて来るならたぬきに戻って!


「泣いて終わっても構わんが、時間はないぞ?」


『うん。あーちゃん、ゆーちゃん! 急に消えてごめんね? 私、違う世界に誘拐されたの。その辺の事情は長くなるから、後で仙對さんに聞いて。あ、仙對さんは私の起こしたヤケで酷い目に遭わせちゃってる! 自分がされて嫌だったことをやっちゃうなんて……ずっと直接謝りたかったの!』


 そう言って、貴重な時間を使って俺に謝る聖女。


「いいから二人と話せ」


『本当にごめんなさい! えっと、あーちゃんとゆーちゃんは仲良くね! 姿変えちゃってごめんなさい! わざとじゃないのよ? でもきっと魔王様の次に最強だからね! うん、眼福! でも元の姿で会いたかった!』


 あわあわしながらとりとめないことを話す聖女。最という文字は次にという文字と合わせて使えるものなんだろうか。とりあえず、【勇者】【魔人】感覚で二人が強いのは理解した。


 300年もあったのに、言いたいことがまとまってないようだ。ついでに聞いてる二人も感無量らしく、そのとりとめのないことに、半泣きでいちいち頷いている。


 まさか後で俺に補足させるつもりか? 尋問は嫌だぞ。


 できればこいつらだけにしてやりたいのだが、生憎この聖女は私から離れられない。離れたらすぐに姿を失うだろう。


 この雰囲気から離脱したいんですけど、誰か助けてくれんかな? 狼君、ちょっともふらせてくれない?


 ……伏せてぷるぷるするのやめてくれんか? 俺は気配が強いだけで、特に何をするわけでもないんで。カサネとかいう魔人も狼君と並んで同じような格好してぷるぷるしてるんだが。


「なんという理不尽を!」

「王も王子も、関係者全員許せん……っ!」


 狼君たちを気にしている間に話が進んだ様子。聖女召喚をやらかしたあっちの住人に対して怒っている模様。


 俺も聖女に同じことをされたんで微妙だが。まあ、俺の場合はすぐ戻されたんで良しとする。……いや、300年眠って起きたら別世界だったのはダメな気がする。


『えへへ。怒ってくれてありがとう。あっちではそういうの無かったから、すごく嬉しい』

聖女が笑う。


 こちらで愛されていた分、あちらの生活は聖女にとって、孤独で耐えられないものだった。


 『聖女じぶん』の体と魂とを『魔王おれ』に捧げるほどに。


 その時々の感情はわからんが、魔王召喚時に流れ込んできた感情はわかる。怒り、悲しみ、諦め、孤独――こちらに残してきた人たちへの恋慕。


 もともとこの体は聖女に譲るつもりだったのだが、辞退された。


 俺は天涯孤独で、ようやく就職して世話になった叔父の家から出たところ。どこか遠慮して生活していたせいか、親しい者ができないまま今に至る。


 幼い頃、独りであることに慣れてしまった。独り泣いても父や母が返らないことに納得してしまった。


 俺の中のどこを探しても、あんな強い感情はない。だからこっちに戻るなら、寂しいと泣く聖女でいいと思ったのだが――。


 せめてもと、身内と別れを惜しむ時間として、300年ほど自由にさせたら、その時間を魔素を持ち込んだ責任をとることに使った聖女。


 顔だけは威厳たっぷりな国王あのヒゲのせいでいいと思うが、そうは思えなかったようだ。


 おかしなヤツだがコイツが聖女で正しかったんだろう。


 ちなみにあちらは魔素が消えて、色々やばいはず。火は熱を失い、水は渇きを癒さず、大地は植物を育まない。まあ、頑張れ。


『動く魔王様が見られたし! 2人にも会えたし! ……そういうわけで、時間! 2人とも大好きよ!』


「待て、瑠衣!」

「行くな、瑠衣!」

泣き笑いで消えてゆく聖女に双子が手を伸ばす。


 消えてゆくのは俺の中なんで、俺の胸に2人分の手が伸びてる状態なんだが。それ以上近づくのはやめてください、お触りは禁止です。


 若干変態な聖女を引き受けるはめになった俺に同情してもらいたいんだが、コイツらあの聖女まんま受け入れてるからな。


 心が広大すぎないか?

 

「くっ……」

「瑠衣……」


 膝をつき、打ちひしがれる二人。俺の足元でやめてくれんか? ダメ? まあ、空気を読んで無言で突っ立ってるんだが。


 でも長時間は困ります。飯の続きしていい? ダメな雰囲気だなこれ?


「まだ私に溶けていない聖女の魂――小さな塊がある。アサヒの方はともかく、ユウヒは純粋な魔人ではいられなくなるが、いるか?」


 溶け残る欠けらの中、なるべく大きなものを2つ確保する。


「欲しい」

「ああ、欲しい」


 見上げてくる二人に向けて、溶けかけた聖女の欠けらをそっと放す。それは惑うようにゆらゆらと揺れながら進み、二人の体に触れてひとひらの雪のように溶けた。

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