第16話 有栖川瑠衣
「まあな。そっちは『あーちゃん』『ゆーちゃん』か」
どっちも不機嫌そうなのは共通しているのだが、こいつら聖女に『あーちゃん』と『ゆーちゃん』と呼ばれていた聖女のお隣の双子である。いわゆる幼馴染。
なお、聖女の記憶では当然ながら黒髪黒目の日本人だった。タイプの違う美形ではあったが。そしてそれゆえ、小説の登場人物になぞらえて妄想されとった可哀そうな二人。
第3者の俺から見れば、2人とも聖女に淡い思いを抱いていたっぽいのに、聖女は妄想に忙しくてまったく気づいてなかった。
有栖川瑠依。個人的に敬遠したいタイプなのだが、強制的にかかわって来たんですよ……! 知りたくなかったのに聖女の記憶は洗いざらい見る羽目になったし!
「魔王ユウヒ様に無礼な……っ!」
「待て」
カサネが俺に何かしようとするのをユウヒが止める。
「瑠依はどこだ?」
アサヒが聞いてくる。
「知っているだろう? もうどこにもおらず、そしてどこにでもいる。有栖川瑠依は『聖女』だ」
「……!」
「ば、ばかな……っ!」
俺が答えたとたん、2人とも驚愕した。
あれ? 聖女、その辺説明してないのか? 脳内直で語りかけられたんじゃないの? 個別は無理だったのか? どちらにしても一応伝言のようなものを預かっている。
「――家族、もしくはお前らにという伝言がある。が、聞かせるには条件がある」
「なんだ?」
「一つ。俺の安心確保。具体的には聞いた後、俺に手を出さないこと、他に存在を吹聴しないこと。ここにいる全員が対象で」
「……了承した」
ユウヒが目配せすると、カサネと狼君が浅く頭を下げる。
その前にユウヒ君は今私の従魔だからね? 化けて人型になっても有効だからね?
「私も白のデネブの名にかけて約束しよう」
アサヒが白い鎧の胸、白鳥の浮き彫りに手のひらを当てる。
星に誓われても困るんだが。
「一つ。町に戻るのに、狼君を一度貸してくれること」
「私が連れて戻っても構いませんが?」
落ち着いたのかなんなのか、丁寧語が戻ってきたアサヒ。
どうやって戻るんだろう? 近場に白馬でも待たせてそうな顔しとるが。
「いや、結界や移動の魔道具の準備が終わったらなので、すぐではない」
あと、アンタと一緒に戻ったら目立ちすぎて嫌だ。
「一つ。俺に従魔になってくれそうな、たぬきの紹介をすること」
「たぬき……」
「たぬき……」
しょうがないだろう、なんか一緒にいてくれそうなたぬきじゃなくなっちゃったんだから! たぬき戻して!
「人間の分際で。ユウヒ様がここで手を出さないと約定されたこととて、破格なものを……」
カサネがギリギリしている。
むしろ最初の条件は勇者アサヒ向けなんだ。ごめんね、魔王で。
「わかった。たぬきは責任を持つ! 早く瑠衣のことを」
いいんですよ、君がたぬきに戻ってくれても。別な姿をとってると、いまいちだらけられないんで大変だろう? 俺も今経験してるからわかるよ。
人型になれることがわかってちょっと微妙だが、代わりに労働力にもなることが発覚したのでよしとする。
「皮でも心臓でも、なんでも持ってくると約束します」
ちょっと勇者、素材にしないでください。
「その前に、有栖川瑠依の家族は? 一度しか伝えられないんだが」
だから全員集合してからね。
「もう亡くなっておられる」
おっと、天涯孤独――とは言わないか。聖女が消えた方が先だ。
「102歳と103歳で仲良く大往生だ」
アサヒの言葉にちょっと衝撃を受けたが、続いたユウヒの言葉に私が200年ほど寝ていたことを思い出した。命の長さが魔素で決まる世界だが、大往生というからには、生をまっとうしたのだろう。
「では指定はお前ら2人だけだな。いいだろう、ちょっと待て」
まずは封じていた魔素を開放――したら、姿変えの魔道具も壊れて姿が元に戻ったぞ。困る。
俺の気配に怯え怖れ、伏した狼くん。カサネは俺を直視できないのか、膝をつき袖で顔を隠している。
「……っ!」
「なん……!」
そういえばこの双子、小説で方や魔王の右腕、方やその右腕に対抗できる存在だったな。一応、立ってる模様。
いや、別に威圧とかかけてないんですけど。
ちょっと気配というか身に纏う魔素を弱めよう――弱められるのこれ? あ、できそう。
「その姿は……」
「ば、馬鹿な! 王だと!?」
アサヒは俺の姿に驚き、ユウヒは俺が魔王であることに驚いている。
魔人や魔物は何故か魔王に仕えたくなるらしい。強いからなのかとも思ったが、聖女の記憶では、あっちの世界に生まれたばかりで弱くても魔物に守られてた記録があったようだ。
仕えたくなるのは、王様だから? ユウヒの様子だと、見ただけで俺が本物の魔王だと判断してるようだし。
「ちょっと抑えるから待て」
封じていた反動で魔素がどばっと出る感じか? たまに魔王の姿でゴロゴロしといた方が良さそうだな。
「さてでは、有栖川瑠依の声を聞け。留めておけたのは、僅か。時間にして5分に満たないだろう、その後は魔素に溶ける」
俺の中から聖女の魂を取り出す。
白い裾がひろがり、綺麗に整えられた黒髪がさらりと落ちる、子供の持つ人形ほどの大きさの聖女が、俺の胸のあたりに浮く。
『あーちゃん、ゆーちゃん! また会えるとおもわ゛ながった……っ!』
せっかく記憶にあった中で一番綺麗な姿で出したのに、後半すでに顔がぐしゃぐしゃである。
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